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イベント受付時の話。

「だから、観客席は飲食禁止だって言ってるだろう。それをここに預けておけば中に入れる」


 この言葉は、多分三回目だ。ボクの言葉に不服そうな目を向ける二人の男子生徒はさらに眉根を寄せた。赤色のネクタイを緩く巻いていて、まだ学園のことを把握できていない一年生だという事が分かる。


「風紀委員さんよお……俺ら以外にも持ち込んでる奴絶対いるぜ? 全員荷物隅々まで確認したのかよ」


「……荷物の中身までは見ていないが、中身を外に出し次第場内担当の委員が摘発する」


「はあ? 厳しすぎだろ? こっちは見に来てやってんだからよ、少しくらい自由があってもいいだろ」


「そーそー。もうすぐ昼っすよ? 昼飯くらい食ってもいいんじゃないですかねー」


 上級生相手とは思えない態度の一年生二名に苛立ちながら、ため息を吐いた。


「君達は何か勘違いしていないか? このイベントは本来七組生以上の生徒が能力を鍛え、浄化を進めるためのものだ。……ボク達下位クラスの者は見学できるだけでもありがたいことなんだよ」


 ボクの視線の先の男子生徒が上着につけているバッジは円形で、『9』と数字が刻まれていた。




 今日は今年度一回目のイベントの最終日だ。三日間に渡って行われる武闘大会のトーナメント。


 イベントに参加しなかったり、自分の出番まで時間があったりする風紀委員が会場の警備を担当することになっている。参加資格がないボクにももちろん仕事は割り振られている。――というよりも他の委員の倍近い仕事が押し付けられていた。


 今は観客席の入場者のチェックだ。本来ならば、生徒手帳の学生証を見せてもらい、こちらで学籍番号と氏名を記録するだけなのだが、遊び気分で来場する生徒もいる。そういった生徒を取り締まることが本筋の仕事とも言えた。



 そして、昼手前に現れたのが本日十件目の取り締まり対象だった。ルール違反をした挙句謝罪もせずに自己を主張している。


 血が出るまで殴ってやりたいところではあるが、取締りのマニュアル違反になってしまう。基本的には武器や飲食物などの違反物は入口で預かり、帰り際に帰すことになっている。

 個人的には秩序を乱すなら武力で駆逐すべきだと思うが、委員会としてはそうもいかないらしい。もちろん強引に入ろうとするならば実力行使も認められるけれど。



「……舐めたこと言ってるけど、アンタ一人で二人相手にできるのかよ」


 時折こういうのがいるんだ。本日二件目、今回のイベントを通しては十二件目だっけ。自らが悪だと認めずに、ただ暴力で相手をねじ伏せようと目論む奴ら。


「自分の過ちを認めないなら、正義として制裁する」


 入場者の記録用の端末をポケットにしまい、重心を落とす。二対一だろうが、この学園で一年過ごした経験は負けはしない。


 男子生徒二人も各々持っていたビニル袋を投げ捨てた。中から紙に包まれたパンが転がり落ちる。悪はどうも食べ物を粗末にする傾向がある気がする。


 一人で受け付けをしている今、他の見学希望者が来たら困る。昼食に行ったボクとペアで受け付けをしていた先輩が、早く戻ってきてくれると助かるのだが――ボクが一撃で黙らせれば済む話だ。


 能力を発動しようと、口を開き、肺に酸素を取り込んだ瞬間、ボクの眼前にいた男子生徒の表情が壊れた。



 苦悶の表情を浮かべながら、敵であるはずのボクに背を向けた。背中には三本のフォークが突き刺さっている。たかがフォークなのだが、彼の上着には赤い染みができている。


 このフォークの元凶は、男子生徒の背後に立っていた。


「肉の分際で……何してんの……!」


 憤怒の表情を浮かべた女子生徒。顔付きからして日本人、どちらかというと大人しそうな生徒だ。あのおさげと楕円形フレームのメガネはどこかで見た覚えがある。リボンの色からして一年生、腕章は暴食の黄色。


 ものすごい怒りを滲ませた表情だったせいで、一瞬憤怒の因子を持っているのかと一瞬考えてしまった。


 と、あることに気づいた。この女子、知っている。先月購買で会ったのだが、名前も聞かずに別れた子だ。


 フォークが刺さっていない方の男子生徒の喉から一つの名前が漏れた。


「トリバミ……?」


 女子生徒は『トリバミ』という名前らしい。多分名字だろう。名を呼ばれた女子生徒は彼に視線を移し、ポケットから取り出したフォークを叩きつけるようにして投げた。

 意外と力があったのか、弾丸となった食器は男子生徒の太ももに突き刺さり、赤い液体を飛び散らせた。



「うるさい、肉のくせに……ムカつく……」


 ぎり、と歯を鳴らして睨みつけるトリバミに男子生徒の顔が面白いように青くなる。最初にフォークを刺された方の男子に関しては戦意も失せているようで動こうともしない。女子生徒はさらに取り出したフォークを両手に持ち、じりじりと男子生徒に近づいていく。


「わ、わかったから、謝るから!」


「何を?」


「……俺らがここにいて、お前が中に入れなかったこと?」


「違う! お前らが! お前らよりずっと価値のある食べ物を! 捨てたからだ!」


 女子生徒の咆哮。さながら肉食獣のようだ。『絶対に許さない』『肉のくせに』と連呼する表情はとても他人に見せられないものだ――食べ物に執着する暴食ならばこのような顔を見せてもおかしくはないのかもしれない。


 無言でフォークを振り上げる女子生徒。情けない声と共に座り込む男子生徒。そこで、ようやくボクは動けた。どうにも、トリバミの行為はなぜか目を引く気がする。



 間一髪といったところで、ボクの手のひらはトリバミがフォークを振り下ろした手を抑え込んでいた。本来、この場では取締りを覗く争いはご法度だ。


「おい、君たち二人は入場するのか? 帰るのか?」


 先に片づけるのは男子生徒二人の方だ。トリバミの行為に関しては、被害者であるわけで。昼食をここに預けて入場するか、帰るのかを決めさせればケリが付く。二人は視線を合わせるとすごすごと逃げて行った。


 さて、彼らの事はともかく、彼女はどうしたものか。トリバミの手を離す。きっと暴食の因子が自分で抑制しきれないのだ。食べ物に執着し、大切にする暴食の生徒には多い傾向で、ボクがキレやすいのと根本は変わらない。



 とりあえず声をかけようか、と彼女の方を見ると、転がったパンを拾い上げていた。そして包を剥がす。衝突の勢いでケチャップがべたべたになったハンバーガーが姿を現す。トリバミはそれに勢いよく喰い付いた。


 大きな一噛みでどんどん削っていく。一つを腹に納めると、袋の中からもう一つ同じ放送がされた物を取り出した。無表情で、他人の物を当たり前のように食している彼女にどう声をかければいいのか分からなかった。


「……何してるの?」


 と、明らかにわかりきっている事を聞いた。


「……食べてる」


 見れば分かるだろ、といった表情さえ見せずに、淡々と二つ目を腹に詰めていく。


「えっと、それ君のじゃない……よね?」


「あの肉はこれを捨てた。もったいないから食べてるの」


 ああ、そうなのか。少し感覚がずれている気もするが、確かにもったいない。どうせあの男子生徒二人は戻っては来ないだろう。誰にも触れられずに忘れ物として扱われ、本人の手に戻る前に腐ってしまう可能性があるなら、彼女が食べたほうがよっぽどいい。



 トリバミはゆっくりと立ち上がり、二つ目のビニル袋を開ける。出てきたのは一つの紙袋だ。中を覗き込むと、少しだけ女子生徒の表情が和らいだ。


 不思議に思って横から中身を覗いてみる。前の持ち主は甘党なのか、ドーナツが三つ入っていた。それを見て喜んでいるあたり、彼女も甘いものが好きなのかもしれない。


 ふと、彼女は前に一度会ったボクを覚えているだろうか、と尋ねたくなった。


「ねえ、前に一回購買で会ったんだけど……ボクのこと分かる?」


 その言葉に顔を上げて、ボクの顔をじっと見つめる。視線が顔を舐めるのがあまり好きではなく、自分で話しかけておいて目をそらしてしまった。だが、それは長い時間ではなく、彼女の視線はすぐに紙袋に戻った。


 先程同様にチョコレートのかかったドーナツを二つ腹に押し込むと、急に手が止まった。そして袋の入り口を閉めるとボクに向かって突き出してきた。


「あげる。あの時は……ごちそうさま」


 食べ物絡みだったからかは定かではないが、記憶にはあったらしい。


「え、いや、それは構わないんだけど、これ食べなくていいの?」


 受け取った紙袋を振る。がさ、と音を立てた。


「ここに来る前に昼ごはん食べてたからいいよ」


「なのにアレだけ食べたんだ!?」


 外見にそぐわない胃袋の容積に面食らう。暴食の因子は食欲だけでなく物理的に胃袋まで広げてしまうのだろうか。


 そんな大飯食らいが食べ物を寄越すとは、嫌われてはいないらしい。素直に嬉しい。食べ残しではあるのだけど。


「分かった、ありがたくもらっておくね。えっと、トリバミさん? でいいのかな」


 女子生徒はごそごそとポケットを漁り、生徒手帳に取り付けられている学生証の部分を突き出した。



鳥喰(とりばみ)椿(つばき)……さん、か」


 直接名乗るのが恥ずかしかったのか。それとも面倒だっただけか。

 見せられた学生証を失礼かもしれないが、隅々まで目を通す。と言っても、学年や大罪の因子などは制服をきちんと着ている彼女を見れば問題なく分かるのだが。何にせよ、彼女のことは覚えた。


「ボクは夜川日影。二年生で風紀委員だ。君のことは何て呼べばいいかな?」


 せっかくこうしてまた会えたんだ。可能ならいろいろと彼女のことを知りたい。もちろん浄化を目指しているなら、だけど。


 ボクの問いに鳥喰椿は不思議そうな表情で答えた。答えになっていない言葉を。


「それより入場したいんだけど」


 ……入場?


『観客席に入場する時は、学生証を係の生徒に見せ、許可をもらってから入場してください』


 どこからか脳内に浮かんでくるイベント時のルール。もしかして、学生証を見せてきたのは自己紹介とかじゃなくて……。いやいや、そんなことはないだろう。入場希望ならちゃんとそういうはずだし……。


「別に他の食べ物持ってないけど……入ってもいいよね? 学生証見せたし」


 あ、これ本当に入場するために見せただけだ。気づいてしまったらもう遅い。一瞬で顔が赤くなるのが分かる。少しだけ目を見開く鳥喰椿。


「あああああああああ! 分かった、入っていいから! 気にしないで! 別に君なりの自己紹介だと思ってたわけじゃないから! あ! ちょっと熱出ただけだから! 風邪移るから早く中に入って避難して!」


 ぷっ、とボクの勘違いに気づいたらしい笑い声が上がる。言い訳など効果が無い――いや、言い訳で暴露するという事故を起こしただけだ。逃げ場がない。


 鳥喰椿は笑いながら、すっ、とボクの脇を抜けて会場に入って行った。


「椿でいいよ」


 という笑い混じり声はきちんと耳に届いた。




 ボクが一年生の学生証提示を自己紹介と勘違いした件は戻ってきた先輩に目撃されていて、一日で委員会内に広まり、その後三日以内に学校中にばら撒かれるのだが――そんな予知はできるわけもなく、この時はまだ複雑な嬉しさを噛みしめていた。



遅くなりました。

11月お題『イベント・武闘大会』


おいるさんより、鳥喰椿さんをお借りしています。

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