離宮の園
この離宮の庭園では四季の花である、白い花が咲き誇る。
その美しく繊細な花の中心に、花にも負けず劣らずの美しさをもつベアティミリアが佇む。
視界に入ったときから、アルディアンナは呼吸をするのも忘れるほど見入った。
黄色地に白の見事な刺繍が入ったドレスは可愛らしくも上品にみせ、まるで華の妖精のようで錯覚しそうになる。
庭園に入るなり圧倒されて茫然と立ち尽くすアルディアンナに気付いたのか、ベアティミリアはやんわりと微笑んだ。
「ようこそ、いらしてくださいました」
庭園の真ん中のアーチ形の屋根の下に、テーブルが置かれティーセットが用意されている。
ここがベアティミリアの用意した茶会の場所だ。
ベアティミリアに促されて、アルディアンナは席に座る。
茶会といっても席に座るのはベアティミリアとアルディアンナだけで、後ろには何人かの侍女が控えていた。
アルディアンナの護衛に付き添ったヴォルフェルムは数歩下がったところにいる。
同じくベアティミリアの護衛なのか、一般兵とは違う雰囲気の男が控えているのに気付いた。
「わたくしはベアティミリア・フィーネリアと申します。こうしてお会いするのは初めてですわね」
「……アルディアンナ・クレイレです。挨拶が遅くなってしまい……申し訳ございません」
緊張のためか、アルディアンナは顔を俯き加減だ。
真っ直ぐにベアティミリアを見つめるのも、逆に見つめられるのもアルディアンナは怖くて堪らなかった。
噂の通り、やはりベアティミリアは花が綻ぶような微笑をたたえ圧倒的な存在感を放つ。
美しいだけではなく力強いようなベアティミリアの瞳はアルディアンナが持てないものだ。
一方で、ベアティミリアには持てないものをアルディアンナは持っているということにまだ自身では気付いていない。
自信のもてないアルディアンナに、ベアティミリアは表情に出さないように思案する。
「……申し訳ないけれど、皆下がっていただけますかしら」
一通り支度が終わった途端、唐突にベアティミリアが切り出す。
主に従順な侍女は表情を変えずに、すっと下がっていった。
「エリクシェス・イグラルド、それとヴォルフェルム・ベルムール。貴方たちもお下がりなさい」
二人だけは、ベアティミリアの言葉で動かなかった。
だからこそエリクシェスとヴォルフェルムの二人を順に視線を向けてから告げる。
「恐れながら、ベアティミリア様。私は陛下のご命令でアルディアンナ様のお傍についております。離れるわけにはいけません」
丁寧な口調でヴォルフェルムが切り出す。
もう一人の寡黙の男、エリクシェスもヴォルフェルムと守るべき対象は違うとも同じ思いなのか何もいわない。
陛下の名が出たにも関わらず、ベアティミリアは微笑を崩さなかった。
「陛下にはわたくしから申しておきます。何もここから出て行けというわけではありません」
今度はアルディアンナの方を向く。
その微笑がただ美しいものだけではなく、どこか癖のあるように見えて心なしかたじろいだ。
「アルディアンナ様との友好を深めるため、殿方にはご遠慮していただきたいのです」
同意を求められているようで、アルディアンナは咄嗟に頷いてしまう。
見ていたヴォルフェルムは仕方がない、という風に苦笑をした。
そしてまだ離れたがっているエリクシェスに何かを耳打ちをする。
「では、姿の見える位置で見守らせていただきます」
今度は素直に、ヴォルフェルムが挨拶に倣いエリクシェスも挨拶をしてその場を離れた。
ようやく、二人きりだ。
風に乗って、咲き彩る花の香りが匂い立つ。
いつもなら好きなそれらも、今のアルディアンナには気にかける余裕はない。
二人を見送ったベアティミリアの、次の動作を警戒しながら待つ。
「さて、これで二人きりですわね」
ふう、と一息つくように、ベアティミリアがカップを口元に運ぶ。
それでアルディアンナもまだ口をつけていないことを思い出し、同じく紅茶を一口飲んだ。
落ち着いたところで、ベアティミリアが楽しげに小さく笑いを零す。
「アルディアンナ様は、どこまでご存知でいらっしゃるのかしら」
「……どこまでなんて」
「陛下のお気持ちは見ての通り、ですのにアルディアンナ様は受け入れないのですね」
逆にベアティミリアはどこまで知っているのだろうか。
真っ直ぐに見抜くような翡翠色の瞳が、アルディアンナに不安を与える。
しかし一方で釈然としない燻る想いが、ずっとアルディアンナにあった。
「ベアティミリア様は……どうして陛下を受け入れなかったのですか?」
短い間だが、決してクラウディアードは国務を蔑ろにしていないことを知っている。
普通に考えれば、アルディアンナとの記憶が淡い想いとともに封印されるものだ。
そして目の前の美しいベアティミリアを娶り、国を発展させていく未来が決められていたはず。
それを曲げてまで、アルディアンナを手元に置くのが解せない。
「どうして、クラウを……」
その先は言えない。
ずっと理解している。身分差も、個人としても相応しくないことも。
相応しいのは目の前に居る、完璧な人。
それがずっと悲しいのと同時に、恐れ多いことなのに足元にも及ばないのに『悔しい』なんて思っていること。
理解してしまうのも知られるのも怖い、だから見ないふりを続けていた。
「……アルディアンナ様は陛下を愛していらっしゃるのですね」
ベアティミリアは落ち着いた声で、アルディアンナの想いを見抜く。
落ち着いていて、どこか悲しげな声だ。
「陛下はわたくしのことを愛そうと努力はしたけれど愛したことはないですのよ」
今度はアルディアンナがベアティミリアを見つめる。
動作を見逃さないように。
「わたくしも愛せなかった。だって、そうでしょう。わたくし達には既に意中の人いたのですから」
完璧な、妃として相応しい人。
そう思っていたが、初めてベアティミリアの人物が見えてきた。
この方も同じく苦しい思いを抱えているのだろうか、とアルディアンナは漠然と思う。
「今の貴方達が羨ましい、そう思うのはわたくしが弱いからかしら」
そうやって、弱く微笑む姿はどこにでも居る人と変わらなかった。
誰かを、想う姿。