余話:幼き頃の追憶
お読みいただきましてありがとうございます。
突然ですが、余話を入れさせていただきました。
陛下ととある側近のお話です。側近視点で、本筋には微妙に絡んでいないような絡んでいるような話となっております。
シリアスではなく今までの流れとも違いますので、ご注意願います。
今後三章が終わり次第、二章に組み込もうと思います。
三章を始める前に掲載できず申し訳ございません。
私はシェルファイス・ラングラド、現在は陛下の側近として働いている。
正式には政務官であり、陛下の采配がよどみなく行われるようにするための補佐だ。
実は陛下とは、まだ王太子であった頃から仕えており所謂幼馴染のようなものである。
だから陛下に対しての些細な無礼も大目に見てもらえるし、自他共に認めるように陛下からの信頼も厚い。
初めて謁見が叶った歳は、陛下は8歳、私は12歳のときであった。
私の他にも、当時妃候補であったベアティミリア様を含めた何名かもお傍に付いた。
これは前王妃の采配である。お体が弱い前王妃は陛下が寂しい想いをされないようにという優しい心遣いだ。
「面を上げよ」
前国王の側近である宰相閣下が恭しく、頭を下げていた我々に声をかけた。
宰相閣下は実の父親ではあるが、私が宰相になることはない。次は別の公爵が勤めることになっている。
これは貴族間の軋轢をなくし、無用な争いをなくすためだ。
何代か前の国王陛下が取り決め、貴族側も承認し持ち回りで役職を移動し権力が固まらないようにしている。
といっても多少の権力関係はやはり残る。私が次期国王である王太子の側近になることは内定済みだ。
私を筆頭に、皆が頭を上げるのを背後で感じた。どうやら年代的にも私が一番年上らしくその関係でまとめ役も仰せつかった。
「……お前たちが私の遊び相手か」
宰相閣下の隣には王太子がいる。視界に入った瞬間誰もが息を呑んだ。
金の髪を持つその御方は、幼いながら目の覚めるような美貌の持ち主だった。
どちらかというと可憐な面立ちのその方はまさに天使のようで、ベアティミリア様と並べたらさぞ愛らしいに違いない。
しかし12歳とはいえ、私に稚児趣味はないので一瞬だけ見惚れたにすぎない。
ちらりと背後を伺うと、数名はまだ王太子殿下に見惚れたままぽかんと口を開けている。
「殿下、お気に召しましたか」
「ただの遊び相手は要らぬ。おい、そこの者」
視線の先に立ったのは勿論私だった。
見た目に反して挑むような視線が印象的で、中々に気のお強い方なのだろう。
年下とはいえ、相手は王太子殿下。失礼のないように頭を下げて答える。
「シェルファイスと申します」
「宰相の息子であったな。そなたはどこまで学術は習得している?」
「一通りは終えております」
私はこう見えて一通りは叩き込まれている。
父が厳しいというのもあるし、私自身が学問に向いているというのもあるだろう。
その代わり、武術に関しては父も匙を投げてはいるが。
「そうか、私は一つでも多く学びたい。私の為に知識を活用せよ」
「クラウディアード様、武術も怠ってはいけません」
父である宰相閣下の言葉に、途端に渋い顔をさせた。
王太子殿下の実年齢より小柄な身から察するに、運動の方はあまり好まれていないらしい。
むしろこんな華奢で可愛らしいお顔で筋肉質だったら泣けてくるが、王太子殿下の立場上軟弱過ぎても不味いものがある。
「良い、私が鍛えなくとも皆が守ればいいだろう」
そういっては武術の時間を度々サボられる殿下に周りのものが困ったのは語るまででもないだろう。
そのまま可憐な美しさを保ったまま、10歳の誕生日を迎えられる。
同じくこの頃、お体の弱かった王妃陛下はひっそりと静養されることとなった。
後宮には王妃が迎えられる前の側妃達がおり、いくら陛下が王妃に寵愛を注いだとしても心は休まることはない。
側妃を降嫁されればよかったけれど……それは貴族間における勢力関係でできなかったらしい。
本来ならば王妃は陛下に嫁ぐことは出来なかったはずだが、それを陛下が曲げたため余計な軋轢が生じてしまった。
後宮の詳しい事情は知らないが、王太子殿下が幼いながらにも寂しさを押し殺しているというのは皆が感じていることだった。
とある季節に行われている静養の予定より早い帰還となった殿下は何か考え事をしているようであった。
何やら静養地で騒動を起こしたらしい、とは聞いている。
それによって王都への帰還が早まり、国王陛下直々にも叱責を受けたらしい。
仕方がないことだ。殿下はただ一人の王太子である。
どうお慰めしようかと迷っていると、殿下の方からこちらに宣言した。
「私は強くなるぞ!」
「クラウ殿下?」
突然だったが、殿下は固く誓ったようだ。
目を丸くしていると、こちらに苦笑をした。
それは今までのどこか自信ありげなというよりは、自嘲じみている。
「お前たちにとっても『良き友人』でありたいと思う……そのためには私は誇れる王でなくてはいけないな」
正直殿下は、どちらかというと守られる側の人だと思っていた。
しかしそうではない……この方は、立派に守る側に人だ。
「いいえ、殿下。身分は違えども私たちは貴方といつまでも『良き友人』でありたいと思っております」
私はもとより、王太子殿下の垣間見える思慮深さについていこうと誓っている。
この国はこの方が治めれば尚良い方へと行くであろう。
そのためにも私は役に立ちたいと心から思う。
「……そうか、礼を言う」
それに他の者も、大きくは思いは違えないはずだ。
私が一番接する時間は長いが、歳を言えばヴォルフェルムやエリクシェスらと同じであるから仲が良い。
二人からも、殿下を大切に思うからこそ強くありたい気持ちが伝わってくる。
恐らく武術に励むとなると一層二人は喜ぶだろう。
照れたように呟いた殿下に初めて近づけたように感じる。
それにしても突然嫌がっていた武術に励むようになり、身体を鍛えだしたことには首を捻るばかりだった。
精悍さが増すにつれ、度々ある少女について語ることも増えその謎も解決されることになる。
……なるほど、よほど『間違われたこと』が屈辱的だったようだ。
しかし年に数度しかない僅かな逢瀬の中で、主は幸せを見つけられたようで微笑ましかった。
そしてもう一つ予感があったが、今はまだ言わないでおこう。
私は陛下に忠誠を誓う一人なのだから、誰にとっても幸せな結果になることを強く望むだけだ。