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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お腹がすいたので、いただいていいですか?【エピソード追加・其の五】

 

「お腹がすいたので、いただいていいですか?」

「なに今日はいい天気だみたいな口調で言いやがりますかこの男は一昨日来やがりなさい寧ろ今すぐ消えてもう二度と来ないで」

「よく息続くね。喉どうなってるの? それとも肺かな。ね、調べてみてもいい?」

「よい訳ありますか無理です無理もう帰りやがって下さいそして二度と来ないで」

「君の心臓はきっと綺麗なピンク色だろうな。活きのいい心臓は可愛いよ? 取り出してもうご」

「悪趣味なお話はもうお腹いっぱいです止めやがって下さいもう本当無理帰って」

「僕はお腹が空いてるんだよ。一度で良いから君の血が見てみたいな。きっと綺麗な赤だって信じてる。

まさか品の悪い青じゃ無いよね? だとしたら君にはガッカリなんだけど」

「自分の血なんて見た事あったら怖いじゃないですかそもそも血の色に品とかああもう本当に無理ですから帰りやがりませ」

「ああ、何だ、君も自分の血の色に興味があるんじゃないか。じゃあ、さ。いいよね……?」

「私そんな事一言も申し上げてませんのでその手を引っ込めやがって下さい止めて水の中は私の領域です入って来な」

「つかまえた。もうにがさないよ?」

 にゃんこはおさかなをぺろりと舐めた。 

 

「つかまえた。もうにがさないよ?」

 にゃんこはおさかなをぺろりと舐めた。

 ぺろりと。

「な…に、しくさりやがりますですかこの男はぁああああああああああ!」

 ドルフィンキックが唸る! 魚だけど!

 低い鼻っ面をベチンと強打!

「…Ouch!」

「何が『捕まえた、もう逃がさない』ですか恋人気取りですかイケメン気取りですか何様のつもりですか人の話を聞かない強引俺様なんてお断りです誰を触ったかわからないその汚い手を放しやがりませこのセクハラ男!」

 返す拳、じゃなく尾鰭で更にベチン!

「ぐはっ?!」

 グラリと猫が傾いで後ろにずり退がったところに、高速往復ビンタの猛攻で畳み掛ける!

「こンのセクハラ男! セクハラ男! セクハラ男ぉおおおおおおおおお!」

 波状の打撃を受ける度、猫の身体はなす術も無くしなう。

 …が、魚はエラ呼吸である。

 急激に有酸素運動などすれば、陸上では呼吸困難に陥るのは必至。

「…ウフフ、ピっチピチだね……」

 猫は虚ろな目を細める。

「可愛いなあ…」

「何で虚ろな目で笑うですか!」

「活きが良いなあ…ねえ、どこから齧られたい?」

 さかなは八つ当たり気味にキックをかます!

「お前のこの立派な耳はなんのために付いてんですかね!?」

 

 

 ちゃぷちゃぷ水を掻き回すと、彼女はキャンキャン吼えて水の底でぐるぐる泳ぎ回る。

 ピッチピチだ。思わず喉が鳴る。

「聞きやがりませこの不法侵入者水を掻き回すんじゃないですよ泥で濁るじゃないですか大体毎日毎日私を追い回したりして暇人ですかニートですかこのストーカー男」

 引きこもっていやがれです、とプンプンしてる。

 可愛いなあ。でも彼女を見てると切なくなる。お腹が。

 この間付けた傷が治って鱗がキラキラしてる。息が出来ないとぐてっとしてたのが嘘の様。

 新鮮で活きが良いなあと舌なめずり。

「ねえ……ちょっぴり齧じらせて。端っこでいいから」

 きっと素敵な味がするに違いない。

「まだ懲りないですかセクハラ男」

 嫌です無理です帰りやがりませ、と情れない。

「じゃあ、舐めても良いかな」

 ザラザラの舌で鱗がハゲるかも知れないケド、彼女を傷付ける事を想像すると何となく心が浮き立つ。

 彼女の筋肉質でスリムな身体を押さえ付け、爪を立て、牙を食い込ませる。

 想像して、目を細めた。

「良い訳ありますか帰りやがりませ」

 そして二度と顔を見せないで下さいな、と彼女はぷいと此方に背を向ける。

 ずるいひとだなあ。そんなに美味しそうな身体を見せ付けておいて。決して食べさせてはくれないのだから。

 ツンツンした態度も可愛いケド、偶には……アレ? 偶には、どうして欲しいんだろう。

「ね、もうしゃべらないで……」

 もう、待てない。

「どるふぃんきーっく!」

「Ouch!」

 捕まえた瞬間強烈に鼻先をベチンとやられた。

「馴れ馴れしく触るんじゃないですセクハラ男一昨日来やがりませ」

 驚いて手を放した隙に、彼女は手の届かないところまで泳いで行ってしまった。

 ……残念。

 ケド、暫くは刻み込んだ爪痕が残るだろう。君が僕のエモノだって証拠が。

 逃がさないよ? 僕の可愛いひと。

 

 

 ふと気付き、傷だらけの身体に愕然とする。

 爪痕。

 鱗が剥げ……ハ、ゲ……??

 ……、…………ッ?!

 …っいやぁああああ!?

 混乱してグルグル回ってしまう。魚なのに溺れたみたいにジタバタ。

 お、女の子の身体に何をするですか!

 何をするですか……許すまじあのストーカー男ぉおおおお!

 ああ、こんな姿じゃ人前に出られない。何てみっともない……うう……。

 水草の中に潜り込む。

 やや薄暗くて狭いですけど、何か妙に落ち着きます。

 こうしてひとは引きこもりになるのですね。

 あの男が引きこもりやがればよいですのに。

 見たコトすらないお母様……私、ストーカー男にキズモノにされてしまいました。グスン。

「あ。なーんだ、こんなトコに居たの?」

 見ぃ付けた、と暢気な声で神経を逆なでやがる男が、水草を掻き分けやがりました。

「ドコに逃げたって無駄だよ。捕まえて、美味しく食べてあげる」

 ペロリと舌なめずりして伸びて来る手にタックル!

「痛っ?」

 キョトンとするマヌケがおにドルフィンキーック!

「ここで会ったが百年目……逃がさないは此方のセリフです後悔しやがりませこの変態ストーカー男ーッ!」

 往復ビンタ、ドルフィンキック、タックルのコンボが華麗に決まった。

 

 

 彼女はなかなかイイ蹴りを持ってる。

「ウフフ…ピチピチ…」

 虚ろな笑みに驚いてスズメが飛び立った。

 しまった。飛び掛かれる好機だったのに。

 ぐうと切ない音を奏でる腹を抱え、ぐるんと丸くなる。

 細かな種の散る広場はスズメの餌場。暫く待てばまた別の()が来るだろう。

 そういえば彼女は決まった餌場を作らないな。気紛れに生活リズムを変え続けてる。

 ぼんやりしていると彼女の事ばかり浮かぶ。

 その度にお腹が空くんだ。

 

 

 静かです。

 何て自由なのでしょうか。

 お日様がキラキラ、その下をサラサラ流れに身を任せたり、逆らったり。

 ああ、濁らない水が美味しい。

 とはいえ、水草の中に潜り込んでいるのですけれど……。

 早く治して目指せ脱引きこもり! です。

 そしてあの変態ストーカー男の居ない流れ(セカイ)にゆくのです!

 今はまだ仮初めの自由。あの男がヒキニートをやってる筈が無いのです。

 この界隈は残念ながらあの男の縄張り。いつまた巫戯けた事を抜かしやがるかも解らないのです。

 でも、大人しく食べられるだなんて思わないで下さいませ。

 足掻いて、藻掻いて、私は精一杯生きるのです。

 お腹を空かせる切なさは解りますが、それとこれとは別なのです。

 うっとりと、キレイだのピチピチだの可愛いだのと……、…………………全く、そんな一見美辞麗句に聞こえる言葉を並べ立てたところで、騙されたりしないのです。

 お腹が空き過ぎてネジの緩んだお馬鹿さんの言葉のどこに信憑性があると言いやがりますか。

 ………………バカ。変態。ストーカー。

 お腹が空いてどうしようもないなら、せいぜい挑んで来ればよいです。

 返り討ちにしてやるですよ。

 …………………せいぜい早く追い掛けて来るですっ。

 ……、………じゃないと、遠くに逃げてしまうですからね……!

 

 

 ユラユラ僅かに揺れる尻尾。

 微睡んで細く笑う金色の目。

 重ねた前足に頬を載せ、何が楽しいのか時折笑い声が疎らに落ちて来る。

「フフ…」

 虚ろな喉声で。

 何が可笑しいですかこの傷一体誰の所為だと思ってるですかっ、と水を跳ね掛けたらイイ笑顔。

 怖過ぎるです。

「お腹空き過ぎてとうとう抜けたらダメなネジまで抜けたですか?」

「君が傷だらけなのが嬉しいんだ」

「うっとり何言いやがるですかこの変態」

 水鉄砲食らいやがりませ。

 

 

 流れの端っこを選び目立たぬ様に行くのが却って目を引いた。

 それが彼女との出会い。

 尾鰭の端がレースみたいだった。

 傷だらけ、ではなかったが、背中に小さなかすり傷。

 猫だからこそピンと来た…同朋の付けたものだと。

 彼女は小さな傷だけで命を拾ったのだ。

 他人が逃したものを欲しがるのは趣味が悪い。

 でも、何だか美味しそうに見えたんだ。

 チャプチャプ水を掻いたら逃げられた。

 水で遊ぶのも、魚で遊ぶのも楽しい。

 でも水の中に飛び込むのは楽しくない。

 結構深くて躊躇ったのが敗因かな。

 次に会った時にはもう傷は消えて、泳ぎ方からぎこちなさも消え、もっと美味しそうに見えた。

 その時はお腹空いてなかったから、見付からない様に眺めるだけ。

 どうやったら彼女を捕まえられるかな。

 舌なめずりをしながら、彼女はどんな味がするかな、あのしなやかな身体にどんな風に食らい付こうかと思案した。

 彼女に性急に触れてしまってから、少しだけ冷静になれたかも知れない。

 逆に加速する熱が暴走し始めたのだけど。

 彼女を見ると、お腹が空く。

 彼女を思い出すだけでお腹が空く。

 彼女を食べたい。

 でも、食べてしまうのは勿体無い。

 彼女と話すのも、彼女を見てるのも、とても楽しいから。

 だからもう少しだけ遊ぼう。

 食べるのは、きっといつだって出来るのだから。


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