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愛しの花  作者: ぽち子。
二章
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幼い幸せ


「見つけた!」

 今日は居ても邪魔だろうと思いアディは、森の入り口で薬草を摘んでいた。先程の感動の再会を目の当たりにして、二人水入らずがいいと思ったからだ。

 だからこそ、いきなり腕をとられ声をかけられたから驚いた。

 貴婦人の元にいるはずのその金の髪をもつ人物は、ここまで走ってきたせいか息も上がり整えてあった髪が大分乱れている。

 そしてなぜかとても怒っている表情をしていた。

 息が整うのを待つと中性的な可愛らしい顔に似合わず、ぎろっと睨みつけてきた。

「許可もなく勝手に居なくなるな!」

「あら、別に貴方に断る必要はないはずよ!」

 折角気を利かせたのだ、そういわれる筋合いはないはずだ。と、アディは咄嗟に言い返す。

 しかし目の前の人も引く気がないのか更に怒鳴るように言葉を重ねる。

「あれからどれだけ探したと思っているんだ!」

 正直アディはなぜ怒られているのか解らない。

 解らないが怒っているが微かに焦っている表情が見えた。

 そして先程の言葉でどうやら心配をかけたようだと気付き言い返す言葉をなくして小さく謝る。

 アディの謝罪に我に返ったのか、同じく気まずい顔をした。

 暫く気まずい沈黙が続くが、耐え切れなくなって先に破ったのはアディだ。

 どうせならと思い、一番気になっていることを尋ねた。

「……あれから、奥様とは話せたの?」

 アディの質問に少しだけ照れくさそうにした。

 それでも表情から嬉しさが滲み出ている。

「ああ、お前の……アディのお陰だな。感謝する」

「ううん、よかった」

 何だかんだといって名前を憶えていたらしい。嬉しくなって自然とアディは笑顔が浮かぶ。

 そこで、ふとアディは思い出した。

「私、貴方の名前を聞いていない」

「ああ、私はクラウ……クラウディアードだ」

 アディは目の前の人、クラウの名前を聞いたときに微かに違和感を感じた。

 そして考えもなしに素直に思ったことを口にしてしまう。

「男性らしいお名前ね」

「……は?」 二人の間に微妙な空気が流れる。

 ……もしかして、もしかしなくても。

 間違いにようやく気付いたアディの額に冷や汗が流れる。

 クラウの服装である乗馬服は、貴族の子息そのものだけど一人で馬に乗ってくるくらいだ。

 道中はドレスじゃ邪魔になるし令嬢の姿では危険だし、こちらのほうが合理的だと勝手に思っていたが。

 さらにクラウの面立ちから決め付けて、正直大変言いにくいが『男装』かと思っていた。

 勿論アディの全ての思考が出ている表情をクラウは綺麗に読み取った。額には青筋が見えなくもない。

「……まさか私のことを女と勘違いしているな?」

「えぇ!?」

 まさしく違うのか、と言わんばかりのアディの表情にクラウはまた怒鳴った。

 さすがにアディも自身が悪いと思ったのか、時々合いの手のように謝罪を入れつつクラウの怒りを受け入れる。

 ようやく少し気が済んだのか、まだ眉を寄せてはいるがアディの方に手を差し出した。

 訳もわからずアディは差し出された手とクラウを交互に見る。

「早く手を出せ」

「え?」

 突然のことに戸惑うアディに焦れて、クラウは勝手に手を掴み歩き出す。

 これでは先程とは逆だ。森に入り、館に向かうのが解った。

「いいの?」

「何が?」

 不機嫌そうに返すクラウに、アディは言葉に詰まる。

 先程の再会は一体なんだったんだろうか。アディの知る中では一年は会っていなかったはずだ。

 もっとつもる話はないのだろうか。アディはそう思っても遠慮して言いよどむ。

「……もう10になるんだぞ。そこまで恋しいわけではない」

 アディが気まずい表情で黙っていると、クラウはややぶっきらぼうに言葉にする。

 これはおそらく気恥ずかしいのだろう。アディは小さく笑う。前を歩くクラウは引っ張っているので見えていないが。

「そういえば、ここまで一人できたの?」

 この領地まで王都からは早馬を使っても丸一日は掛かる。

 馬の扱いに慣れた感じだとはいえ、子どもの体力ではまず無理だろう。それにクラウはずっと一人で行動していたようである。

「いや……近くに別邸があってそこから一人で来た」

 然程離れていないところに貴族に人気の静養地がある。ここから単独で馬に乗ってきたなら、朝出でて昼までには着くぐらいの近さだ。

 しかし、クラウはどう見ても一人で行動が許される身分じゃないはず。

 田舎で社交関係がほぼないとはいえ、さすがにクラウの節々の言動などで察していた。

 貴族の中でも、本来ならば口を聞くのもない存在ではないだろうか。アディに疑念が過ぎるが、あえて黙って飲み込んだ。

「馬は得意だからな」

 少々得意げなクラウに、意外な思いでアディは観察する。

 アディが勘違いしたようにクラウはとても華奢で、重ね重ねに失礼だが体力もなさそうにみえた。

 それこそ日常的に野を駆け巡っているアディのほうがしっかりした体つきに見えるのに。

「いいな、私も乗ってみたい」

 余程危なっかしいのか、アディは両親からもクラウの母である貴婦人からも乗馬は止められている。

 それに対して日頃から不満を洩らすアディは、反対されていることを思い出してか口を尖らせた。

「……ならば、教えてやろうか?」

「本当!?」

 アディの予想外に大きい反応に、クラウはたじろぎながらもしっかり頷いた。

 頷いたのを見て、ますますアディは笑顔が嬉しそう広がる。

「ああ……その、礼だ」

「礼?」

 何の礼だろうか。話がわからず、アディは首を傾けた。

 やはり照れくさそうにしていたが、今度こそクラウは違う方を向かずにアディに向き合った。

 繋がったままの手に少しだけ力が入り、クラウの熱が伝わる。

「背を押してくれて……ありがとう」

 クラウの笑顔はやはり綺麗だ。

 それに見惚れたアディに居心地が悪くなったのか、クラウはまた前を向きアディを引っ張って館へと進む。

 先程よりちょっと歩調は早い。

「母様がアディとお茶をしたいらしいから急ぐぞ!」

 やや怒ったようなクラウの口調に、やはり照れているのだと解る。

 何だか嬉しくなって、アディは引っ張られつつも始終笑顔だった。  





 お茶会の主催者である貴婦人も始終笑顔だった。

 特にクラウとアディの時々喧嘩に近いやり取りをみては、微笑ましそうに見守っていた。

 母に会いに来るためと、ついでに乗馬を教えてくれるという約束のためか、クラウは度々こちらに赴いた。赴くときはいつも一人なのでアディは不思議にも思っていたが。

 それでも、アディにとってはいつまでも続いてほしいと願う日々だ。

 実際に、この忘れられない10歳の出会いが四年間続いた。

 誰かの気持ちを代弁するかのよう激しく雨が降った、あの日まで。





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