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愛しの花  作者: ぽち子。
二章
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遠い日の故郷



 アウリス国の、王が住まう都よりやや北方にある領地。

 冬場は多少雪が積もり不便ではあるが、夏場でも涼しいその地は静養地として密かに人気である。

 その静養地から人気がちょっと外れた王都よりの、子爵の治める領地は特筆するものはない。

 緑豊かで穏やかな風土であり王都に比較的近いとはいえ、早馬を走らせても王都から一日は掛かるこの地は煩わしい争いごとも起きないかわりに関わることもない。

 国に仕える貴族としては、政に関われないのは物足りないと感じるかもしれないだろう。

 それでも子爵家の長女であるアディはこの地を愛している。

 父である子爵に野心はなく、家族と領民や領地を深く愛しているからこそ一家はこの地に根付いて生活をしていた。

 街を歩けば領民は笑顔で挨拶をくれ、手を伸ばせばすぐに自然に触れることが出来る。

 質素な生活を強いられるため、貴族の娘が手に入れるはずの綺麗なドレスも宝石もない。憧れないといえば嘘であるが、それでも勝るものではない。

 この穏やかばかりが取り得の領地の、獣の居ない森の館にある日貴婦人が住み着く。

 その貴婦人は品がよく、どこか高貴な気配をもつ人であった。

 同時に儚げな様子で、やはり病弱のため療養に訪れたらしい。

 当時10歳になったばかりのアディには詳しくは訊かされなかったが、貴婦人に花を届ける役目を買って出た。

 貴婦人は絶世の美しさを持つ人で、アディは彼女の笑顔が見たいがために足繁く通った。

 元々天真爛漫で家族からも領民からも可愛がられているアディに、貴婦人がアディを愛しく思い心を開くのは当たり前のことだ。

 そこでアディは貴婦人から様々な教育も受けた。

 質素とはいえアディも子爵の娘、そのための淑女としての教育は必要である。国の歴史から有力貴族の勢力関係、刺繍に様々なマナーなどだ。

 アディは正直自身に役立つとは思えなかったが、貴婦人の教えが良かったのか楽しんで通うようになった。

 何より貴婦人の話が面白い。王都で育ったらしく、王都の街の話や社交界などアディの知らない世界の話は、アディの期待や想像に高鳴る胸をさらに膨らませた。

 話していくうちに貴婦人は見た目にはまだ若く見えたが、アディと同じ年頃の子がいるらしい。

 あまり詳しくは話してはくれなかったが、幼いのに置いてきたことを悔やんでいるようで時々する哀切な表情にアディも哀しくなったのを憶えている。







 貴婦人と出会って、一年が過ぎようとした頃。

 いつものように森の館へ行く途中、分かれ道で馬の蹄の跡を一つ見つけた。

 馬車の轍の跡が付いていないということは単独だろうと予想できる。貴婦人を訪ねてくる人は皆馬車で、珍しいと驚くアディは好奇心に誘われた。

 今より幼い頃から、獣の居ないこの森でアディは何度も遊んだ。この道の先には小さな泉があるというのは知っている。

 まだ貴婦人との約束の時間まで少しある。迷った末いつもの道ではなく、アディは泉の方へと歩みを進めた。

 泉への道は通る人は少ないので道は少々険しい。足を取られないように、蹄の跡を辿る。

 森を抜け少々広いところにでると、やはり泉の辺に馬を休めているのが見えた。

 そしてその傍らにはアディと同じような年頃の子どもが座っている。

 その横顔をみて息を呑む。その整った顔立ちはどちらかというと可愛らしいが中性的で、まるで本で見た天使様のような美しさだ。

 蜂蜜色の艶やかで真っ直ぐな髪を背に流しゆるく一つで結んでいる。目立たないような色の乗馬服だが、それでも愛らしさは損なわれることはなかった。

 まじまじと横顔を見て、ある人の面影が浮かぶ。今から尋ねようとしている貴婦人である奥様にそっくりだ。

 ある予測を胸にアディは思い切って話しかけた。

「貴方、森の館の奥様のお嬢様ですか?」

 アディの質問に、ようやく存在に気付いたのか顔をこちらに向けた。

 振り向いたその顔は、思いっきり不機嫌そうに顰めている。

「失礼な娘だな、お前は何者だ?」

 顰めた顔でも真正面に見て、一瞬アディは見惚れた。

 アイスブルーの瞳は金の髪に良く似合っていて、やはり絵画から出てきたのではないかと思わせる。

 髪は在り来たりな胡桃色で、黙っていれば可愛く見えなくもないというのが定評のアディには少々羨ましくもあるが。

「私はアルディアンナ、アディと呼ばれています。よろしくね」

 にっこりと笑顔を浮かべ、教え込まれたようにきちんと挨拶をする。これも淑女教育の賜物だ。

 しかし頑張って挨拶したアディを目の前で、あろうことか馬鹿にするように鼻で笑った。

 いくら淑女教育を受けたとはいえ、よく言えば天真爛漫で、ようするに無鉄砲のお転婆娘のアディはすぐさま眉を吊り上げた。

「ちょっと!挨拶したら名乗るのが礼儀だと教わらなかったの!」

「煩い!お前に教える義理はない!」

 ぷいっと顔を背け拗ねるように膝を抱えた。

 アディは一瞬言い返そうとしたが、以前貴婦人と同じく見た表情に言葉を飲み込み黙った。

 それに、あまり声を上げるのは淑女として相応しくないと貴婦人に習ったのだ。

「ねえ、奥様に会いに行かないの?」

 アディの言葉に、また何も返さない。

 返さないがやはり奥様に会いに来たのだろう。ぐっと何かを思いつめているような表情だ。

 黙り込んでしまったが、それでも待つため同じく膝を抱えるように座り込んだ。

 何か迷ったような表情をしていたから。だから待とうと思った。

「……会ってもいいのだろうか」

 静かな森に小さく呟かれた声をアディは聞き逃さなかった。

 やっと洩らした本音を閉ざされないようにすかさず返答をする。

「会いたくないの?」

「お会いしたいに決まっているだろう!しかし母様は……」

 答えを聞いて、アディは思い立ったように突然立ち上がった。

 そして隣の人物の腕を取って、そのまま走り出す。抵抗する間もなく、あまりに唐突な行動にアディのなすがままだ。

「お、おい!」

「馬鹿ね!あんなにも楽しそうに……それなのに悲しそうに貴方の話をしていたのに、会いたくないなんて思っている訳ないよ!」

 アディの言葉に、引っ張られている人物は驚いたように大きな目を更に見開いた。

 この子は何も知らなくとも、アディは知っているのだ。

 ならば答えも、アディがすべきことも一つだ。

「迷ってないで会えばいいじゃない!」

 館へはアディが知っている裏道を使えば、泉からは近い。

 結果庭先にでてしまうので無礼だというのは解っているが、そんなものは構っていられなかった。

 垣根と茂みを越えて、出た先には森の館の主である貴婦人の愛している庭園。

 庭園が見て楽しめるように作られているテラスでは、思ったとおりの人物がお茶をしている。その時間だと思ったからこそ、この道を使ったのだ。

「奥様!」

「アディ?こちらから来てはいけませんよ……あら?」

 諌めるような奥様の目が、アディの後ろの人物に移り留まる。

 驚いたように目を見開き、信じられないといった様子で口を手で覆った。

「もしかして……クラウ?」

 アディがそのまま引っ張り、背を押して貴婦人の前へと突き出す。

 まだ気まずそうな顔をしていたが、きっと大丈夫だろう。アディは安心させるかのように笑顔でさらに押し出した。

 貴婦人である奥様が手を腕を広げ抱きしめ、それをまだ戸惑うように抱きしめ返しているのを見守ってから、アディはそっとその場から離れた。






お読みいただきましてありがとうございます。

この話から暫く人物の呼称を変えています。

読みにくく申し訳ございません。

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