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愛しの花  作者: ぽち子。
三章
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少女の園

 季節によって様々な花が咲き誇る豪奢で優美な庭園の中に、少女だけの秘密の園があった。

 幼い少女には果てしなく広く感じる宮殿の美しい箱庭のような園の隅の、まさに隅っこともいえるような場所。

 小柄な身だからこそ見つけることが出来たそこは、大人が見つけることは難しい。

 幼いながらに羨望のまなざしを受ける少女だけの憩いの場所だった。

 毎日は来れずとも日に日に回数は多くなるばかりで、そろそろ侍女にも不審に思われてしまう。

 もし発覚したらどのような叱責や失望を受けるか解らない。

 だけど少女にはその侍女達から逃れるためにはこの方法しか知らなかった。


 まるで日にかざすと黄金のように輝く髪が、まるで宝石のように輝く翡翠色の瞳が、まるで精巧な人形のように愛らしい面立ちがきらいだった。


 世話をする侍女は少女の目の前に立つと、そうやっては口々に褒め称え羨む。

 そして一通り褒め終えた最後には「まさにお似合いですわ」と皆が満足げに微笑む。

 言動に嘘偽りはないが、少女にとって褒められれば褒められるほど見えない鎖で絡め捕られているように感じていた。

 本当は褒められたいわけではなかった。少女が本当に望む物を侍女は決して与えてくれない。

 だから少女はこうやって度々逃げ出してしまう。



 その日も、やはり少女だけの秘密の園に逃げてきた。

 最近は耐えきらず宝石のような翡翠の瞳を濡らしてしまうことが多い。

 少女はいつだってただ一つを切望していて、それが叶わなくて悲しくて泣いてしまう。

 歳など関係なしに少女は生まれながらにして期待されている存在だから、少女の願いは叶わない。

 幼いながらその事実を知ってはいるが、受け止めることは出来ずにいる。

 ここは少女の秘密の園。少女の『孤独の園』でもあった。


「なぜ、泣いているの?」


 少女の秘密の園を破ったのは少年の方だ。

 風に乗って聞こえてきた声を追いかけた少年は少女よりは二つばかり年上だが、発育途中の幼い身体が少女だけの園を見つけることが出来た。

 少女は突然の声に驚いて動くのを忘れるが、少年の漆黒の瞳と合って慌てて涙を拭う。


「あなたには関係ないわ」


 少年の顔は知ってるのに、少女と境遇は近いのに、まるで状況は違った。

 ただ一つ、男であるか女であるかで求められる立場は全く違う。

 だから少女は誰かと仲良くなろうとしなかったし、少女を取り巻く者もそれを諫めたり仲を取り持ったりはしなかった。

 逆に考えても少年達だってそうだ。

 そうであるはずなのに、少年は少女の言葉に困ったような表情をしている。


「……じゃあ隣いるよ」


 少女の許可を得ずに、少年は隣に座り込んだ。

 あまりの突飛な行動に少女は大きい瞳をさらに大きく開いて言葉をなくす。

 そんな少女の顔を見て、少年はやんわりと微笑む。


「一緒に居る」


 幼いのに少年は強い眼差しだ。

 遠くから知ったが、この少年が『守る立場』であるからだろうか。

 少女は知らない。頑なに知ろうとも関わろうとしなかったから。


「どうして……そんなこというの」

「僕が一緒に居たいから」


 少女と二人っきりでいると、少年が何らかの罰を受けることになるだろうとは予測できた。

 少女も多少は叱られるかもしれないが、少年はもっと罪が重く下手すると出入りさえ禁じられるかもしれないのに。

 それなのに、こうやって少女の隣に座って一緒に居てくれるという。


 ……それは少女が心から望んでいることだった。

 大人の事情で幼いのに父からも母からも兄弟からも離されて、広いばかりで孤独しかないこの場所に少女はいる。

 いくら駄々を捏ねようと、いくら寂しいと泣こうと誰も少女を宥めるだけで少女の隣には居てくれない。

 ただ見た目を褒めて、勝手に将来を決めて、人形のように少女を箱庭に縛り付ける。


「……ほんとう?ほんとうに一緒にいてくれる?」

「うん、一緒にいる……僕は君を守る」

 どうしてそんな優しいことを言うのだろうと少女に言い知れない不安が襲う。

 いつも期待して、裏切られたことを知っているからこそだった。

 少女の焦る表情で何かを悟ったのか、少年は少しだけ気まずそうにしている。


「ごめん、本当は泣いている声……聞こえていたんだ」


 少年の言葉に、少女の顔が瞬時に朱に染まる。

 寂しいと、嘆き泣いて漏れていた言葉を聞かれていたのは幼くとも少女にとって意地に関わる問題だ。

 だからこそ少年が声をかけてきたというのが解ったが。


「……でも君が寂しいなら僕は傍にいる。僕だけでは足りないなら他にもいる」

「え?」

「君は僕らの、守りたいお姫様だから」


 お姫様、なんて侍女にいつも言われていることなのに。

 それなのにこの少年の口から聞くと、妙に心が跳ねてくすぐったい。

 赤みが引いていた頬が今度はほんのりピンクに染まる。

 その顔を見られたくなくて顔を背けると、視界の端で少年が少し困ったような表情をした。

 その表情が可笑しくて、少女の諦めていた心が久しぶりに弾む。


「じゃあ誓ってみせて……そうじゃないと信じられないわ!」


 すると少年は考える素振りを見せた後、自身の腰元を探る。

 シャツの下から綺麗な細工の施された短刀を取り出した。

 突然少年が何をするのかと目を丸くしていると、その短刀を少女の目の前に置き跪いた。

「この剣に誓ってあなたをお守りします」


 それは簡易だが、主従の誓いだ。

 本来この剣を捧げる相手は少女じゃなくて、あの方のはずなのに。

 戸惑っている一方、少女は心から嬉しかった。

 最初から少年は少女だけを真っ直ぐに見つめる。

 少女の役割に期待して宥めたり叱責したりせず、少女の弱さを認めてくれる。


「わたし、あなたに守られてもおかしくないようになりたい……だからずっと側にいてね」


 少女が微笑むと、少年は心得たように穏やかに笑む。

 ……少女は最初から少年が優しい人だと知ったからこそ惹かれたのかもしれない。





 そして月日は少女の意志に反して進む。

 やがてこの優しい記憶が自身を苦しめることを知る。

 少女が美しく咲き誇るのは誰のためか、まだ誰も知らない。



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