好きなもの。
アヴェルフリード・リーンドベル。同じ二年生の傲慢の因子を持つ男子生徒だ。顔立ちからして西洋の血が流れているのだろう。各国の出身者が集まるこの学園で、いつも持っているらしい人形が一番の特徴となっている。
初めて出会ったのは一年生の頃。彼は体育館裏で他の生徒に一方的暴力を振るっていた。その時にボクが仲裁に入ったことで、彼とは妙な関係になる。とはいえ、すれ違えばお互い顔をしかめる程度なんだけど。
持っている因子通り、非常にわがままで他人を見下す傾向がある。そのくせ、人形を壊されればすぐに泣き出す。要するに子供っぽいのだ。
それが体育祭の応援合戦でチアガールをしていた事と関係があるのかは分からない。
ボクの後輩が彼に冷たくあしらわれたこともある。要するに子供のまま成長した悪で、ボクとは相いれない存在だ。
そんな彼が放課後の体育館裏で三角座りで泣きじゃくっていれば気にもなるだろう。
「えっと、さ、どうしたんだ?」
声をかけても泣くばかりで反応はない。肩を叩けば顔を上げるくらいはするのだろうが、彼は触れられるのが嫌いだと聞いた。なら下手に触れるよりはこうして声をかけた方がいい。
肩を震わせ、鼻をすする音が響く。じっと眺めていると服が汚れ、少しほつれていることが分かった。喧嘩でもして負けたのだろうか。うん、それなら納得はいく。
どう言葉を書けようかと彼を眺めているうち、あることに気づいた。彼が人形を持っていない。
「……ねえ、あの人形は?」
人形、という言葉で露骨に肩が強張った。ぎり、と拳を握りしめる。これは何かあったようだ。状態からして人形を盗られたといったあたりか。
「誰に盗られた?」
「……分からない」
ここでようやく口を開いたリーンドベル。少し間をあけた後、さらに言葉を吐き出した。
「けど、強欲の腕章で、雷を出す魔法短剣を使う男だった」
「それは……日本人か?」
リーンドベルの言う特徴には聞き覚えがあった。以前、問題になったことがある二年十組のとある男子生徒。盗癖があり、何度も窃盗事件を起こしている。確か学園にバレて生徒指導課の体罰を受けてから大人しくなったと聞くが……。
「ああ」
肯定の返事を聞き、彼がまた活動を再開したのかと頭痛がした。だったら仕方がない。物を集めるのが好きな男だったはずだ。誰かの手に渡るという事は考えにくい。
「わかった。とりあえずは職員室に被害にあったことを伝えて……それから風紀委員の方にも伝えてくれるとスムーズに動けるから、さ」
犯人はほぼ特定できている。届を出せば近いうちに捜査してもらえるだろう。それが現状で一番ベストな策だ。だがリーンドベルは首を振った。
「そんなの、アルダムはいつ帰ってくるんだ。それに、アルダムに……」
もぞもぞと話す彼を見ていると、本当にあの人形が好きなのだと分かる。アルダムに、に続く言葉は分からないが、ボクは悪相手なのに、こういう状態の相手には弱いようだ。
「分かった。宛てはあるから少し待ってろ」
風紀委員会の過去の報告書を見せてもらった結果。盗癖のある生徒は自室に物を貯め込む癖があるらしい。寮の男子階には女子でも普通に入れるが、そんな生徒はいない。
因みに女子階層には男子は進入禁止だ。どういう基準なのかはよくわからない。
調べた生徒の部屋に向かい、外につけられたチャイムを鳴らした。しかし数分待っても出てくる気配はない。外から見た時は電気が付いていたため、ここにいるはずなんだが……電気を消し忘れて食堂にでも行ったのだろうか?
考えていても埒が明かない。ボクが始末書を書けばいいだけだ。能力名を叫び。ドアをぶち破った。
寮の個室の扉と言えば少しは補強されてそうなイメージがあったのだが。簡単に壊れてしまった。教室のものよりは丈夫なようだけど。
有事のために土足のまま小さな廊下に上がる。六組以下の部屋は狭いので、数歩分の廊下だ。
部屋に続く扉にゆっくりと手をかけ、押した。目に入る部屋の光景が徐々に広がっている。その中はもので溢れかえっていた。部屋の主はいない。
ざっと見渡すと精巧な少年の人形が積まれていた。見つけた。
そして、ひたっと音がして。後ろを振り返った瞬間、左肩に激痛が走った。
やられた。ごてごてとした装飾の短剣が刺さり、血が溢れている。それを引き抜くと、床に投げ捨てた。どぷっと血がこぼれた。
そこから目を離し、顔を上げると、大人しそうな男子生徒の姿があった。目的の人物だ。廊下のシャワールームにでも隠れていたようだ。
「ねえ、何を取り返しに来たの?」
「あそこに積まれている人形を返せ」
「あれ? アレは君のじゃないよね?」
「ああ、知り合いの大切なものだ。だから返してくれ」
そっか、と男子生徒は頷き、笑顔を作って。
「嫌だね。僕、人のもの好きだし」
極まりない悪の言葉を放った。
「だったら、力づくで返してもらう」
「そっか」
彼は言いながら廊下の床に転がった短剣に飛びかかった。それを拾い上げ、物を踏みつけて部屋の中に入る。
「『ヴァジュラ・ダンダ』!」
男子生徒が叫ぶと同時に、短剣から雷が発生した。バリバリと音を立てて、光を放つ。彼は踏んでいた物を蹴りつけ、ボクに向かって飛びかかってきた。
だが、廊下では狭すぎて躱しきれない。仕方なく斜め前に躱し、足の踏み場もない部屋に入った。
壁で拘束されなくとも、足場は重い足かせとなる。踏めばいいのだろうが、おそらく盗られたと思われるものを踏むことはできない。
無言で短剣を振う男子生徒。魔法剣使いとはいえ、動きは普通の人間のそれだ。ナイフを扱う能力ではない。動きは見切れるため、息を詰めて彼の手首を掴み、抑え込んだ。
のだが、突然衝撃を受け、思い切り吹き飛んだ。短剣から雷撃が発生したらしい。
男子生徒の布団の上に落ちた。呼吸器が熱い。体が動かず、歯を鳴らした。油断した。視界が揺れる。
気が早すぎたか。委員会の方に協力してもらって大勢で踏み込むべきだった。どうにかしてあの悪を潰さないと。そう思っても起き上がることすらできないのだから仕方ない。ふざけるな。このままではあの人形を取り返せない。
笑みさえ溢してこちらに向かう男子生徒に憎しみが膨れ上がる。そして、そいつに向けて、少し大きなサイズのぬいぐるみが飛んできた。
何事かと目を見張ると、校舎裏に残していった彼がいた。彼もここを探り当てたらしい。
「……アルダムを返せ」
「あれ、さっきの人じゃん。おかしいなあ、最後には泣きながら手を離してたのに」
男子生徒のあざ笑うような声。リーンドベルは眉を顰め、手を振った。それに合わせ、ぬいぐるみが宙に飛び、彼に飛びかかる。彼はぬいぐるみまで操れるらしい。
リーンドベルは躊躇せず、物の山に足を出し、アルダムに向けて進んでいった。
「僕のモノに触れるな!」
男子生徒はリーンドベルに短剣を向ける。そこから放たれた一撃が直撃した。
「リーンドベル……」
名を呼んだもののろくな声は出なかった。もちろん彼にそんなものは気付かず。雷を浴び、足元をふらつかせた。だが、足は止めない。
男子生徒は息をのみ、何度も雷撃を放った。それでもリーンドベルは人形に向けて歩き、それの手を取った。
「アルダム……」
「返さないぞ! それは僕のだ!」
次に放たれた雷撃の矛先は彼の人形だった。リーンドベルは足に力を込め、人形に抱き着いた。そして、人形を庇い、その全てを受け止めた。
正直驚いた。彼は偉そうな性格な癖に中身は子供で、こんな状況になったら逃げだすんじゃないかと思っていた。以前ボクとやりあった時も、人形を一部壊された瞬間、鳴きながら逃走を図っていた。
どれだけあの人形を好いているのだろうか。自分が被弾してもその人形を抱きしめる姿を見ていると、人形が精巧だというのもあって、生きているようにも見える。
アヴェルフリード・リーンドベルにとって、アルダムという人形は最早好きな物ではなく、好きな者なのだろう。
「違う! アルダムは俺だけのものだ!」
コイツは好きなものの為なら立ち向かえるらしい。あのときは今ほど成長していなかったのか、壊れたことがショックだったのかは分からないが……とにかく、彼の見方を改める必要があるらしい。
ふと気が付くと体が動く、全身が重たく、痛むがこれなら戦える。ボクはまた能力名を叫ぶと、床の布団を蹴り、男子生徒に飛びかかった。
そして、思い切り顔面を殴ると、彼は壁に叩きつけられ、そのまま起き上がっては来なかった。
「おい、大丈夫か?」
ボクはアルダムを抱く彼に向けて、物をかき分けながら足を動かした。先程はつい踏んでしまったが、やはり他人の物は踏みたくない。
「……ああ、アルダムは無事だ」
「いや、ボクはお前のことを聞いているんだが」
この会話で人形の事が先に出る当たり、よほど彼を好いているらしい。うん、それでこそボクの見込んだリーンドベルだ。
リーンドベルはこくりと頷いたが、体を動かす気配はない。ダメージはあるらしい。医務室に連絡を入れるか。いや、先に風紀委員の方に連絡を入れたほうがいいか。等と考えていると、「お前は」と急にリーンドベルが口を開いた。
「何でアルダムを取り返しに行った? お前は俺が嫌いだろ」
「嫌いっていうか……苦手ではあったかな」
「だったら何で?」
「自分の好きなものが誰かに傷つけられたらって思うとつい、かな」
そうか、とリーンドベルはボクから視線を離し、また、アルダムに強く触れた。どうにもその空気に入り込めず、ボクは部屋を出ようとした。
――ところで、見知った顔が部屋に駆け込んでいた。派手な外見で弓を持っている人間なんて彼くらいなものだろう。
「日影ちゃん! アヴェるん! 大丈夫!?」
「緋色じゃないか。どうした?」
「いや、さっきアヴェるんと会ってね。風紀委員の方に連絡入れてから探してたから時間かかって事後になっちゃったけど」
「そうか、助かる」
人の歩く音がした。リーンドベル達は帰るらしい。
「あれ、アヴェるん保健室行くの?」
「いや、先に部品を買いに行く。よく見たら欠けてしまった」
ここまで好きだと先が思いやられる気がした。それでも愛はいいものだから。いいんだけどね。二人は出て行きがけに足を止めた。
「おい、お前」
「……お前ってボクでいいのか?」
「アルダムを……」
助けてくれてありがとう、という声は小さな声で掠れていて。それでもボクの耳には届いた。そんな二人を見送るときにあることに気づいた。
「緋色、あいつ、クラス上がってなかったか?」
「え、うん、この前、三学期の試験で上がったよ」
意外と頑張っていたらしい。聞いてもいないのに緋色は口を動かした。
「アヴェるん、教師になりたいんだって」
「……まさかアルダムと一緒にいるために?」
「正解」
目眩すらした。帰って行った彼達を思い、少しため息を吐く。それでもがんばれるっていいことじゃないか。是非彼には浄化して職員になってもらいたい。あの性格が治ればだけど。
「いやあ、好きってすごいね。そういえば日影ちゃんの好きなものは?」
緋色の突然の質問に悩み、口を開いた。
「正義?」
予想通りと笑いだした緋色の背中に平手を叩きこんだ。それにしても、ボクって正義意外に好きなもの、あったっけ?
2月お題『好きなもの』
小茶さんよりアヴェルフリード・リーンドベル君お借りしました。




