王妃の秘密
過去から、現在に繋がります。
この話から一部作中の人物の呼び方も変わります。
解りにくく申し訳ございません。
ふっと意識が浮上するような感覚がして、アルディアンナはいつもより早い時間に目が冷めた。
懐かしい夢を見ていたようで、一瞬自身がどこにいるのか解らず戸惑う。
しかし直ぐに、状況を思い出して吐息が漏れた。
胸元を見ると脱がされたドレスはいつの間にか寝間着に変わっている。
隣にはもう既に誰もいないようだが、恐らく彼が着せたのだろう。初めの頃は恥ずかしくて居た堪れなかったが、もう何も感じない。
目が覚めたけれど、まだぼんやりとする頭で部屋を見回すと、バルコニーに備え付けられているカーテンが揺れていることに気付いた。
珍しく開いているバルコニーの方へ向かうと、そこにはいつも目覚めたら居ないはずの人物がいた。
「クラウ……」
朝出たばかりの日の光が金の髪を照し、それを眩しそうに目を細める。
こうして日の光に居る人は、別の世界の尊い存在のようだとアルディアンナは思うがその思考は遠くに追いやった。
改めて観察すると剣の鍛練だろうか。一通りの剣技の型を取っているようにも見えるがどういった動作の意味かアルディアンナには解らない。
ぼんやりと見つめていると、クラウディアードがバルコニーの傍に立っているアルディアンナに気付いた。
「アディ、起こしたか」
アルディアンナは否定の意味を込めて小さくゆっくりと横に頭を振る。
クラウディアードは剣を腰に付けていた鞘に納め、アルディアンナの傍に寄った。
そしていつものように頭を撫でる。いつもなら拒絶するそれも、何故だか心地よい。
「もう少し寝るか?」
また否定の意味を込めて小さく横に頭をふる。
もう日は出ているが、まだ辺りは静かで起きる時間には早い。従者だってようやく起きだした頃だろうか。
いつもなら目覚めることの少ない時間だが、アルディアンナには眠気はなかった。
「ならば散歩をしないか?」
クラウディアードの提案に、素直に頷く。
いつもなら少しでも離れたいと思うのに。クラウディアードが手を取って歩き出しても逃げることなく従った。
二人に朝の日の光が、降り注ぐ。
でたばかりの日は眩しくて、先程までバルコニーの屋根の下にいたアルディアンナは目を瞬かせた。
「こうやってゆっくり歩くのも久しいな」
クラウディアードの声は穏やかだ。
アルディアンナに意味も無く甘く、それで居て残酷な声色でもない。
幼く肩を並べて歩いていたときのようにゆっくりとしている。
「……そうだね」
「今日は珍しくアディの機嫌も良いみたいだな」
クラウディアードを咄嗟に見ると、まるで悪戯っぽく笑っている。
こうやって軽口を叩くのも、こうなる以前の時のようだ。
錯覚してしまいそうで、アルディアンナはクラウディアードから視線を逸らした。
「ねえ、クラウ……ベアティミリア様のところにはいかなくていいの?」
アルディアンナとて何も知らないわけではない。
国王陛下には美しい妃がおり、二人は誰もが憧れるお似合いの夫婦だと聞いている。
それなのに陛下はアルディアンナのところばかり居るような気がした。
もしかしたらアルディアンナの知らないところで、二人は会っているのかもしれない。
少しだけ胸が痛むような気がしたけれど、アルディアンナはそれに気付かぬふりをした。
「ああ……」
アルディアンナの質問にクラウディアードは笑みを消し、途端に無表情になった。
こうしているクラウディアードはぞっとするぐらいに冷たい。面立ちが美しいからこそ、迫力も数倍に感じる。
内心アルディアンナは怒らせたかと思うと恐ろしくなったが、今更自身の発言を消すことは出来ない。
そんな不安に戸惑うアルディアンナを察したのか、クラウディアードは表情を和らげるように変えて苦笑した。
「いや、すまない。ベアティミリア……との話をしていなかったな」
クラウディアードは庭園に備えられているベンチに座るように勧めた。
アルディアンナが勧められるままに座るとクラウディアードも隣に座る。最初から繋がれた手はそのままだ。
「アルディアンナ、私が愛しているのは真実お前だけだ」
手の甲にキスを落としながらの突然の告白にアルディアンナは驚く。
熱が篭ったように見つめる真剣な表情のクラウディアードに嘘偽りは見えない。
アルディアンナとて嬉しくないわけではないけど、やはり身分に拘ってしまうし身分だけではなく似合っていないことを知っている。
だからどうしても素直に受けとめるわけにはいかないアルディアンナはいまだ『柵の中』にいた。
そんな反応の返さないアルディアンナに少しだけ寂しそうな笑みを見せるが、クラウディアードは言葉を続けた。
「ベアティミリアのことは好いてはいるが愛してはいない。そしてベアティミリアも私のことは愛していない」
クラウディアードの言葉に、アルディアンナは首を傾げる。
その言葉は不可解で、何度頭の中で繰り返してもアルディアンナには理解できない。
怪訝な表情をしてもクラウディアードは語るのを止めず、解るように慎重に言葉を続ける。
「ベアティミリアとは婚姻が取り成される際、私たちは盟友であろうと誓った」
アルディアンナの知らない昔を思い返しているのだろうか。
クラウディアードは懐かしげにしてはいるが、それは決して楽しそうな表情ではなかった。
年に何度かしかない逢瀬でしか、アルディアンナは『クラウディアードという人』を知らない。
今だって、目の前に居る人は夢のようなのだから。
それこそベアティミリアの方が相応しいのではないかと思い浮かぶが、次の言葉でその考えも飛ぶ。
「私たちは互いを愛し合って婚姻を結んだわけではない。ベアティミリアとは幼馴染であるが彼女との間に愛は生まれなかった」
クラウディアードは淡々と語る。
あまりにも落ち着いた言葉に何でもないようにも思うが、もしかしてこれは聞いてはいけないことではないだろうか。
それでも、クラウディアードの言葉を待つことをやめなかった。
「ベアティミリアには他に愛している男がいる」
本来ならばありえない事だ。
真実に、ただアルディアンナは言葉を失うだけだった。