君に思い出を。
「夜川、ちょっといいか?」
「はい。なんですか?」
「実はなあ、今年の応援団希望者の女子が少なくてな。で、その少ない三年女子が全員応援プログラムの方に回りたいって言って衣装の件を二年に回すことにした」
「はあ……まあ最後ですし」
「俺もそう思うんだ。最後だし、三年の女子たちには好きな事をやってもらいたいんだ。だから二年で服を決めてもらいたい」
「それで、ボクに選んで来いってことですか?」
「ああ、一応方向性によっては変わってくるから二、三パターン位選んでほしい。男子は学ランでいいやって話になったから」
「分かりました」
「あ、それと、応援団に参加するかはともかく、一年を一人連れて行ってくれないか? 服の借り方とかも教えておいてくれ」
「……あれ、でも、一年女子って」
「ああ、今年の応援団はゼロだ」
などという団長とのやり取りがあり、体育祭の団体会議から抜けて購買の中にある一件の店に来ることになった。上がっている看板は「衣装屋」。体育祭や文化祭の時などに生徒に服を貸し出す店だ。
体育祭の応援団の衣装や文化祭の衣装はここで借りることが多いらしい。試しで借りるにも、本番で借りるにも、少し面倒な手順を踏まないといけないのがネックだが、行事なら格安で借りられるのはかなり便利だと思う。
「あの、日影さん」
「何だ? デリア」
「私、応援団には参加するつもりないんですけど、他の人にしなくてよかったんですか?」
店の扉を開くボクの背後でやや不満そうに口にするデリア。半ば無理やり連れてきたんだ。そう思われても仕方ないのかもしれない。
だが、この店に来るなら、デリアじゃないとダメなんだ。
ボクに続いて店に入ったデリアは辺りに視線を巡らせ、少しだけ目を丸くした。
「……すごいですね」
衣装屋の名は伊達ではなく、店内には様々な衣服がハンガーにかかって並べられていた。応援団でよく使われる学ランだけでなく、様々な服が置かれている。和服やら軍服やらメイド服から、少しならば地上の世界のアニメや漫画の衣装まで。
さらに店頭に出ている分だけでなく、店の倉庫には全て一クラス分くらいは同じものが仕舞われているからとんでもない話だ。よく使われる衣装なら一クラス分と言わず、管理するのが大変な位にあると聞いたが、生徒数が多い以上仕方がない。感謝するほかない。
「へえ……これ全部借りられる服なんですか?」
「そうそう。試着室では試すこともできるからゆっくり選ぼう」
私は出ないんですけど、と言いつつもデリアは服を見ながら歩き出した。なんだかんだ手伝ってくれる気はあるらしい。衣装の森に消えてから、大量の服の隙間から声が聞こえた。
「日影さん、応援団って去年はどんな服が多かったんですか?」
「そうだなー、たしか学ランとかチアガールが多かったかな。和服のところもあったけど」
チアに関してはガールだけでなくボーイも着ていたのだが。需要があるのかは分からない。去年の体育祭で意外に思ったのは男子の女装が異常に多い、という事だった。
生徒はともかく、音楽のロイ先生が女装して現れた時は二度見してしまった。あの先生の年齢……いや、考えないようにしよう。今年もやるのだろうか。
ふと去年の体育祭を思い出していたせいか、デリアが一着の服を持って戻って来ることに気付かなかった。突然服の森から現れた背の高い銀髪に一瞬驚いてしまう。
「これなんかどうですか? チアですけど、団体カラーのオレンジが入ってるんで」
「ああ……けど、可愛すぎないか?」
デリアが手に持っていたのは可愛らしいチアガールの服だった。全体がオレンジで胸の辺りに大きく刺繍がある。
裾の辺りは白いラインが入っていて少し子供っぽい気もするが、応援をするならこれくらい元気な雰囲気でもいいだろう。残念ながらボクには似合いそうもない……なんてものは建前だ。
「デリア、これ、着てみてくれないか?」
「ええ……何で私が……」
「ホントお願い、ボクには似合わないし。他の人が着たらどういう感じか見たいんだよ」
「……わかりましたよ」
デリアは諦めたような顔でため息を吐く。そんな彼女の手を掴んで店の奥にある試着室に案内した。試着室はカーテンで仕切るようなものではなく、きちんとした扉が付いているものだ。
デリアが中に入って少しして、試着室付近の服を見ていた時、ある服が目に留まった。ボクはそれを手に取ると、デリアを連れてきた目的のために試着室に戻った。
「どう……ですか?」
「可愛い! あ、うーん……ヘソ出てるのか、意外と露出高かったんだな」
「そうですね、体育祭の天気によっては寒いかもですね。もう着替えても……?」
やはりデリアは恵まれた物を持っている。西洋人の中でも高めの身長、白人らしい綺麗な肌、灰色のさらさらとした長髪、そして、綺麗な青い目。日本人からするとこんなに羨ましい物はない。だからこその有効活用だ。
それが団長にこのミッションを言い渡された時に思いついた、今日の目的――衣装の試着を理由ににデリアに様々な服を着せる! ……もう一つの目的は達成できるのだろうか?
「あの、日影さん?」
「ああ、ごめん、その服はどんな感じか分かったから着替えてもらって大丈夫」
急に思考を現実に戻され、慌てて言葉を吐く。そして、次の服を差し出した。
「じゃあ、次にこっちを着てもらえるかな」
「……メイド服じゃないですか?」
「ああ。去年はいなかったらしいけど、一昨年は結構人気あったんだって。本来は文化祭向けらしいんだけど」
デリアはメイド服を受け取ると試着室の奥に引っ込んでいった。チアの時より嫌そうな顔をしていなかったのは露出が少ないからだろうか? 理由なんてボクにはわかりっこないのだが。
そしてボクは次の服を探しに向かった。向かった先は和服コーナー。毎年袴で応援を行う団体も必ずいるらしい。たくさんの着物の中から武道で着るような素材の物を選び、試着室に戻る。そして視界に移ったメイドは形容しがたい素晴らしさだった。
元が西洋の服を西洋人が着て起きる化学反応――やはり着せて正解だった。
「可愛い!」
「またそれですか……で、応援には使えそうですか?」
「え、ああそうだな……着る人の動きによるかな。あんまり派手な動きには向かないな。スカートの丈長いし」
それは見て分からないか、と言いたげなデリアの視線をかわして持ってきた服を押し付ける。和服は日本人が一番似合う。とはいえ、外国人が着ているのもまた別の魅力があるように思う。
よし、デリアが着替えている間に次の服の用意だ。
――昔の軍服のレプリカ
「軍服で応援って軍事的な応援に感じるんですけど」
「可愛いよりカッコいい!」
――魔法少女のアニメのコスプレ衣装
「これどこかで見たことあるんですけど……」
「可愛い!」
――日本で人気だったアイドルの衣装
「チアにしては派手すぎません……?」
「可愛い!」
――タキシード
「これなら学ランでいい気もしますが……」
「カッコいい!」
――五人組ヒーローの紅一点の衣装
「可愛い!」
「顔見えてませんよねこれ!」
――大人気勧善懲悪アニメ『正義の太陽』の主人公のコスプレ衣装
「これ日影さんが普段着てる奴じゃないですか!」
「ボクより似合ってる……」
――有名キャラクターの着ぐるみ
「可愛い!」
「こんなの着て動いたら熱中症になりますよ……」
――そしてウエディング風のドレス
「可愛い!」
「どうやって動くんですかコレ!」
デリアに着せた衣装は何種類だろうか。途中から応援合戦に使えるかどうかを見るか忘れる程夢中になってしまった。
体育祭でこんなに楽しめるなんて、と思ったのはこの学園に来てからなのかもしれない。去年は体育の身体力検査の短距離走の記録から百メートル走と縦割りリレーに出ただけだったが、初めて誰かに応援されたのを覚えている。
生前の体育祭の事はあまりよく覚えていない。というよりムカつくから覚えていたくないのが現状だ。
だから去年の体育祭でかなり驚いた覚えがある。普段は話さないような人とも話すことができ、初めて行事が記憶に残った。
当時はまだ学園に集う犯罪者に対して、あまりいい印象を持っていなかったため、そこからクラスに溶け込むこともできなかったし、その後話せたクラスメイトとはだいぶ疎遠になってしまったが――。
ボクはデリアに着せたいゴスロリ服を手に取って着室に戻った。まだあるのかと言いたげな視線になっているデリアに聞きたかったことを聞く。
「ねえ、体育祭、思い出に残りそうかな」
デリアはあまり体育祭に積極的ではないらしい。参加することになっている種目は玉入れだけだ。この学園の体育祭は全員一種目以上に出なければいけない決まりになっている。
そのせいか玉入れは体育が苦手な生徒や消極的な生徒のたまり場と化しているのが現状だ。
「こういう行事嫌い?」
「……あまり好きではないです」
そっか、と返すも、やはり、という感情が強かった。選手決めの時に見た身体力テストの結果を見ても、デリアはそんなに運動が苦手というわけではなかったらしい。よくできるというわけではないが、どちらかというとできる部類ではある。
「正直、玉入れだけってのはもったいないと思うよ、ボクは」
「そうですか……? でも、今更言われてももう全部決まってますよ?」
「だからさあ、応援団やらない? 一年の女子ゼロだし、そもそもこの団体は女子少ないし……」
「……あの、申し訳ないんですけど、ああいうのはやりたいと思えなくて」
もともと消極的で、そこに怠惰の因子まで加わったデリアが首を縦に振るとは思っていなかった。だからボクがこの学園で感じたことを話そうと思う。それで断られたら無理強いはしない。
「ボク、昔は体育祭って嫌いだったんだよね」
「何か、意外ですね。運動が得意って聞いてたんですけど」
「うん、生前の親友にもそれ言われたなあ」
少しだけ自分の顔が綻ぶのが分かる。助けに行くと決意して、一年と三か月が過ぎた。
「昔から友達が少なくてさ、あと結構喧嘩とかも多くて学校に溶け込めてなかった」
「そうなんですか」
「そんな状況で毎年体育の成績だけで選手に選ばれたりしてさ、周りから妬まれたりとか、あんまりいい思い出ないんだよね」
「そうなんですか……でも、今回はやけに積極的なんですね?」
「うん、確かにそう思われるかもしれない。けど、ここでの体育祭は少し違うって思った」
「……でも、ここはあなたの言う犯罪者の――悪の集まりなんじゃないですか?」
「確かにそうだ。浄化の意思がないならただの倒すべき悪だ……でもさ、クラスも上がれば意外と悪い人ばかりじゃないんだよ。何回もトラブルは起こしたけど、ここの行事は楽しもうって人が多くてさ、去年はすごい楽しかった」
ボクは後輩に学園生活を楽しむことを教えたい。大罪の因子を抑え浄化を目指す以外にもこの学園で触れてもいい物があることを知ってもらいたかった。それがもう一つの、着せ替えなんかより大事な目的だ。
「そんなに変わるものなんですか?」
「意外と、ね。きっとここで浄化を望んでる人はなんだかんだ行事とかを楽しみたいと思ってるんだと思う。浄化するか、地獄に送られるか、なんだからね。少数の学園に就職する人もいるけど。ほとんどの人は自分が自分であれる時間が短いんだ」
「だから今を楽しもうとしている、ですか」
「そういう事。ボクが今もあまりクラスっていうか学校になじめてないのは噂なりなんなりで知ってると思うけど、それでも行事の時はみんなで楽しめたんだ」
「そうなんですか?」
「うん。実はボクの他にも周りになじめてない人が何人か居てね。その人達も結構楽しそうだった。だから面倒だから一競技だけ済ませようってのはきっともったいない」
だから、と続けたボクの言葉をデリアは頷いて遮った。その目は少しだけ変わっていて。
「私でも楽しめると思いますか?」
「もちろん。ボクが保証する」
めんどくさがりながらに頑張っている可愛い後輩の言葉はボクの望んだものだった。
「分かりました。私も応援団に入ります」
「うん、一緒に楽しもう」
デリアが少し笑ったところで静かだった店に電話のコール音が響いた。応援団の団長だ。
「はい、夜川です」
『あ、俺だ。お前ら遅いから衣装とかこっちでだいたい決まっちまったぞ!』
その言葉に携帯電話を耳から離して時間を見る。画面の右上に表示されている時間。会議の終了時間の手前だった。
「すみません、決まったのでしたらそれに合わせた衣装を借りて戻ります」
『おう、悪いな。女子も全員学ランでやろうって話になった』
「はい?」
『一年といろいろ考えててくれたんだろうけど……ナシでいい。応援団員の服のサイズは後でファイルでまとめたの送るけど、それにお前の着たいサイズ加えて借りる手続してくれ』
「分かりました。あ、あの、応援団なんですけど、まだ人増やせますか?」
『ああ、やっぱりあの一年も参加するのか。まだ動きとかは大まかな事しか決まってないから大丈夫だ。歓迎するぞ』
「ありがとうございます」
『じゃあ借りる衣装にそいつの分も含めてくれ。頼んだぞ』
ブツッと一方的に電話が切られた。せっかくいろいろな服をデリアで試したのに……と言いたいところだが、途中から着せて遊んでいただけになってしまった。ので向こうで決めてくれたのならそれに越した話はない。
「電話の相手は団長さんですか?」
「うん。女子も男子と一緒に学ランになったってさ。もうすぐ各サイズと借りる人数まとめられたファイルが送られてくるからそれに合わせて借りるだけ」
最後に、とボクは持っていた最後の服をデリアに差し出した。「これだけ着てみてくれるかな?」なんて言って渡した服は――ゴスロリ服だった。
「……日影さんは着ないんですか?」
「ん?」
「私だけが着ても意味ないと思いますし、着てもいいんじゃないですか?」
「デリア、少し落ち着こう」
「そろそろ片づけないといけないので……。それに日影さんは私の先輩ですよね?」
「……デリアさ、怒ってる?」
応援団の服を選ぶ、というミッションに隠された別の目的――可愛い後輩で着せ替えするという目的は達成できた。
だが、先輩方の意向で服選びは無駄になった挙句、デリアが着た服を全部ボクが着るという事故が起きたけど、最後には彼女も楽しそうにしていたから、まあいいとしよう。
可愛い後輩の初めての体育祭が楽しい物になりますように。着た衣装を片づける前にデリアと一緒に衣装を合わせて撮った写真はボクだけでなく、彼女の思い出にもなってくれたらいいなって。そんなことを考えながら団体会議の日は終わった。
12月お題『体育祭』
スガキユさんより、デリア・バルシュミーデさんをお借りしました。




