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読み切り短編

神石

作者: 本宮愁

神石ラピス


 奇妙な石が見つかった。つるりとした表面に無数のヒビ割れが入った、手のひらほどの大きさの石だ。一見、なんの変哲もないようでいて、不思議と人を魅了する。ほのかな光沢は、なんとも形容し難い色味を帯びる。


 最初に取り憑かれたのは、石を拾った男だった。大変価値のあるものに違いないと、貴金属店に持ち込んだ。

 刻々と輝きを変質する、まるで見たことのない石だ。どんな宝石とも違う。店主はたいそう気に入って、その石を売ってくれと頼んだ。男はそれを断った。諦めきれずに店主は、ならば店に飾らせてくれ、と頼む。男はようやく頷いた。


 次にとらわれたのは、たまたまその店を訪れた研究者だった。これは一体なんだと問い、様々な角度から観察した。無数のヒビ割れと美しい光沢。研究者はじっと魅入った。どうか調べさせてくれ、頼み込む研究者に店主は困った。これは預かりものだと説明するが、研究者は諦めない。持ち主の男を聞き出して、直接交渉に出向いた。

 三日三晩通い詰め、ようやく男は頷いた。俺もこの石の正体が知りたい。だから貴方に預けよう。


 石を手にした研究者は、こもりきりで調査した。実験、観察、また実験。来る日もくる日も研究に明け暮れて、しかし謎は深まるばかり。様々な刺激に、それぞれ異なった反応を示す。なんとも蠱惑的な輝きを秘めた石だった。


 とうとう研究者は挫折した。私にはとても敵わない。とても素晴らしい石だけれど、神秘を明かすことはできそうもない。酒の席で零した泣き言に、友人たちは首をひねった。そんなはずはあるものか。俺たちも手伝う、きっと解明して見せる。

 それから、その噂を聞きつけた仲間が、一人二人とやってきた。どうか私にも調べさせてくれ。研究所に人が溢れた。


 そしてとうとう成果が出た。どうやらこれは暗号のようだ。研究者たちは色めき立った。秘められたるは何か。宇宙の真理か、神の預言か。私たちに授けられたメッセージ。それを解き明かすことこそが、崇高な使命のようにさえ思えた。


 いつしか、石は神石と呼ばれ始めた。その謎はいよいよ彼らを魅了し、より深く没頭させていった。


 神石に導かれるまま、地の果てに向かい、深海に潜り、彼らは真理を追い求めた。その過程で生まれた多くの発見が、社会に潤いを齎した。しかし、彼らにはどうでもよいことだった。我々には使命がある。神の与えた謎を解き明かし、その叡智を手に入れるのだ。我々は人類の最先端を走っている。


 ――そうして、彼らは気づいてしまったのだ。まさか。こんなはずはない。阿鼻叫喚の嵐を生みながら、彼らは思い知った。自らが選ばれた存在などではなく、あまりにもちんけな存在であることを。


「おめでとう。貴方は654人目の達成者だ」


 震え声で読み上げられた解析結果ゴールを、信じられない思いで聞く。


 誰も踏破したことのない未開の大地、その素晴らしい第一歩。かけらも疑うことなく信じてきたことが、いとも簡単に覆される。


「やあ、お疲れ様。楽しかったかい?」


 くすくすと、少年が笑う。その手のひらで神石を弄びながら、立ち尽くす大人たちを祝福した。


 大いなるものの戯れに遊ばされた人間たちは、その正体が、自らとさして変わらぬ姿の少年であると知るなり、手のひらを返したように糾弾し始めた。

 どういうことだ。我々をからかったのか。我らの使命は。世界の真理は。こんなことが許されるとでも思っているのか。


 少年は、呆れたように肩を竦める。


「やれやれ。きみたちの理解できる次元に合わせてあげただけの話なのに。圧倒的な存在による支配を望むのに、少しでも欠陥を見つければ憤慨して引き摺り下ろす。それでいて、理解出来ないほどに高次な存在は信じないときた。一体きみたち、どうしたら満足するんだい?」


 誰かが叫んだ。


「あんな石、ずっと解けなけりゃ良かったんだ!」

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