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愛しの花  作者: ぽち子。
四章
25/27

危うい均衡の上で

 



 国一番に美しいと持て囃したのは誰が始めか。

 それは彼女に繰り返し言われ続けたが、まるで選択肢などを当たえぬ呪縛になった。


 確かに何よりも美しいと評判である当の彼女は、表情を堅くしたまま手にしていた手紙をテーブルの上に置いた。

 この私室にはいつも傍にいる護衛騎士も不要なほどいる侍女たちも居らず、気の置けない侍女だけが側に居るからか漏れた一息はうんざりしているようにも見え、どこか疲れているようにも見える。彼女の自他ともに認める腹心の侍女は、少しでも主が心安らぐようにと冷めてしまったお茶を淹れ直す。

 その阿吽の呼吸とも言えるタイミングの良さに、主である彼女はお礼とともに微笑みを溢した。

 そんな小さな微笑みでさえさすが王宮の花と謳われる程に美しいベアティミリアは、淹れたお茶を一口含んでから手紙を見るようにと、侍女へと差し出した。侍女も心得たようにそれを受けとり手紙の内容に目を通していくと、次第に眉間は険しくなっていく。

「……相変わらず、といったところねぇ」

 読み終えたタイミングでベアティミリアは、厭そうに溢す。この手紙に記された印はベアティミリアの家のもので、手紙の内容でこんな風に気だるいような主の姿に納得がいった。ある時から側で事の有り様を見続けて、主の思惑が理解できている侍女だからこそ主の物憂げが感じ取れた。

 ベアティミリアの実家であるフィーネリア侯爵家は上級貴族であり王族の、王の正妃にもその出身は多いことから国の頭脳とも云われるラングラド家と肩を並べる家柄だ。また王の伴侶の一族ともなると、国政への干渉も大きく出来ることもありその権力は強い。

 そして今もなお、ベアティミリアの叔父である侯爵は次代の王妃の後見人としての座を諦めていない。

「ベアティミリア様……」

「大丈夫よ、そんなお顔をしないで。返事を書くための便箋と筆を持ってきてくれるかしら」

 己の職務を思い出した侍女は不安な表情を引き締めて、一礼したのち命じられた物を持ってくるために部屋を出ていく。自分が心配しても仕方がないことだと、何も出来ないのであれば手足のごとく動くのが自分の使命だと言い聞かせながら。

 忠実な側近が出ていくのを見守りつつ、ベアティミリアは小さく笑みが漏れた。心から慕ってくれていることに感謝を覚える。

 幼い頃のベアティミリアにとって、自分の世話をしてくれる侍女はどこか虚構の存在に近かった。

 にこにこと笑みを浮かべながら口々に、ベアティミリアを賞賛する。その瞳に意思を持たずに、その言葉に暖かみを持たずに。

 まるで、ベアティミリアという愛玩人形を世話するような態度のそれにいつも心細さを感じていた。

 唯一、ベアティミリアの乳母に近い存在で教育係を担っていた筆頭侍女だけは心の底からベアティミリアの事を褒め称え、そして揺るぎなく王妃になることを信じている。何も分からない頃はそれでも良かったが、やがてその対比に薄気味さを覚えた。

 それもそのはずだと知ったのはいつか。


 ベアティミリアは、澄んだ翠緑の瞳を過去に思いを馳せるように伏せる。

 あの日、真実を知った彼女はこの身を焦がすほどの憤りを覚え、途方にもない後悔に苛まれた。

 何も知らなかった幼い自分には罪はないだろう、けれど何もできなかった自分は赦せない。


 だから成人を迎えた日に、ベアティミリア自身で采配を振るう力を得た時、教育係の筆頭侍女を皮切りに全ての側仕えを解任した。ほとんどは元々フィーネリア家に仕える者だったので家に戻るだけども、勿論素直には応じようとしない。説得には苦労したと今でも苦笑が浮かぶ。

 説得の大義名分は、王妃として自身がなったときのための人脈作りだ。教育係の侍女が所用でフィーネリア家に戻っている時期を狙ったのは態とだけど、上に立つものとして凛としたベアティミリアの主張は通り今では大勢の侍女を抱えるようになった。一つだけ誤算があるとしたら、その話を聞きつけた貴族が娘を送り込み大所帯になってしまったことぐらいか。

 戻ってくる侍女の気配に過去から意識を戻すと、命じられた通りにその手には乳白色の紙と筆がある。花の絵が淡く描かれたそれはベアティミリアのお気に入りのものだ。

「ベアティミリア様、便箋と筆をお持ちいたしました」

「ありがとう、ソフィ」

 大勢の侍女を抱えることになっても本当に信用の置ける者は極僅かであり、家柄がよいことが信頼できるものとは限らない。例えばこの一番の側近侍女であるソフィリアも、ベアティミリアが侍女を一度解任する前は身分という下らない序列のために末端の侍女でしかなかった。

 側近へと起用する前にたった一度だけ話すことがあったというその時は、ベアティミリアがソフィリアの失態を庇ったらしい。その失態も良くあるもので、花摘みの命を受けた時に摘んではいけない王宮の花を摘んできてしまったことらしい。というのもベアティミリアは正直覚えておらず、ソフィを側近にしようとした決め手は、上部だけの周囲に疲れたベアティミリアに彼女がそっと紅茶を入れてくれたことと、心より慕ってくれていると瞳が嘘を言っていないことを確信したからだ。

 何故何も持たぬ自分を慕ってくれているのか問うたとき、ソフィリアはベアティミリアが覚えていない出会いを語り、そして誓った。重荷を背負った貴女の手足となる人物になりたいのです、と。

 その言葉で、何が他に勝るというのか。

「わたくしには、ソフィがいれば十分ですもの」

 脈絡もない主の言葉に、ソフィリアは驚いたように目を丸くしたかと思えば努めて表情を律する。側近のものとしての意識か、それとも今は傍に居ないベアティミリアを守る騎士を見習ってか、最近では動じることが少なかったというのに。

 顔を背けることも出来ず、それでも表情が嬉しさのあまりゆるむことを必死に止めようとしても出来ずでソフィリアは複雑な表情をしている。ああ、やはり良い側近を持てたわ、と皮肉を込めて教育係だった侍女には心からの感謝を。

 だからフィーネリア家からの手紙の主題であった王妃への務めを果たすようにいう小言と、そのためにももう一度教育係の侍女の起用を、という要求は呑むつもりはない。

 いつものように特に変わらぬ返事を認めて、新しく呼んだ侍女にフィーネリア家に届けるよう言づけて渡す。ベアティミリアから手紙を受け取った侍女が退室するのを見届けてから、ソフィリアへと視線を向ける。

「ソフィ、貴女にはお願いしたいことがあります」

 主の言葉に、背筋を伸ばす。手紙を二通書き上げたところから、もう片方には誰に出したいかは解っていた。

 恭しくそれを受け取り、その相手方を脳裏に馳せる。ベアティミリアも同じくだったのか表情は堅く、珍しく不安そうにも見えた。

「……確かに届けてほしいの」

「かしこまりました」

 王の寵愛を受ける女性が現れてから、危うい均衡の平穏が続いている。十年以上変わらなかった、これからも変わらないはずであった王宮に訪れた変化、王だけの花。

 その変化は、間違いなく主が望んでいたもの。

 そしてもう間も無く、その危うい均衡も崩れる。

 ……その時、主の願いは叶うのだろうか。

「ベアティミリア様の思うがままに」


 何があろうと変わらぬ忠誠を。

 そして願わくは、主の望みのままに。

 それが途方のない願いだとしても、ソフィリアの唯一の主の幸せだけが望みだ。





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