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愛しの花  作者: ぽち子。
三章
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近くて遠い二人



 朝からアルディアンナは侍女がやけに騒がしく動いているのに気付く。

 不思議には思うが問いかけることはせず、ただ黙ってその様子を眺める。

 ……あの朝から、この所クラウディアードはアルディアンナの元へは訪れていない。

 そのことで確かに表面上は平穏だが、同時に胸が苦しかった。

 話を聞いてから、何度も心の中で反芻するがアルディアンナには本当に真実なのか見極められずにいる。

 甘やかに囁かれるたびに、虚栄を張った心は傾く。それなのにもう一人の自分がそれを頑なに拒絶する。

 クラウディアードの美しい瞳に自身が写ったとき、心が途轍もなく不安に晒された。

 まだその不安の本当の意味は知らない。そこから先についてはまだ考えたくないと思考を停止する。


「アルディアンナ様」


 唐突に侍女のリザが声をかけてきたので、考えるのを止めた。

 俯いている顔をリザのほうに向けると、リザは柔らかく微笑んで佇んでいる。

「申し訳ござませんが、こちらに」

 リザがアルディアンナの手を引いて、もう一つの部屋の方へ向かう。

 隣接されているこの応接室にはいつも近衛兵がいて、逃げ出そうとしたアルディアンナの行く手を阻むのであまり使用したことがない。

 居住については今までの部屋だけで事足りたが、こちらの部屋に態々連れてくるということは来客だろう。

 知らず知らずの内に連れてこられた後宮にアルディアンナの知り合いはいないはずだ。

 怪訝に思いながら入室したときソファーに座っていた人物がこちらを向いて、アルディアンナは驚きで目を見開く。

 優雅な動作で立ち上がり挨拶をするこの優男は、アルディアンナを後宮に連れてきた人物だった。

「お久しぶりです、アルディアンナ様」

「ラングラド様……」

 言葉を失くしているアルディアンナにシェルファイスは優しく微笑む。

 一見は穏やかな印象だが、アルディアンナはもう見たままを信用できない。

 唖然とした驚きから、すぐさま睨み付ける様に相手を見据える。

「どうぞ、シェルファイスとお呼びください」

「いいえ、私にはお呼びする理由はありません」

 はっきりと怒りを顕にするアルディアンナを見守っていたリザは、内心驚きつつも喜ばしくも思った。

 最近の様子では沈んでいるだけだったのに、こうやって怒りでも現せるほど正気は失っていないらしい。

 対してシェルファイスは表情を変える事はない。

「アルディアンナ様」

「その様付けも止めてください……私はそのような身分ではありません」

 間違いなくシェルファイスは公爵家の子息であり、アルディアンナは子爵で下の立場だ。

 本来ならアルディアンナが同じ貴族であろうと上の身分のシェルファイスに対して傅くべきである。

 頑なな言葉に、シェルファイスは今度は困ったように笑みを浮かべた。

「そういうわけにはいけません。貴方は私の主……国王陛下の寵愛を受けている妃であるのですから」

 シェルファイスの言葉はまるで言い聞かせるような穏やかさだ。

 改めて事実を突きつけられたアルディアンナは言い返す言葉もなくし、立っていられないほどの眩暈を感じた。

 それでも何とか気を強く持ってその場に立ち留まる。

 黙りこみ固まったアルディアンナはシェルファイスに促されるままにソファーに腰を下ろした。

「貴女は陛下を受け入れる覚悟をまだお持ちではないですね」

「なぜ……そう言えるのですか」

 アルディアンナには不可解でたまらなかった。

 国王陛下の功績は、王都から遠い領地に居たアルディアンナにも微かにだが届いている。

 そんな立派な御方が、特に目立たない貧乏貴族の娘に執着するのはおかしいことのはずだ。

「私にはそんな資格がないというのに!」

 今にも泣き出してしまいそうなのを、ぎりぎりのところで踏みとどまる。

 何も知らない人に涙は見せたくない、それはアルディアンナの意地だ。

 あの頃からも遠かったのに、今では追いつけないほど二人の距離は遠い。

 その距離をまざまざと見せ付けられているようで、いつも押し潰されそうだった。

「……貴女は自分が思う以上に必要とされていますよ」

 アルディアンナの叫びを黙って受け止めたシェルファイスは呟くように言った。

 それは決して同情の声色ではない。真剣そのものだった。

 聞き間違えではないかとアルディアンナが顔を向けると、シェルファイスは穏やかな笑みを浮かべている。

「ベアティミリア様にお会いになってください、アルディアンナ様」

 すっと懐から一通の手紙を差し出す。

 それを受け取り開いてみると、アルディアンナには予想外の人物の名が記されている。

「彼女に会えば、きっと何かの答えの切欠になると思います」

「これが、切欠?」

 ベアティミリアからの茶会の招待状。

 王妃に最も近い者と、王から寵愛を受ける者。

 二人は近いようで遠い関係であり、同席など考えられないはずなのに。

 それが意図することはどういうことだろうか、アルディアンナには解らない。

 咄嗟に断ろうとするも、シェルファイスの言葉によって断たれてしまう。

「王からアルディアンナ様の支度を仰せつかいましたのでご安心を」

「あの方は……陛下は許されたのですね」

 ベアティミリアとクラウディアードの間には、アルディアンナでも立ち入れない密やかな絆がある。

 だからこそ許可するのは納得できるが、その思惑までは解らない。

 悔しさに似た思いに唇を噛むが、アルディアンナが何を言おうとこれは決定事項だ。

 シェルファイスの来訪のことかと思っていたが違う。

 ベアティミリアに対しての用意のためなのだろう。

「ええ、諦めて覚悟をお決めください」

 にっこりと笑うのは、やはり曲者のようだ。

 目まぐるしく動く事態が、ぼんやり過ごしていただけのアルディアンナには厳しく降りかかる。

 まだ覚悟は出来ていないが、待ってもくれない。

 アルディアンナの意思を無視するかのように、茶会のためのドレスが並べられる。

 ……心なしか、アルディアンナ付きの侍女たちは浮き足立っているように見えた。

 普段仕える相手が着飾ることが少ないからだろう、とシェルファイスには解ったが特に諌めない。

 あっという間の目の前の光景に疲れたようにため息をつくしか、アルディアンナには出来なかった。



 この日の明日後、王妃に近い妃と王の寵愛の受ける妃が対面する。

 それぞれが思惑を抱えたまま茶会は行われるだろう。

 どのように作用しえるかは、まだ誰にもわからない。




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