聖なるお方
「やっぱりか……」
最悪の予想が当たってしまった。まさか、あれが本当になるとは、とてもじゃないけど予想できたもんじゃない。でも、これはつまるところあのペンはあの紙に書いてあった通りなんでもできるペンってことか。まぁ、それはおいおい考えるとして、今は事情を聞くべきだな。
「えーとノイスバインさんでしたっけ?」
「ええそうですが、さんなどつける必要はありません。なんならエリスとお呼びいただいてもかまいません。聖なるお方」
「あー、えーと、俺の名前は蝶間 優輝といいます。苗字がチョウマで名がユウキです。それで、俺がこの世界に呼ばれた訳を教えてもらってもいいですか?」
「これは、またも大変な失礼を、こちらからお尋ねするべきところを聖なるお方自らおっしゃりになるとは!大変申し訳ありません!」
なんだが、こうも丁寧さMAXの状態で接せられるとむずがゆい。しかも、絶対に関わりのなさそうな超美少女が俺みたいなのに向かってここまで低頭だとものすごく悪いように思えてくる。これは、この態度を止めさせないと俺の精神にもあんまりよくなさそうだな。
「いや、そんなに丁寧に扱ってくれなくてもいいから。もっと楽にして」
「いいえ…そんなことをする訳にはいきません。ましてや、聖なるお方は至高の方、我らの救世主なのです。」
「そんなことを急に言われても、とにかく、その聖なるお方とか救世主とか言って呼ぶのをやめてもらえないかな?俺のことはユウキとでも呼んで欲しい」
「いえ、そのような恐れ多いことをする訳にはまいりません」
中々頑固というかしっかりしてるな。じゃあ、俺が聖なるお方なら間違いなく使える手札を使ってしまおうか。それに、このままだとホント心が痛い。
「俺が聖なるお方ならもちろん俺の言うことを聞いてもらえよね?」
「はい、それはもちろんですが、なにをご所望で?」
「俺のことはユウキって呼んで欲しい、もちろんチョウマでも構わないけどね。俺も君のことはエリスって呼ぶから。後、その丁寧語ももっとくだけた感じにしてもらっていいよ。正直息がつまりそうになる」
「ですが、これは…」
「俺が、聖なるお方ならこれくらいのこと聞いてもらえるよね?」
俺が言っていた手札っていうのはなんのことはない、自分の立場を利用して無理にでも言う事を聞かせようって寸法だ。もちろんこんなゴリ押しは好きじゃないんだけど、多分この娘はこれぐらいしないと言うこと聞いてくれなさそうだったから仕方なくやってしまった。
案の定、手を口に当てて考え出してしまったが、すぐに、深いため息をつくとしょうがないといった表情を見せた。一瞬その顔に見とれてしまったことは秘密だ。まぁ、世の男なら見とれないことはないと断言できるのだけど…。
「わかりました。ユウキ様。それが、お望みなら致し方ありません」
「ありがとうエリス。わがまま聞いてくれ」
「いいえ、感謝されるようなことではありません。お気になさらず」
まぁ、初めなのだしこんなものだろう。とりあえず、名前だけでもなんとかなったことは大きい。そして、それよりもはるかに重要な、何故俺が呼ばれたかっていう本題に入らなければいけないだろう。
「じゃあ本題に入るよエリス、何故俺をこの世界に呼び出したの?詳しく教えてくれないか?」
「はい、もちろんです。ですが、初めに、急にこちらの世界にお呼びだてしまったことをお詫び申しあげます。いかような処分でも受けるつもりですので、どうか最後までお聞きください」
無言でコクコクと頷くと彼女は説明を始めてくれた。
「今、この国、アンコーナ王国には大きな厄災が迫っているのです。それが魔王を名乗る者が率いる魔物たちです。その規模はかなり大きなもので数十万もの魔物を従えていると言われています。元は、小さな集団だったそうですが、今や大陸南部の3王国を滅ぼし中部にあるこの国にその矛先を向けようとしています。そこで、我々はその魔物たちに対抗するための力を持つ御仁をお呼びすることにしたのです」
それは、つまり、俺にその魔王率いる魔物たちとやりあうことを期待しているのか?というか、そういうことってことは俺は勇者として召喚されたってことか?なんてテンプレな!!どこのRPGだよ。そもそも、俺の運動能力は壊滅的だから魔王とやり合うなんて前提からして無茶だぞ。
「しかし、やりあうことができる人間なんていっぱいいるだろうに。なんで、わざわざ他の世界から俺みたいなのを選んだんだ?」
「それには、いくつか理由がございます。そもそも、500年程前にも今と同じような状況が起きた時に他の世界から人を招いて魔王を倒したことが元となっています。その後も魔王を自称する存在は数十年単位で出ているのですが、他の世界から人を招くことなく討伐はできております。ですが、今回はことの今までの推移が500年前とそっくりなのです。既に、各国が討伐団を向かわせましたが、どこも倒すことはできませんでした。これが一つ目の訳でして、二つ目の訳はユウキ様が強力な法力の持ち主であることです」
ん?強力な法力の持ち主?なんじゃそりゃ、気にしたこともないしそもそもそれ自体を知らない。普通に考えて、俺にそんな力があることさえおかしい。俺は至って普通の一般人だったのだから。