寂れた宿屋へようこそ
「今日もいい天気だなぁ、こんな日はのんびり昼寝したら最高だろうなー」
ぐっ!っと背伸びをしながらドアを開ける、眩しい陽射しが寝起きには少し辛いが目を覚醒させるのには丁度良かった。
今日も一日快晴だろうと確信すると、朝の支度の為に身なりを整える。
何せ今日は久しぶりにお客が入ったのだ、多少面倒でもやる事はやらなくては生活もままならない。
「まーったく、もうちょっとお客が来てもいいんだがな!」
今日のお客が帰ったら暫くはまた暇になるであろう未来が容易に想像出来るのが悲しい。
日々の生活の為にも少しゆとりが欲しいものだが、世の中そう上手くはいかないものである。
それでもこんな寂れた宿屋に泊まりにきてくれた客だ、それなりに満足して帰って貰わねば申し訳ない。
そう思いながら見慣れた厨房に立ち、朝食の支度を始めた。
もう1時間もすればお客も起きてくるだろう、その前に出来る限りの準備を済ませなければいけない。
そうしたら、軽く昼寝でもしようか!今日はよく寝れるいい天気なのだから。
寂れた宿屋[怠け者]は今日も平常運転で開店している、怠け者の主人を従えて。
「今日も平和な一日でありますように」
先の戦争から既に数百年、ここヴァーリ王国にはかつて救世主が居たと伝えられている。
その救世主は、この世界にどこからともなく現われ。人とモンスターと無差別に繰り返されていた戦乱を収めたという。
救世主は世界の戦乱を収めると同時に姿を消したとも伝えられている。
ヴァーリ王国は世界を救った救世主を称え、そしてその意思を汲み取り世界を統治する事になる。
それから数百年、人々は伝説を語り継ぎながら穏やかに日々を過ごしていた。
しかしその平和が崩れ始めたのは、突如として現われた[魔王]を名乗る存在によってだった。
この物語は魔王の存在によって乱された世界を救うかもしれない救世主が再び現われた、そんなお話。
「うーん」
「お、難しい顔をしてどうしたんだ。ソメイ」
「あぁ、マークスか」
「朝から頭なんか抱えて、まーた生活が困窮してんのか」
「そうだよ!客がこないからこのままじゃ死ぬよ」
「こんな街外れの寂れた宿屋に客が居たら驚くわ!」
「おい、コラ」
「がっはっは、悪い悪い」
俺はソメイ、この寂れた(寂れたは余計だ!)宿屋の主人だ。
その俺をわざわざからかいに来るこの男はマークス、まぁただの腐れ縁の友人というべき存在だ。
「どーして、こんなに客が来ないのか」
「そりゃ、こんなに寂れてる宿よか中央の綺麗な宿がいいからじゃないか?」
「ぐ…、それはそうかもしれないが」
「まぁお前の飯を食いにくる常連位はいるだろう?それでもいいじゃないか」
「お前も、常連もやっすい料理と酒しか頼まないだろうが!」
「そりゃそうだ、そこが売りじゃないのか」
マークスがさも当たり前じゃないかという顔でのたまったその言葉に思わずソメイは殴りたい衝動を抑えるのが大変だった。
まぁ彼の言いたいことも間違っていないのがまた困るのだ。
ソメイがこの宿屋の主人になってはや数年経営は苦しい状態が続いている。
必死で料理を勉強し、地道な交渉による仕入で始めた宿屋の食堂にやっと常連がついて日々をしのいでいるのである。
もういっそ改装して新しくすればいいと常連に言われた事もあるが、ソメイはこの年月を経た味のある宿屋が好きなのである。
「ま、どうしてもお金に困ったら言ってくれ。仕事、紹介するぞ」
「仕事ねぇ、お前が紹介する仕事ってどうせ騎士団絡みだろ」
「そりゃーね、一応騎士団所属ですから」
マークスはこう見えて騎士団に入団する位には腕が立つ、見た目にはおちゃらけた風貌だが意外と真面目な人物なのだ。
彼はソメイが困窮しているといつも世話を焼く、つまりいい奴なのである。
「無茶な仕事さえ手伝わせなけりゃな!!!」
「おわっ!いきなり大声上げるなよ」
「すまん、すまん」
「で、どうするよ。仕事いる?」
「いや、まだ大丈夫だ。まだ蓄えは多少あるはずだ」
「ふーん、死ぬ前に声かけろよなー」
「そう簡単には死なないよ!」
「うっひっひ、そんじゃそろそろ帰るわ」
「おう、しっかり仕事しろよな」
「まーかせろって」
散々ソメイをからかい、食事を平らげたマークスは手を軽く振って宿を出ていった。
その後ろ姿を見送りながらソメイは後片付けを始める、結局マークスがそれなりの注文をしてくれたお陰で何とか生活費を稼げた事に感謝するしかない。
この宿屋の主人になるのは大した理由ではなかった、ある切っ掛けで知り合った宿屋の先代が譲ってくれたのだ。
ソメイはある事情から職を失っている最中で悩んでいた、丁度そこに舞込んだ話につい乗ってしまったのである。
問題は宿屋の主人も簡単ではない事を味わうことになるのだが、それも当然の事であった。
「マークスは相変わらずだな、全く」
「それにしても、このままじゃ本気で生活がやばいな」
今月も既に半月が経ち、お客はまだ2人くらいしか来ていない。もはや宿屋というより常連の集まる大衆食堂である。
「くそー、もっと楽にだらだら生活できると思っていたのにな」
「いつになったら落ち着いて昼寝が出来る生活になるんだ」
いつもの様にぶつぶつと独り言を吐き出しながら厨房で作業をしていると。
突然ドタドタと激しい足音が聞こえてくる、相当荒っぽい足音が。
バタン!と厨房のドアを開け放ったその人物は開口一番にこう言った。
「ちょっと!いい加減に待ち合わせ場所に来なさいよ!」
「ふぇ?」
「ふぇ?じゃないのよ!待ちくたびれたでしょ!」
突然乱入してきた女性、彼女の言葉にソメイは首を傾げた。今日は何か約束してたっけ、記憶を辿ってみたもののそれらしい記憶は全く出てこない。
そのソメイを見た彼女は、表情を消し低い声で問いかけた。
「あんた、まさか ワ ス レ テ ナ イ ワ ヨ ネ」
「ひぃ!」
そのあまりの低い声と人形のような能面になった彼女を見てソメイは気を失ってしまった。
「あ!ちょっと!」
ソメイを呼び止める声がどこか遠く聞こえながら、バタンとソメイは倒れてしまうのであった。
彼女はディーア、ソメイの腐れ縁その二である。彼女とソメイの関係を端的に表すと、蛇と蛙、まさに天敵のような存在だ。
そんな彼女に睨み付けられたらソメイに耐える術はなかった、気を失うのも当然の事だった。
ディーアはソメイが気を失った事に軽く眩暈を覚えながら、彼を引き摺って部屋へと運ぶのであった。
それからどうなったかというと、ソメイが目を覚ましたのは結局その日の夕刻になってからだった。
ソメイが目を覚ます気配がない事を悟ったディーアが残したであろう手紙が机にある事を確認したソメイは明日生き残る事が出来るよう祈りながら再び眠りに就いた。
(俺、明日死ぬかもしれない)
この話を読んで頂けた方、ありがとうございます。
ふと浮かんだ物を書きなぐったので、この先どうなるかわかりませんが。
少しでも楽しめれば幸いです。