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愛しの花  作者: ぽち子。
三章
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合わない人



 全身鏡に映る自分を見て、アルディアンナはため息をつく。

 自身の瞳より薄い若草色のレースが重なったドレスは可愛らしく、繊細に織り込まれたこのレースは王都での流行りだろうか。

 大振りの宝石は身に着けていないが結い上げられた髪には金細工の髪留めが輝いている。

 元々色が白いからとあまり白粉は付けられていないが、唇には紅を引き薄く化粧が施された。

 もう一度見て気付かれないようにため息をつく。

 それらはとても美しいが、何一つ自分には不相応で似合っていないと感じているからだ。

 アルディアンナの後ろには、リザを先頭に侍女が並んで満足そうに微笑んでいる。

 やや抵抗を試みるも、瞳を輝かせて楽しそうにアルディアンナの支度をするものだからもう何もいえない。

 これからの茶会のことを思うと憂鬱で仕方がなかった。

「大変綺麗ですわ、アルディアンナ様!」

「……ありがとう」

 侍女の一人、エレナが嬉しそうに声をかける。

 まだ年若いエレナにとっては、アルディアンナは王の寵愛を一身に受ける憧れの存在だ。

 落ち込んでいた頃のアルディアンナの世話を直接することはなかったので、実際がどうなのかは知らなかった。

 しかしこうやって美しく着飾るアルディアンナを見て、羨望で胸が一杯のようだ。

 落ち込んでいた頃に世話をしていた侍女たちは、リザを残して他の皆は居なくなってしまったので話も聞いていないからそれも無理のないことだが。

「シェルファイス様がお待ちですので、こちらへ」

 リザがアルディアンナの手を取って、応接室の方へと誘導する。

 応接室にはシェルファイスと、アルディアンナには見たことのない男が居た。

 シェルファイスと男は、入ってきたアルディアンナに気付くと直ぐに座っていたソファーから立ち上がる。

 リザからシェルファイスに交代し、リザたち侍女を下がらせてからアルディアンナを男の前まで導いた。

「アルディアンナ様、こちらは近衛団のヴォルフェルム・ベルムール将軍です」

「初めてお目に掛からせて頂きます、ご寵妃様」

 ヴォルフェルムは笑顔を浮かべながら、丁寧にお辞儀をした。

 名乗られたベルムールの家名に、アルディアンナは過去の記憶を辿る。

 暗号のように多くの家名が羅列していて覚えるのには苦労したが、今役に立つと当時は夢にも思わなかった。

 森の美しかった貴婦人、教えてくれていた時間はそう長くなかったが、アルディアンナの記憶と身体にはしっかりと刻まれている。

 それにしても今まで外部との関わりは一切立たれていたというのに、突然現れたヴォルフェルムに探るように問う。

「武官でいらっしゃるのですね、ベルムール様」

「ああ、ベルムール家で近衛団とは珍しい……ということですね」

 ベルムールはやはり上級の貴族で、王都の隣に広大な領地を有している。

 代々どちらかといえば文官を輩出することが多く、現当主は大臣職についているのにも関わらず近衛団なのは珍しい。

 アルディアンナの問いに、ヴォルフェルムは内心驚く。

 地方の下級貴族の娘であるアルディアンナに、家名一つでそういった流れが汲めるとは思わなかった。

 思っていたよりも賢く『特別』な教育を受けているらしい、とヴォルフェルムは見方を変える。

「私は次男でして、シェルファイス殿のように側近としての地位は確立しておりませんでしたし」

 シェルファイスは長男であり家名を継ぎ、そのために王の側近としても働いている。

 この国において必ずしも長男が家督をつぐとは決まってはおらず、当主が次期当主を決めることが出来る。

 後の兄弟は嫁ぐか事業を起こし独立したり、家督を継いだ兄弟の手助けを行ったりするのが通例だ。

「クラウディアード陛下にはこの身にかえてもお守りすると忠誠を誓っております」

 益々思惑が解らない、とアルディアンナは微かに眉を寄せる。

 それに先程から見透かすようなヴォルフェルムの視線が気になっていた。

 クラウディアードとは違い、まるで疑っているかのようで心地悪く感じる。

 そんな二人の微妙な空気を察したのか、シェルファイスが咳払いを一つ。

「今日ベルムール将軍にアルディアンナ様の護衛をしていただきます」

「……将軍、の方にですか?」

 普段は近衛団でも一般兵しかつかないのに、と言外にほのめかす。

 戸惑う様子をみせるアルディアンナに、シェルファイスは当然のように頷いてみせた。

「貴女にそれだけの価値があるということですよ、ご寵妃様」

 ヴォルフェルムが口を挟む。

 咄嗟に言い返そうと思うも、アルディアンナは反論を失くす。

 結果的にそういう風に見られていることに、気付いてしまったから。

 それと同時に、周りから試されているというのも知ってしまった。

「私は仕事がありますのでこれにて失礼いたします」

 二人の間の不穏な空気を感じつつシェルファイスはアルディアンナに頭を下げた。

 本来なら王の補佐官であるなら、こうやって顔を出す暇もないはずだ。

 それでも顔を見に来たのは主が心配しているのと思った以上に自分も気にかけているらしい、とシェルファイスは内心思う。

 アルディアンナは心細そうに瞳を揺らしている。

「アルディアンナ様、顔はいつでも上げてください。どうか陛下のご意思のままに」

 退室していくシェルファイスを見送りつつも、不思議と隙を見て逃げ出そうという気は起きなかった。

 むしろ足は竦み部屋から出たくないという気持ちの方が大きい。

 これから王妃に最も近い妃ベアティミリアに会うのだから、それも仕方がないだろうが時刻はもうすぐそこだ。

「では、ご寵妃様」

 ヴォルフェルムがアルディアンナに手を差し出す。

 護衛だけではなくエスコートの役目もあるのだろう。

「その、『ご寵妃』という呼び方は止めてください」

 ヴォルフェルムの手を取らず、睨む勢いでヴォルフェルムを見つめる。

 先程からその呼び方には、何か気に障る。その言葉が本心ではないと直感していた。

 図星をつかれたヴォルフェルムはというと、何が楽しいのか空いた手で口元を隠すように笑っている。

「失礼いたしました、アルディアンナ様」

 まるで騎士のように、許しをこうように優美な動作で頭を下げる。

 本当なら武官とはいえ爵位では上の相手に、様付けも嫌だったがそこはアルディアンナは我慢した。

 ようやく、差し出されたヴォルフェルムの手を取る。

「では参りましょうか」

 どこか本心の読めないが楽しそうな笑顔のヴォルフェルムに対し、アルディアンナの表情は緊張しており頑なだ。

 アルディアンナの部屋の扉が開かれて、二人は部屋をでる。

 あんなにも逃げ出したかったこの宮をあっさりと出ることが出来るなんて思いもしなかった。

 どこか複雑な気持ちのまま、ベアティミリアの待つ離宮へと向う。



 様々な思惑を抱えたまま。






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