うそつき
学校からの帰り道。冷たい風が頬を突っ切って、通り過ぎる。制服にマフラーを巻いただけのわたしにとって、それは空がわたしを嫌っているかのようで。
「……さむ」
少し震える手で、携帯を取り出す。夜空の星しか明かりがない田舎道で、ディスプレイが光る。たとえ人工的な明かりでも、そこにはなにか安心できるものがあった。
光が、わたしを包む。ディスプレイには大好きなアニメのキャラクターが映し出されている。
慣れた手でゆっくりと番号を押していくと、さっきよりも指が震えていることに気づいた。
「はは、」
所詮、わたしも怖がりな乙女だ、なんて。
携帯を耳に押し当てて、もう手遅れな状態で思った。
プツッと機械音が耳を通り、まただめかな、なんて思った矢先――
『もしもし?』
「! も、しもし」
つながった。
おう、どしたーなんて間延びした声がわたしの心臓をばくばくと打ち鳴らす。わたしが恋した、低くて明るい声色が、機械を通して耳に響いている。
しあわせ、とか思っちゃって、なんだか一人で恥ずかしくなった。
『どーしたってのー』
「あ、うん。今一人?」
『当たり前だろ。独り身なめんなー』
「分かってる。わたしも独り身だもん」
『あ、そういえば』
憎たらしく放たれた言葉に笑みがこぼれる。
こんなにもあたたかくなれるのは、彼の前だから。
今更ながら気づいた事実にまた、笑みがこぼれた。
「寒いねー」
『おー。こんな時間に出歩いちゃだめだぞ』
「ばか、あんたが助けてなんて泣きついてくるから補習付き合ってあげたんでしょ」
『ありゃ? そうだっけ?』
「むーかーつーくー」
こら、ひとにそんなこと言うんじゃありません。ごめんなさいお母さーん、ってあんた誰よ。
微笑ましい会話が続く、続く。柔らかな時間が緩やかに流れる。
柄にもなく、こんな時間が続けばいいななんて思った。
わたしが彼の隣にいられたらなんてしあわせだろう。
叶わないことほど、人間は渇望するのだ。
「ねえ、ほんとは彼女いるんじゃないの」
『はあ!? 馬鹿言うなよ、いたらお前じゃなくて彼女を待たせてるっつの』
「……そうだよね」
いつもと変わらない声色の言葉。
それはわたしが一番近いと、信じていいかなんて自惚れる前に。
さあ、彼を疑おうか。
「ねえ、知ってた?」
『あ?』
「盗撮って犯罪らしいよ」
『はあ? どういう、』
「おやすみっ」
あ、ちょっ、なんて慌てる彼の声を名残惜しくも耳から離して通話を切る。
明日になったらわたしはきっと彼に問い詰められることだろう。俺は盗撮なんかしてないぞ、とかなんとか言って、可愛らしく怒って。
そのときわたしは、ちゃんと笑顔で、ごめん冗談だから、と謝れるだろうか。
開かれたディスプレイには、彼のツーショットが映し出されていた。
「……うそつき」