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愛しの花  作者: ぽち子。
三章
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誰が為に



「ご機嫌麗しゅう、陛下」

 クラウディアードは目の前の男を胡散臭そうに一瞥した。

 王の執務室には王であるクラウディアードと側近のシェルファイス、そしてこの目の前の男だけだ。

 本来ならば謁見の際近衛兵が控えているのが常だが、それも目の前の男が人払いをした。

 クラウディアードもそのように指示したので、近衛兵は従うしかないが心配は要らない。

 謁見を申し出ている男こそ、王の警備を受け持つ近衛団の将軍職を持つからだ。

「……お前にそう言われるのは気色が悪いな」

 鼻の頭に皺を寄せながら、不機嫌に言い放つ。

 それでも男は害した様子も怯える様子も見せずに、むしろ飄々としている。

 二人の間に立つシェルファイスはいつもの二人の挨拶のような出来事に苦笑を見せた。

「ヴォルフェルム、陛下の御前で無礼ですよ」

 シェルファイスが嗜めても男は、ヴォルフェルムは一癖ありげな笑みを浮かべている。

 人によっては得体の知れないと感じるが、付き合いの長いクラウディアードには大体何を考えているのかを想像するには容易い。

 シェルファイスもそうなのだろう。もう口を挟む様子もなく、傍観を決め込んでいる。

「シェルファイス、今更だ。さて何用かさっさと申せ」

 ヴォルフェルムはわざわざ近衛団将軍として、国王陛下に謁見を申し込んだ。

 その意味は大きく、警備を任されていた近衛兵も戸惑いを隠せない様子だった。

 しかしクラウディアードは然程動揺した様子は見せず、それどころかヴォルフェルムの謁見の目的さえも解っているようだ。

「……いえ、ちょっと確認したいことがありまして」

 肩を竦める素振りがなんとわざとらしい事か。

 クラウディアードはヴォルフェルムの動作に目を細めるが、続きを促した。

「我ら近衛団は陛下に忠誠を誓い、騎士団は王の伴侶を守ることで忠誠を示す……我が国の王家の仕来りをご存知ですか」

 アウリス国の長い歴史の中で、いつの間にかそうなった。

 実しやかに騎士団は、昔王妃を『不慮の事故』で亡くした王が作ったとも言われている。

 真相は不明だがそれ故にか騎士団は武芸だけではなく、礼儀作法も求められ実際に礼儀正しい者が多い。

 なんにしても、騎士団で守られるべき人物こそが王妃の証であると根深く認識されていた。

「それが?」

「貴方のご寵妃は、『我らがお守りすべき人物』かはっきりさせて頂きたい」

 ヴォルフェルムの問いに、クラウディアードはすぐに答えようとしなかった。

 ただ肘掛に肘をつき口を閉ざし、ヴォルフェルムを見据える。

 じいっと見つめる瞳は空虚のようにも知略が巡らされているかのようにも見えた。

 観察に長けたヴォルフェルムもシェルファイスも、今何を考えているのかは読めない。

 ただヴォルフェルムよりも事情を知っているシェルファイスのほうが、想像する答えは近いだろう。

「……今は未だ、最優先で守れ」

 ぽつりと零すように出た言葉に、ヴォウフェルムもシェルファイスも反意は湧かない。

 それどころか充分だったのか、問いかけた方であるヴォルフェルムの笑みは深くなる。

「では、寵妃アルディアンナ様に我ら近衛団は命を賭けましょう」

 優雅に礼をするヴォルフェルムも、元は貴族の子息だ。

 貴族の子息ながらに武官となり力がものを言う近衛団で、あくまで実力で将軍までのし上がった。

 今では次期近衛団の団長として名を挙げられるほどだ。

 そして同じく貴族の子息で竹馬の友とも言える相手の騎士団に属しているエリクシェスとは良い友人でライバル関係にもある。

 ヴォルフェルム、エリクシェス、クラウディアードの三人よりは年上だが、シェルファイスも幼き頃からの付き合いだ。

 そしてあと一人、美しく咲き誇る彼女も同じく。

 だから分かり合えるところも大きいが、歳を追うごとにそれぞれの『望み』を叶えるのは難しい。

「もう一つ申し上げたいことがあります」

 まだあるのか、という煩わしそうなクラウディアードの視線を受け、にやりと笑う。

 それを見て嫌な予感はするが、ヴォルフェルムの動作を待った。

「これを」

 そういって渡したのは手紙だった。

 受け取りそれを広げ視線だけで読むと、内容にクラウディアードは眉を寄せる。

 ちらりとヴォルフェルムを見やってから、傍に控えているシェルファイスに手紙を渡す。

 受け取り読んだシェルファイスも一瞬だけ目を見開いき、苦笑に似た表情をした。

「勿論先程誓ったようにアルディアンナ様の御身は命に代えてもお守りします」

「これの為、という訳か……シェルファイス」

 呼ばれたシェルファイスは解っているかのように頷く。

 どうあれ、この日が来ることは予想できた。

 ただこういう不意を付いてくるとは思わなかったが。

「アルディアンナの支度はお前に任せる……これで満足か、ヴォルフェルム」

 やはり事はこの男の思い通りか。

 視線を受けたヴォルフェルムは油断のならない笑みを浮かべて一礼する。

 手紙には正式に、ベアティミリア・フィーネリアの名でアルディアンナ・クレイレを招待する旨が書いてあった。

 アルディアンナが断りにくいように、クラウディアードに宛てるのはどちらが言い出したことなのか。

 それは解らないが、ベアティミリアがアルディアンナに会いたがっているのは確かだろう。

 その時必ず会わせると以前約束をしていたのも、クラウディアードだ。

 これは避けられぬ道……クラウディアードとベアティミリアが選んだこと。

「お前の命に賭けて守れ……ベアティミリアの茶会を許可する」

 話は終いだ、と言わんばかりにクラウディアードは溜まっている書簡を広げだす。

 こうして話しているうちにも、国王決裁の書類は溜まっていく。

 クラウディアードの命により、シェルファイスとヴォルフェルムは王の執務室を退室する。




「……何を考えている?」

 鍛練場へ向かうというヴォルフェルムを見送りがてら、シェルファイスは切り出す。

 王の前でなければ、歳も身分や立場もシェルファイスの方が上だ。

 なによりヴォルフェルムがシェルファイスには自身の考えを話すことが多い。

「別に?俺はただ頼まれただけだ」

 相手が上だろうがそんなことを構うわけもなく、馴れ馴れしい口調で惚けてみせた。

 これも今更であるし特に気にも留めないが、シェルファイスはぴたりと歩みを止める。

「……ベアティミリア様に?」

「エリクシェスを通してだが」

 エリクシェスの名が出てきて、一つシェルファイスは納得する。

 そして幼い時から彼らを知っているからか、ここにいたった経緯に自然に笑みも浮かぶ。

「相変わらず甘いな。君もエリクシェスも」

「ああ、そりゃ……幸せになって欲しいからな」

 飄々としつつも、その言葉は真剣で偽りはない。

 誰が、とも今は聞く必要もない。

 シェルファイスとて、思いは同じだ。

 ただクラウディアードに近いのは自身も認めるし、忠誠心にも似たこれは今後も変わらないだろう。

「ヴォルフェルム、君はベアティミリア様と陛下が一番最良と考えるか?」

 シェルファイスの言葉に、意外にもヴォルフェルムは肯定も否定もしなかった。

 やはり、曖昧な笑みを浮かべつつ肩を竦めるだけだ。

 ヴォルフェルム自身まだ迷いがあり見極めきれないのだろう。

「ならば、アルディアンナ様にお会いすると良い」

 このまま決めてしまってはフェアではない。

 それに、シェルファイス自身アルディアンナに何か期待しているのかもしれない。

 今はまだ解らないが。

 提案にヴォルフェルムも一つ頷く。そういえば一度も見たことがないことに気付く。

「では、シェルファイス殿。私はこれにて失礼します」

 わざとらしく挨拶をしたのち鍛練場の方へ行くヴォルフェルムを見送った。

 ヴォルフェルムは本来ならば、武官でなくとも充分通用する賢さを持っている。

 だからこそ、見極めて欲しい。

 そう願うのは、やはりクラウディアードの思いに同情してしまったからだろうか。

 シェルファイスは苦い笑みを禁じえなかった。




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