抗えない寵愛
庭園で捕まってからアルディアンナは既に泣き止み、しかし気落ちしていた。
何度目からか解らない脱走が失敗したのだ、成功を夢見ていた分落胆も大きい。
あのとき、ベアティミリア妃付きの女官さえいなければ。誰にも追いつかなければ逃げ切れたのに。
そう思うが実際には無理だろう、と同時に心のどこかで思っている。
どこへ行ってもアルディアンナは捕まり、この部屋に戻される。
この男に、国王陛下に。現にいまアルディアンナは陛下の腕の中から逃げ出せない。
後宮のアルディアンナに与えられている母屋に入り、腕から降ろさないまま寝室に入っていった。
寝室には侍女のリザは入らずに二人を見送るように頭を下げ、扉を閉める。寝室にはアルディアンナと陛下の二人っきりだ。
これから起こることは簡単に予想でき、恐怖に身を固める。
もう何度も交わっているのに、快楽におぼれることも出来ずアルディアンナはただ恐怖していた。
広い寝台の真ん中に下ろされて、もうアルディアンナに逃げ場はない。
降ろされ横たわったアルディアンナの上を、陛下は覆いかぶさった。
「……いっそのこと、自由になる足を手折ってしまおうか」
アルディアンナの細い足首を簡単に掴む。
陛下にとって掴んだ力は多少だが、それでも微かに痛みを感じアルディアンナは顔を顰めた。
アルディアンナの顰めた顔を見て、陛下は手を離す。
そして少しでも離れようと身を捩るアルディアンナに顔を寄せ、深くキスをした。
息もつかせぬそれに、アルディアンナの意識はいつも飛んでしまいそうだった。
意識が溺れそうになる寸でのところで陛下はアルディアンナを解放する。
もうそれでアルディアンナは逃げ出す力は奪われて無い。しかし、陛下を真っ直ぐと睨むように見つめる。
「もう……お止めください!」
「いっそのこと素直に受け止めたらどうだ……私はお前を愛している」
アルディアンナの解けた髪を一房とって、キスを落とす。
甘く愛しいようにするその様にアルディアンナはいつも何も言えなくなる。
「私には無理……あなたは身分が違いすぎるっ……」
まるで雲の上のような存在だった。
アルディアンナの日常にはまるで関わるはずのない人だったのに。
どうしてここにいるかアルディアンナは理解できず、理解したくないでいる。
腕の中で泣き出しそうなアルディアンナに陛下はいつもとは違う、困ったような微笑を見せた。
「……名を呼んでくれ、アディ」
いつも行為の時に陛下は、名で呼ぶことを願う。
勿論アルディアンナには受け入れがたく必死に頭を横に振って、それを拒否する。
それでも陛下は同じ言葉を繰り返す。視線を逸らすことを赦さず、真っ直ぐに見つめて。
……昔のように、寂しそうに笑うなんてズルイ。
そうやって、胸が苦しくなってアルディアンナは抵抗する術を失う。
「……クラウ……」
か細く消え入るような声でアルディアンナは呼ぶ。
その昔を思い起こすような愛称に陛下は満足げに微笑み、とうとう泣きじゃくるアルディアンナにキスを一つ落とした。
そしてそのまま、頬から耳元、そして首元へと下がっていく。
胸元のリボンが解かれあっという間にドレスは脱がされて、ベットの端に追いやられた。
陛下はゆっくりとアルディアンナを快楽へと誘い、自身の欲望をもぶつける。
いつものように何度も行われる行為にアルディアンナが意識を失う頃。
「私の傍に居てくれ……アルディアンナ」
陛下の悲しいぐらいの懇願の声が聞こえたような気がした。
アルディアンナが意識も夢うつつのまま目を開けると、普段は居ない人がいた。
カーテンが締め切られていて部屋が暗くとも明るく見える蜂蜜色の長い髪を背に流しながら、こちらを優しく見つめている。
アルディアンナの意識が戻る頃、いつも隣はまるでそこに居なかったように冷たいのに。
「へいか……?」
これは夢なのだろうか。先程まで何をしていたのだろう、と思い返すが思い出せない。
ぼんやりと働かない頭でこれは夢なんだろうと考えた。
寝ぼけたようなアルディアンナの呟いた声が聞こえていたのか、陛下は微笑みかけながら髪をゆっくり撫でる。
その優しい動作に、またアルディアンナは夢へと誘われていく。
「アディ、名を呼んでおくれ」
「クラウ……?」
夢うつつ素直に名を呼べば、陛下は益々優しく微笑みかけた。
その微笑みに遠い記憶が重なる。まだ幼い顔だった頃の記憶はアルディアンナを惑わす。
「クラウ……おかしいの……」
「ん?」
「だって……だってね、貴方が国王様だって言うの……」
言葉に陛下は一瞬笑みが強張ったが、また優しく微笑み続きを促す。
きっとアルディアンナは昔の話の続きだと思っているのだろう。
それか夢を見ている。
あの幸せだった頃の。
「……そうか」
「だってあなたはここにいるの……に……」
再びアルディアンナが意識を手放した。
おそらくまた幸せな夢に居るのだろう。表情は起きているときよりも、柔らかく穏やかだ。
陛下はアルディアンナの髪を救い上げて、キスを落とす。
「……私のアディ、どうか笑っていて」
まだ、花を手放せずにいつまでも閉じ込めたまま願うしかない。