王妃と騎士
第五庭園の出来事からすぐにベアティミリア妃付き侍女のリアンナは、妃の住まう居室の近くまで近衛兵に送られた。
送られた、もとい良からぬ事を仕出かさないように道中監視されていたのだろう。
二度と入らぬようにときつく言い含めたのち近衛兵も来た道を戻っていた。
あの場にいた側妃付きの侍女のリザは、母屋に入っていく陛下とアルディアンナに付いていったきりだ。
結局使いに出されていたはずなのに花も持って帰って来ておらず、リアンナは途方に暮れる。
そんなリアンナに妃側近の侍女がいつもの固い口調で声をかけた。
「リアンナ、ベアティミリアさまがお呼びです」
突然訳のわからぬまま、ベアティミリアの居る部屋に通される。
呼んだ当の本人であるベアティミリアは優雅にお茶の時間であった。
その背後にはベアティミリア付きの側近である寡黙な騎士が立っている。入室時にちらりと視線を向けられただけでも、何だか居心地が悪い。
「な、何の御用でしょうか……?」
話を一向に切り出さないベアティミリアに先に言葉にすることを恐縮しつつもリアンナが尋ねた。
まさか、先のことを怒られるのではないかとも不安が過ぎる。
尋ねられたベアティミリアは傾けたカップを置き、リアンナに向き合った。
「貴女は陛下の側妃……いえ、ご寵姫でいらっしゃるアルディアンナ様にお会いしたのでしょう?」
つい先程のことだ。ベアティミリアの言葉に先程の場面が鮮明に駆け巡る。
それにしても、つい先程のことを知っているということも内心同時に驚いた。
「は……はい……」
「それで陛下のご様子は如何でしたの?」
にっこりと薔薇色の口元に弧を描くような笑顔のベアティミリアは麗しい。
リアンナはその笑顔に見惚れながら、陛下と寵姫である側妃のことが思い浮かんだ。
やはり傍目から見ても、あの側妃には美丈夫の陛下はもったいない。
それなのに、だ。陛下が宝物を扱うように大切に抱き上げ、甘く艶やかに微笑みかける。 妃ベアティミリアにではなく、側妃アルディアンナに。
「……陛下は……」
正直、陛下の寵姫に対する溺愛っぷりを素直に言うのは憚れた。
下っ端とは言え自分は敬愛する妃付きの侍女だ。事実を知ったら、このお優しい妃はどんなに心を痛めるだろうか。そのことがリアンナを躊躇させた。
「その……」
「あら、別に隠さなくてもよろしくてよ。陛下がアルディアンナ様を探し出し、その御手で抱き上げたことは知っておりますもの」
リアンナは後ろめたい思いで俯いていた顔を、驚きのため咄嗟に上げた。
相変わらず華やかに微笑んでいるベアティミリアと目が合う。妃と侍女として距離はあるはずなのに、どこか迫力を感じる笑みだ。
「ただ真実なのかを確かめたくて。それに、アルディアンナ様はどういったご様子でしたの?」
ベアティミリアの興味の言葉でリアンナは分からぬよう微かに眉を潜めた。アルディアンナの様子を思い出したからだ。
確かに美しさはこのベアティミリアには及ばない。噂通りであるし、目撃した今となっては真実であると知っている。
だからこそ、陛下の寵愛は不可解だった。そしてもっと、不思議だったのはアルディアンナの様子。
あれはどう見ても、陛下から恐れ多くも寵愛を受けている幸せな女のする表情じゃない。 むしろ陛下の存在に対し恐れて怯え逃げて、しかし見つかってしまったことに絶望さえも感じられた。
ただ、リアンナは怒りに触れた陛下が恐ろしいというのはこの身を持って感じてはいるので理解できなくもないが。
「……その……」
「陛下は恐ろしかったでしょう」
クスリと一つ、苦笑に近い笑みを浮かべながらベアティミリアはリアンナの思考を読む。
リアンナは驚いたように目を見開いた。ベアティミリアはリアンナが陛下の怒りに触れたことを知っている。
もしや今回の件で何か陛下に言われたのかもしれない、と不安が起こる。
そのリアンナの恐怖が全身を巡る前、安心させるかのようにベアティミリアが口を開く。
「大丈夫ですわよ、陛下は恐らく何も咎めません」
……花を無事に『檻』へ戻したから。
ベアティミリアの呟いた心の声を聞いているのは、背後に居る寡黙な側近の騎士ぐらいだ。
しかし彼も何を感じても決して表情には出さない。彼の表情を読めるのは妃ぐらいで、考えを直接話すのもこの場では妃だけだ。
「さぁ、お話になって?」
優しく語り掛けるようなベアティミリアに促され、リアンナは一から辿り語りだす。
彼女も多くの事情は知らない。それでもベアティミリアはリアンナの話に耳を傾け時々労るようにも見せた。
話が終わる頃、リアンナにも王妃付き侍女である誇りも戻りつつあった。やはりベアティミリア妃は素晴らしい人である、という尊敬の念は深まる。
「……そう、ありがとう。もう下がってもよろしいですわ」
ベアティミリアの言葉でリアンナは頭を下げると、部屋を退出していった。
リアンナが去ったのと同時に目配せをし、控えていた側近の侍女にも席を立たせ退出させる。
今、この部屋には側近の騎士とベアティミリアだけだ。
本来ならば、王の妻である妃が男と二人っきりという状況は好ましくない。
しかし男は国が誇る騎士団の将軍職に付いている。この騎士団の対には近衛団があり、二つの団は日頃から切磋琢磨して剛強を維持している。
近衛団の騎士は王に近くに控え騎士団の騎士は王妃の近くに控えることで、己の命を賭けて剣を捧げ王に忠誠を誓う。それが仕来りのため、王妃の傍には騎士団直属の騎士が常に控えている。
特に、この騎士エリクシェスはベアティミリアに絶大な信頼を置かれているため、二人きりといって誰も責めるものはいない。
「……何を、お考えですか」
今まで一言も言葉を発しなかったエリクシェスが、二人っきりになった途端に口を開いた。
普段から彼が寡黙だと知っている者からするとそれだけで驚きだが、ベアティミリアには彼の言葉が予想ついているため今更驚いたりはしない。
それどころか、彼の真意を問う言葉に微笑を一つ零すだけだ。
寡黙ゆえに機微の観察に長けているエリクシェスでも、ベアティミリアの考えは読めない。現にその微笑の意味も測りかねた。
「……わたくしは、ね」
微かに惑うエリクシェスにベアティミリアは苦笑気味に視線を外した。
どこか遠いような、寂しそうな横顔のベアティミリアに気付く。
「ずっと望んでいたものが、ありますのよ……貴方にはお解りになりますかしら」
ふっと、他を向いていた顔をエリクシェスに合わせ、ふらりと一歩こちらに近付く。
心もとのない儚げな様子のベアティミリアにエリクシェスは近寄り支えそうになったが、一歩を踏み出そうとして思いとどまった。エリクシェスは自身の騎士服が枷のように重く感じ、それで自分の立場を思い出したのだ。
「申し訳ございません…過干渉でした」
エリクシェスが一歩下がり、頭を下げる。
それを見たベアティミリアもそれ以上は近寄らず、伸ばそうとした手を戻す。
表情を俯かせ一拍何かを躊躇うようにおいてから顔をもう一度上げる。
「貴方には少々難しいかもしれませんわね」
と、いつもの咲き誇る様な笑顔を見せた。