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本当の悪。 2

 二月十七日。ボクは学校の制服の上に白い上着を羽織った。背中に『正義の味方』と金糸の刺繍がしてある服だ。とある勧善懲悪アニメ『正義の太陽』の主人公のコスプレ衣装である。


 普段はサラリーマンの主人公が有事の際には上着を羽織って素手で悪を倒していく話だ。ずっと彼に憧れて、将来は正義の味方になりたいなんて言っていたが、今は人殺しにまで堕ちてしまった。


 正義を目指して、生きてきた。そのために暴力沙汰を起こしたことはあったけど、仕方がないことだった。それは今回もだ。悪を許すわけにはいかない。


 上着で隠れるように制服のスカートに挟むようにして仕込んだサバイバルナイフの確認をする。これは兄がなぜか持っていた物を拝借した。セーラー服の袖口にも仕込む。こちらは父が持っていた物だ。何故彼らはこんなものを持っているのだろう。


 ショルダーバッグの奥に小さな箱を三つ入れ、金槌とレンチを入れる。ボクの父は建設関係の仕事をしているため、こういった工具はたくさんある。小さな箱はネットで材料をそろえて作り方を調べた爆弾だ。少し調べればすぐにこういうものが手に入ってしまうのだからインターネットは怖い。


 上着とセットになっている帽子をかぶり、自室を出た。父が仕事、母はパート、兄弟は学校。この時間は誰もいない。それを知って学校に行ったふりをして家に戻った。


 湧き上がる熱を押さえつけ、玄関に向かう。去年小遣いをためて買った編上げの安全靴だ。膝下まで覆っているため、足元はこれで大丈夫だ。


 通りに人がいないことを確認して家を出た。もう帰ることはない。ボクを育ててくれた家族にはとても申し訳ないと思う。親友を救えず、悪に堕ちてごめんなさい。そう言いたかったが、悪であるボクがそんなことを伝えて、心を楽にしてはいけない。


 吐き出した息が白い。今日は雪が積もっている。もともと雪の多い地域であり、珍し事ではない。安全靴を履いてきてよかった。


 ゆっくりと人目を避けつつ足を進め、向かった先は彼女の家だ。今日は全員がいることを知っている。父は仕事が休み、母は専業主婦、弟は創立記念日で学校はナシ。あとは、全員が家の中にいることを確認して、罰を与えるだけだ。


 車の台数を確認する。二台。両親はいる。弟の部屋らしき場所は動いていない。庭に侵入し、家の中をのぞいていく。一番窓の大きいリビングと思わしき部屋に電気が付いていた。動いている影が一つ。寝転がっている影が一つ。おそらくは母親と弟だ。


 息を吐いた。


 悪を裁く。




 鞄の中の金槌を取り出すと、窓に向けて走り、助走をつけて叩きつけた。パン、と破裂したような音がして、ガラスが室内にばら撒かれた。そして、目を見開いている少年が一人。窓に開いた穴から手を突っ込み、鍵を開けて土足のまま踏み込んだ。


 そして、手に持った金槌を少年の頭に叩きつけた。ベコッと音がして、彼の側頭部に鎚がめり込んだ。金槌を持ち上げると同時に、泡を吹いて痙攣を始めた。まだ息があるらしい。もう一度、叩きつけた。今度はぶちゅっという音がして、血と一緒に少し色の薄い物と白い物が飛び散った。


 死んだな。そいつが動かないことを確認すると、今度は動いていた人影に視線を向ける。しかし立っていた影はない。視線を巡らすとダイニングらしい部屋のテーブルの下に隠れている中年の女性が一人。予想通り母親のようだ。


 服を掴んで引きずり出す。「誰なの、やめて」などと呟いているが。辞めるつもりならこんなことはしない。だが、冥土の土産という者もある。僕が誰かくらいは教えてやろう。


「ボクは夜川日影。正義の味方にしてお前と同じ人殺しだ」


 良くわからないと言いたげな色が怯えの中に浮かぶ。何がおかしいんだ?


「人殺しって……私は誰も殺してない! 人違いよ!」


 また、頭の中が沸騰するような感覚がした。


「何言ってるんだ! お前も彼女を殺しただろうが! 親のくせに自分の娘を虐げて何が楽しいんだ人殺し!」


 無意識的に金槌を振り下ろしていた。眼球に当たり、水の多いものが潰れた音がした。濁音が混ざりきった悲鳴が上がる。彼女の母親が鎚を振り払い、目を押さえて悶えた。どうにも金槌では一撃で殺せないらしい。だが、罪は償わせないといけない。


 少しの間。目の前で女性が震える様子を眺めた後。頭部に一撃を加えた。だが、死なない。もう一度。もう一度。悪の震えは止まらない。殴るたびに血と脳が磨かれた床に飛び散っていく。

 汚い。汚い。汚いと嫌悪感を抱きだしたところで、震えていたのは生きていたからではなく、生命が壊れそうになって神経の信号がおかしくなっていただけだと気づいた。


 死体を放置して、一階の部屋を回る。大好きな親友の遺骨があった。すぐに戻ろう。


 ボクはナイフを抜くと、二階の部屋を見て回った。その中の一室に彼女の父親はいた。ベッドの上でヘッドフォンを付けて、目を閉じている。

 隣に立って、音漏れに気づく。ああ、どおりで降りてこないわけだ。逃げたんじゃないかとも思ったが、一階の事に気づいてないだけだった。


 薄情な男だ。いや、そうでもなければ娘に虐待なんてしないだろう。何一つ気づかないまま死ね。鉄槌を振り下ろした。一家の大黒柱であるべき男が、一番簡単に死んだのは何の皮肉だろうか。


 四人目の人を殺したボクは彼女の遺影が置かれていた場所に戻った。写真の中の彼女は中学の卒業アルバムがそのまま使われたようで、画質が荒く、笑顔は見えない。


 そんなことあるわけがないのに、常に正しくあろうとしたボクが人殺しに成り果てたことを嘆いているようにも見えて、すこしだけ頭が冷えた。


そうだ、ケジメをつけないと。


 先程父親に反抗された時に応戦するために抜いたナイフを顔に向けた。右の額に押し付ける。刃先が皮膚に入り込む感覚がする。そのままゆっくりと下した。ガリガリと刃先が皮膚を割き、熱が生じる。

 右目を開く。視力は失っていなかった。もう二か所、左頬と顔の中心横に傷を入れた。三人分。君を殺したケジメはボクの首につけよう。だからもう少し待ってください。


「救えなくてごめんなさい。許してくれなんて言わないから」


 遺影に頭を下げ、彼女の家を出た。ここからは休む暇なんてない。




 そして学校に着いて、奴らの墓場とした第一化学室についてからの記憶がない。だが、血と死体の海が広がっている。手筈通りに作った爆弾を投げ入れ、生き残りを殺していったのだろう。理科室に残るのは、ボクと三人の生徒。その間に立ちふさがる教員だった。



「待て! これ以上俺の大切な生徒には触れさせないぞ!」


 悪共を放置して育て、自分も罪を犯した彼らの担任が声を上げる。もちろんこいつも制裁の対象だ。“大切な生徒”という言葉に首の後ろが熱くなった気がした。


「大切な生徒? 先生は差別が好きなんですね」


「差別? 俺は担当した生徒は全て愛している! 差別なんて生徒を苦しませる真似はしない!」


 まただ。脳みそどころか全身が沸く感覚。ああ、これは怒りなんだ。ようやく気付いた。救いようのない偽善者に対面して、じわりと熱を持っていく。ダメだ、殺すしかない。


「嘘をつかないでくれますか」


「嘘じゃない!」


 床を蹴ると、力任せに彼にレンチを叩きつけた――が、彼は柄の部分を掴み、ボクの攻撃を防いだ。ならばと左手のナイフを腹に突き立てようとした。しかし、彼は刃を掴んでそれを止めた。ぽたっと血が流れた。


 先生! と女子の高い声が上がる。次々と生徒が彼を呼んでいく。応援も混ざる。なるほど、悪は悪の味方という事か。


「夜川、聞け。何があったのかは知らないが、こんなことはもうやめろ。先生が話を聞いてやる」


 偽善者ぶった言葉にさらに熱が沸く。どうして悪はこうも僕を苛立たせるんだ。許せない。こんな偽善者が彼女を殺したことが許せない。


「じゃあ、二つだけ。先生は、ボクに一組の人たちが殺されてどう思いましたか」


「……悔しいし悲しい。どうして助けられなかったのか。今まで体が動かなかった自分が憎いくらいだ」


 武器を握った手に力が加わった。落ち着け。もしもう一つの質問の答えから彼が悔いていることが分かれば……。


「じゃあ、先日の自殺事件に関しては?」


「……今と同じだ。何故あいつがあんなことになったんだ」


 彼の眼は、明らかに自分の身を守りたいという意思が見えていた。後悔なんてないらしい。最低だ。もう死んでしまえ。


 安全靴で彼のすねを蹴りあげた。硬い靴だ。悪の権化も顔を歪めた。そのくせボクの武器は離してくれない。だが、問題はない。


 両手の武器を離した。眼前の男も少し体勢が崩れた。袖口に仕込んであった少し小ぶりのナイフを取り出し。彼の首に突き立てた。ぐげっと気持ち悪い声が上がる。悪の鳴き声という奴だろう。汚らわしい。


 ずるりと一組の担任は床に崩れていく。無様に転がった痙攣するものからボクの武器を回収した。残りは三人か。



 一人の女子生徒を中心にすくみ上る二人。真ん中の女がボクの親友を殺した首謀者だ。


 名前は……何だっけ。聞き込みやら盗み聞きやら、そんなことで簡単に情報は手に入ってしまった。こいつが周りを嗾けて隠れながらにいじめを行ったこと。仲良くするフリして裏切ったこと。ボクは知っている。全ての元凶はコイツだ。


 コイツにへばりつく女子生徒を殴り、刺す。どちらも死に相対して体も動かなかったらしい。眼球と涙だけが動いていた。


「それで? 全員殺したら満足?」


 鼻を鳴らして首謀者は言った。コイツは他の奴らと違って肝が据わっているらしい。それとも、魂そのものが悪として穢れきっているせいで何も感じないのだろうか?


「満足するはずがないだろう」


「だよねー。殺したところで、アイツは帰ってこないもんね」


 あははと笑う彼女にまた熱を帯び始めるが、今は冷静に話さなければならない。もちろん、時間もないのだが、聞きださなければならない。


「どうしてお前は彼女を殺した? あんなに……」


 いい娘だったのに。誰からも憎まれたことが無いような、人畜無害を地で行っていた彼女がどうして殺されなければならなかったのか。こいつらを根絶やしにすることが目的だった。でも、それだけは聞きだしたかった。


「あんなに……いい娘だったのに、かな? 理由ね……。うん、特にないけど。強いて言うならなんかムカついたからかな?」


 何かが切れた音がした。



 気が付いたら。首謀者に馬乗りになっていた。彼女の顔は腫れ、凹み、血が流れ、眼球も潰れて透明な液体が眼孔に溜まっている。


 ボクの左手が掴んだ襟首を視点に力なく首を垂れ、完全に体を震わせている。この震えが後悔の念ではないことは明白だ。こいつは悪だから。


 右手に握ったレンチに力が入る。こうなっては話もできないだろう。もう殺してしまえばいい。


「じゃあ。地獄で後悔しろ、人殺し」


 最後に一撃を加えた。それを機に震えが止まった。じゃあな。全ての元凶。



 悪の親玉さえ殺せば、あとは少しだ。あと少しでこの一件に関わる全ての悪は滅びる。各教室を回り、彼女と同じ部活だった人間とその顧問の教員を消さなければ。


 サバイバルナイフを握り、第一化学室を飛び出した。そのまま、少し離れた普通教室のある棟まで走る。


 まだ授業中でよかった。授業を行っている教室に入り、該当する人物だけを殺していく。邪魔をする教員や生徒もいたが、殺さない程度にナイフで刺し、足を進めた。悪でない者に手を出すのは心苦しいが、邪魔をするならば仕方がない。あとで死んでしまったとしても必要な犠牲と言える。


 人を殺し、逃げ、殺して逃げてを繰り返し、いつの間にか制裁対象は後一人だった。


 ボクを探している教員や生徒もいる。もうすぐ警察も来るだろう。息をひそめて校内を移動し、塀を乗り越えて外へ出た。さすがに正門や裏口にはきっとボクを捕まえようとする人間がいるはずだ。


 雪が降っている。平日昼間かつこんな天気では出歩く人もいないのだろう。血で真っ赤に染まった服で出歩いていても誰にも見咎められない。

 そういえば、朝も誰にも会わなかった。まるで正義執行の舞台のようで、少しだけ場違いな感覚に陥りそうだ。その執行人は紛うことなき悪だからだ。


 走り続け、目的の場所に着いた。昔から彼女とよく遊んでいた公園だ。昔は広かったが、今では縮小され、周りに植えられた木で囲まれて陰鬱な影を落としている。狭く、トイレもないため、浮浪者も依りつかない。


 ふらっと昔使っていた遊具の中に入る。上が吹き抜けになっているアスレチックで、なかは雪で覆われていた。


 懐かしい。ふと彼女との思い出がよみがえった。どうしてこんな事になってしまったのだろう。ずっとあのまま二人で一緒に居られると思っていたのに。


 全て気づけなかったボクが悪い。ボクはあの元凶以上の人殺しだ。


 救えなくてごめんなさい。何度謝っても足りはしない。もし彼女を救えるなら……と考えたところで、ボクには救うという行動をする権利もないのかもしれない。


 ああ、早く終わりにしないと。ケジメを付けて、ボクも死ぬ。


 すっかり刃先の鈍くなったサバイバルナイフは捨て、まだ切れ味を保っている小さなナイフを取り出す。上着ごと、袖をまくり、露わになった両腕の甲にガリガリと文字を掘り込んでいった。彼女への謝罪を体に刻み、ケジメとしたことはせめてもの罪滅ぼしだ。


 右腕に救エナクテ、左腕にゴメンナサイ、と刻んでも、まだ画数は殺害数に及ばない。だが、これ以上は言うこともない。ボクの想いはこれだけだった。


 残りの数字分を両足に刻み、赤く染まった雪の上で膝をついた。ナイフを首に当て。ゆっくりと力を入れる。温かい物が流れた。そのまま、息を止め、横にかき切った。これは彼女を殺した分だ。


 流れる血が服を汚していく。力が抜け、雪の上に落ちる。それでも、ボクは死んでいない。これで本当の最後だ。


 身体の向きを変え、仰向けになると雪が顔の上に落ちてくる。ナイフを逆手に持ち替え、両手で胸の前に構えた。


 正義は後一人で執行完了だ。


 親友と、たくさんの悪を殺した大罪へと、思い切りナイフを突き立てた。


 一瞬鈍い痛みが走ったが、すぐに感覚など抜ける。雪の冷たさも感じない。意識が混濁する。


 ぐちゃぐちゃとかき回され、頭の中が消えてなくなりそうだ。そんな中でふと観えた思い出。


 夕暮れの公園で、彼女と話していた。中学の頃だっけ。


『日影ってさー。まだ正義の味方になりたいの?』


『え、なんで、いきなり』


『いや、なれるなーと思ったからね。日影ならいつか、いい正義の味方になれると思うよ。私はそう信じてる』


 そしてそこで、何かに気づきそうだったのに、気づけなかった。






「そうだ。これがボクの罪だ」


 ボクは息を吐いた。長いようで、短い記憶だ。


「ボクはただ怒りに任せて悪を滅ぼした。正義の名を掲げて個人の怒りをぶつけただけなんだ。あの時の正義は世間一般の正義ではなく、ただ、ボクの正義だった」


 正義の味方等と名乗り、この学園に来てからも悪と時折戦ってきたボクはきっと、ボクが戦ってきた相手達と同じだ。


「もちろん今は風紀委員として公共の正義のために仕事してるけどね……君は幻滅しただろう。君が思っていたボクは存在しない」


 ボクの視線を受けた相手は、何も言わなかった。


 話したのは気まぐれか、今後に関するケジメか。それは自分でもよくわからない。


「本当の正義の味方なら、あの遺書を公表して悪を摘発すべきだっただろう? でも、ボクにはそれができなかった。それに、本当に彼女のためなら、遺書に書かれていた通り、自殺してはいけなかったんだ。ほら、もうボクの正義なんて、ただの個人的な怒りだったんだよ。だから、君はボクを誤解している――いや、させてしまったというべきかな」


 君から見た夜川日影と、本来の罪人である夜川日影の間にはズレがあった。だから、最後にそれだけ話しておきたかった。


「そういうこと。じゃあ、ボクは行くよ」


 相手が言葉を返してくれないのは、軽蔑か、憐みか。そんなことは分かりはしない。ただ、ボクが話したかったから話した。それだけだ。


 背を向け、歩き出す。


 ボクの上着に入った正義の味方の文字はどう相手に映っているのだろうか?



1~2月個人お題「過去」

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