転生したら、大好きな母が病弱でした。私は舞台に上がります
頑張ってる女の子を書きました。
――転生してから十年。
前世の母は私を有名にしたかったらしい。
無意味だと思っていたボイストレーニングが役立った。
喉を開く技術と、幼いながらに音域の幅が広いこと。
それが人を呼んだ。
眩しいスポットライトが私の輪郭、私の全てを映し出す。
――でも、本当かしら。
影を完璧には消せないでしょう。
この舞台は、新たな影を生むだけだわ。
そのなかで、私は高らかに声を伸ばしていく。
会場に染み渡るように。
まるで、お綺麗な“人形”になったかのように――。
◇◇◇
今世の母は病気だった。
詳しい検査もできないこの世界で、母は死んでしまいそうだった。
お腹が空いた。
母はベッドに寝たきりで、十歳の私がなんとかするしかなかった。
朝から夜まで食堂で働き、食料を持って帰ってくる。
そして、母の薬代。
月に一度の薬代のために、一週間前から食費を減らす。
つらい。
毎日が精一杯だった。
街行く人々の笑顔に無性に腹が立った。
(私がこんなに不幸なのに!)
「なんで!なんであんたらは平気そうに、幸せそうに笑っているのよ!」
ある日、八つ当たりで殴りかかった。
「なんだ、この小汚い娘は?……邪魔だな、まったく。せっかくの街の風景を汚すだけの存在だ」
次の瞬間には、身の程を知った。
蹴り飛ばされ、投げ捨てられた。
私の痛みも、この生活も、彼らにとってはただの見たくない「もの」だった。
日銭を稼ぐのが精一杯だったのに。
いつしか家にいるのが嫌で、逃げ出すように夜の街をうろついた。
「お嬢さん、随分と可愛い顔をしているな」
身なりのいい男性に声をかけられた。
彼の靴を見る。
ぴかぴかに磨かれた靴は、張りぼてには見えない。
――売るか。
もう、それしか未来が見えない。
忌々しい今。
母の咳が増えた。
苦しそうな呼吸を聞いているのがつらい。
少し前までは、少しだけ生活もマシだったのに。
『……お前……将来は俺と……』
少年の面影が頭をよぎるが、無理やり振り払い、地面に投げ捨てた。
この瞬間に助けてくれないものは要らないのよ。
今、必要なの。
今、助けてほしいの。
それをこの選択に、この男に賭けてみる。
「ええ。よく言われるの。おじさんは私に何の用なの?」
◇◇◇
あの男は、劇場の関係者だった。
娼婦よりはマシだろうか。
それからの私は、毎日のように病床の母へ、練習がてらに歌を歌った。
「リゼは歌が上手ね」
「そうでしょう?私がお母さんをもう少しいい所に住まわせてあげるわ!」
母は私を褒めるたび、少しだけ悲しそうな顔をする。
私はそれに気づかないふりをする。
お互いにわかっている未来だ。
目をそらし、耳を塞ぎ。
今のこの時間さえも閉じ込めたい。
そんな時間だった。
思ったよりも私のお披露目が早かった。
ちょうど子供役が必要な舞台。
裏の事情なんて考えても仕方がない。
だって、目の前に針にかかった餌があるんだもの。
なにもせず沈むよりはいい。
針に掛からないように、餌を奪うのよ。
◇◇◇
初舞台から六年後。
――母が死んだ。
端役からのし上がった直後のことだった。
「よし、リゼット。今夜は満席だ」
団長はそう言って、舞台の陰から入場客を見せた。
なるほどね。
手鏡の中には、無気力な目と血色の悪さを白粉で隠した十六歳の少女がいた。
目尻の黒い線は、気が強そうに。
頬の紅は可憐に見えるように。
最後に唇を真っ赤に塗れば、母を亡くした娘はいなくなった。
私の前にいるのは、女優リゼットだ。
「三幕目、お前が客席に降りるところ。今日はボックス席に貴族が大勢いる」
高い場所にあるボックス席に目を向ける。
なるほど、離れているわ。
相当、声を張り上げないと。
「気に入られたら笑え。贈り物は断るな」
「はい。……でもあれは?」
一心不乱に私へ向かって、スケッチブックを広げている若者がいた。
……彼に見覚えがあった。
「ああ。お前のポスターを描いてもらう画家だ。まだ見習いだが……。今の画家も女優に食われちまってな……。毎度毎度、入れ替えが面倒だ」
団長は溜め息とともに、雑に手を振って答えた。
新人の絵描き、ね……。
「……へぇ」
「……ダンテです」
彼は、ペコリと頭を下げた。
私の目には、彼の帽子だけが映る。
ふーん。
「あんた……。そんな目で女優を見てるのね」
「いや……違う……!」
否定する少年に背を向けた。
別になんだっていい。
舞台袖から、私を呼ぶ拍手が聞こえた。
母は昼過ぎに息を引き取った。
葬儀は明日の朝になる。
「……わかってる、お母さん。やり遂げてみせるわ」
誰よりも見てほしかった人がいない。
もとより、それも望みが薄かった。
「リゼット、出番だ!」
私は笑って、光の中へ飛び出した。
◇◇◇
女優の敵は女であり、最大の理解者でもある。
最初は親切な人。
人の客を奪う人。
そして、嫌い合いながらも認めざるを得ない人。
「あんた、役を奪われるのが不安なの?」
ある日、先輩のセシーリアから話しかけられた。
まだまだ下っ端の私には遠い存在だ。
「……ええ、まあ。私の下にも出番を待ってる子が多いので……」
曖昧に濁そうと思ったが、なぜか本音が漏れた。
私の代わりはいくらでもいる。
これがプレッシャーなのかもしれないわ。
「まあ、そうね。明日、私と貴女が死んでも舞台に穴は開かない。でもね、私たちはライバルだけど……敵でもないわ」
そっと額に触れられる。
汗ばんだ肌に、冷たい手が心地よかった。
「団長。この子熱があるわ」
「セシーリアさん!」
「今のうちに万全にしておきなさい」
その時、若い画家のダンテが私の肩を支えていた。
気づかないうちに、倒れ込みそうになっていたらしい。
「……団長が期待の若手を連れてきたの。客対応も技術だけどね。私は、尊敬できる人間が好きなのよ」
劇場のホールは、どの角度からも演者が見える。
登場人物ごとにスポットライトがあり、台詞がある。
――皮肉だった。
皆がライバルで、相手に嫉妬して蹴落としながら。
それでも舞台の一員だった。
その日私は、初めて台本を机に置いて、ゆっくりとベッドに横になったのだった。
◇◇◇
「新人のマリエッタだ。さる高貴な方から推薦された!今回は彼女を主役に演るぞ」
特に珍しい話でもなかった。
どこぞの貴族が、無理やりねじ込んできたのだろう。
ストレートの金髪に青い目。
少し大きめの垂れた瞳に、小ぶりの唇。
これでは舞台映えしない。
役にも合わない。
新人を教育しようと、先輩が近づいていく。
ああ、あの表情を見る限り手痛い教育じゃないわね。
マリエッタに恩を売りたいのでしょう。
「勝手に触らないでくれるかしら。この容姿じゃなきゃ駄目なのよ。原作では、そんなケバい化粧なんてしないもの」
ぱしり、と乾いた音が響いた。
女同士の喧嘩はしょっちゅうだったが、これは予想外だ。
(あらら。最初からそれじゃあ、痛い目を見るわ。でも、原作……?)
団長が決めた主演だ。
皆だって、それは理解している。
以前セシーリアが私に言った言葉。
――その意味を、マリエッタは初舞台で身をもって知ることになるだろう。
「なんでタイミングを合わせないのよ!あそこでは、もっと早く、私に話しかけるべきでしょう!?」
幕が下りると、マリエッタは地団駄を踏んで周囲を責め始めた。
確かに、彼女たちのやり方も陰険だ。
だが、もともとは実力社会でもある。
「あら。誰かさんが立ち稽古も、私たちのことも不要扱いするからでしょう?無様な初舞台になっちゃったわねぇ」
一番年上のアニータが笑った。
少し肌が浅黒く、赤い口紅がよく馴染む女性だ。
「なによ。私に楯突くと、あとで後悔するわよ」
「へぇ、そうかい?今ごろ団長が後悔してるかもねぇ」
とっさに周りに合わせられなかった、それを観客へ見せたマリエッタの失態だ。
彼女の歌唱力では主演は厳しい。
もっと練習が必要なのは明らかだった。
「……ここで二年?あんたたちみたいな下品な女と?うんざりだわ」
この実力で主演をやらせるほど、団長は間抜けじゃない。
後はもう、彼女の努力次第だった。
「リゼット。このお嬢さんに、歌を教え込んでやりな」
「……うわ。関わりたくなかったけど……わかったわよ」
彼女に時間を割くなら、自分の練習がしたいのに。
でも、まだまだ序列の低い私は逆らえなかった。
「貴女がリゼット?……へえ。私のライバルね、よろしく」
「まあ……ライバルなのかしら。よろしく、マリエッタ」
ジロジロと不躾な視線を向けられる。
それにしても、マリエッタは何者だろう。
――原作か。私と同じく転生者、ねぇ。
私は一生誰にも明かすつもりはなかった。
どこで何が足を引っ張るかわからない。
◇◇◇
二十二歳になった頃には、私は王都でそれなりに格のある女優になっていた。
毎日さんざん我が儘を言って私を困らせたマリエッタも、ようやく見られる程度になった。
女優が一度微笑めば、宝石が届く。
マリエッタの後援者は顔と名前を出さない。
だが毎回、とても豪華な花束が届いていた。
「今夜、食事をどうかな」
ある日の公演後、侯爵が私の腰を抱いた。
「光栄ですわ。ですが……」
あ〜……団長が金勘定している姿が目に浮かぶ。
しかし、この方の本命はセシーリアだったはずだ。
ここで私に乗り換えられると困る。
「あら、セシーリアが来ましたよ」
彼女に譲るために身体を離す。
怒らせないように慎重に。
拒絶するなら、悲しげに。
女優は舞台の上より、降りてからの方が演技を要求される。
「リゼット。団長から話があるらしい」
昔と違い、低い声がした。
そこに居たのは、劇場のポスター画家のダンテだった。
「まあ、ダンテ!教えてくれてありがとう。次の配役のことかもしれないわ。………申し訳ございません、閣下」
振り返る前に、侯爵の手が私から離れた。
私の隣にセシーリアが並んだからだ。
女優には女優のルールがある。
後援者には後援者特有の流儀がある。
まあ、どこまで守るかは本人次第なんだけれど、ね。
室内履きに履き替えた時、足の裏に激痛が走った。
くそ、気をつけていたのに……!
数年前、アニータがやられた手口だ。
そこで得をした私たちは口を閉ざすしかなかった。
主演が入れ替わり、端役がメイン役を演じることになったのだ。
壁に寄りかかり、靴の裏を確認する。
――靴の中は確認したけど、靴底は盲点だったわ。
ダンテが私を抱きかかえようとする。
客の前では絶対に許されない行為だ、この馬鹿。
「リゼット。どうした?」
「……これは、殿下」
芸術を愛しているのか、それが見せる夢を愛しているのか。
この劇場へ、高貴で厄介な方が通うようになった。
――王弟アルベルト。
「リゼットを借りても?」
なぜか私に、よく声をかけてくるのよね。
ダンテの指が肩に食い込んで、痛い。
こんなところで、彼らがやり合ってもどうせ――。
「ええ……。ですが、そろそろ彼女が来ますよ。この足では無理ですわ。お相手を譲ります」
殿下が来ると、計ったように現れるマリエッタ。
前に彼女が言っていた「原作」という言葉を考えると――。
彼らに関わっても、ろくな事にならないわ。
「お久しぶりです、アルベルト殿下!会いに来てくださったのね……!」
「……ああ。頑張っているようだね、マリエッタ」
微妙に、殿下の顔が曇った。
「次は主演を取ってみせますわ!母が立っていた舞台に立つのが夢なんです……!」
「……そうか。応援しているよ」
前にアルベルト殿下とマリエッタの繋がりを見てしまったのよね。
団長の部屋で、ちょこっとだけ、ね。
マリエッタの母は有名な女優だった。
しかし、アルベルト殿下のお忍びの馬車に轢かれて亡くなったらしい。
罪滅ぼしを兼ねてなのか、私にはわからないけども。
(マリエッタの後援者はこの方でしょうね)
マリエッタが来て後ろに下がれた私は、ようやく溜め息をついた。
「助かったわ。早く治療しないと……」
「一番いい薬を持ってくる。いいのか?大方、犯人はあいつだろ」
ダンテが、嬉しそうに口元に手を当てて笑っているマリエッタを顎で示した。
でも、だからといって何だというのか。
「馬鹿ね。マリエッタを責めるだけじゃ終わらないのよ。彼女を後援してきた王族にも泥を浴びせることになる。……だからあの時、アニータが黙ったんでしょう」
「腹が立つな。あいつはいつも、そうやって見過ごされる」
ダンテの眉間に、深いしわが刻まれた。
劇団内でのマリエッタの評判は、相変わらずだった。
「……奇遇ですね。私もです」
ダンテと私の会話に、別の声が割り込んできた。
いつの間にいたのか。
そもそも、マリエッタはどうしたの?
見ると、マリエッタを他の男性に押しつけてきたらしい。
殿下は美しい顔で、眉を下げて笑った。
私が気軽に話しかけられる方ではないのよね……。
深刻そうな面持ちで、さらに深刻そうな声音で殿下は呟いた。
「これを彼女が?」
自分が後援している女優が起こしたことだ。
証拠がなくても、気になるのかもしれない。
ダンテに抱き上げられた私の足の裏が晒されている。
――なんて羞恥……!
いえ!
私は女優よ。頬が引きつっても笑顔で話さなければ。
「……あ〜。あの、あまり晒していて嬉しいものではありませんわ」
取っておきの“恥じらう女”を演じているのに、この男ども……!
「これでは、化膿する可能性が……」
駄洒落ならどうよ?……いや親父か、私。
「これが、あの女の手口ですよ。皆が知っていて、口に出せない……。立派な後ろ盾があるからでしょうね」
「……私が、後ろ盾だからか」
イエスともノーとも言えず、私はそっとドレスの裾を手で引っ張った。
◇◇◇
次の演目が決まった。
配役は後日、軽いオーディションで決めるらしい。
よくある形だから、気にもとめなかった。
「……来たわ!ここよ、この場面よ!だって私が二十歳になる直前の舞台だもの!」
「……マリエッタ?」
ギラギラと光る瞳で、口元には美しい笑みを浮かべている。
そんなマリエッタに不安を覚えて呼びかけた。
「ねぇ、リゼットは私の友達よね?……あんたはただの私の引き立て役。そして私の取り巻きでしょう?」
「痛いわ、マリエッタ……。私は、あ、貴女の友人よ。だとしたら、なんだって言うのよ……」
マリエッタの取り巻き?
なるほど、私はその位置なのか。
そんな気は全くないけれど、今の彼女に何を言っても無駄なのはわかる。
「次の公演の貴女の役、私に譲ってくれない?」
「……うーーん、ごめんなさい。譲るなんてできないのよ。昔、それで何人か女優がクビになったじゃない?」
私の言葉に、あからさまに眉をつり上げ、睨んできた。
あー、今の顔。悪女役ならぴったりなのにねぇ。
女優になって二年も経つのだから、マリエッタもここのルールはわかっているはずなのに。
「役に立たないわね!……じゃあいいわ。……どうしようかしら」
なんでこう、マリエッタはいちいち苛立たせることを言うのかしら。
そんな気持ちに蓋をして聞き返す。
「大体、配役もまだ先よ。貴女は演じる役を知っているの?」
「ええ!そんなの私が主演に決まっているでしょう!そう描かれていたもの!」
――また原作、かしら。
でも、順当にいけば主演はセシーリアだ。
次点は私かアメリアか、その辺りだろう。
でも、マリエッタの中では決定事項なのね……。
それが少しだけ私の不安を煽った。
――数日後。
結局オーディションで主役を争うのは、セシーリアと私の二人に決まった。
◇◇◇
――オーディション当日。
その日は朝からおかしかった。
なぜかマリエッタが主役の台詞を読み込んでいる。
裏方の顔ぶれが違う。
オーディションを舞台でやるのもおかしかった。
……誰の希望かは、想像がつくけれど。
それとなく、ダンテに危険性を伝えた。
私が一番危険視しているのは、この舞台装置だ。
レバーを押せば床が開き、下から人物が迫り上がる。
――前世でも事故が多かったしね……。
オーディションには、アルベルト殿下も来ていた。
どうやらマリエッタには内緒らしい。
マリエッタ。
二年間の付き合いだ。
たったそれだけの関係だけれど。
(貴女の選ぶ道がそのまま、エンディングを決めるかもしれないわ)
オーディションの最初は、主役からだった。
主演候補の私とセシーリアの二人が、メインの歌を披露する。
私が歌い出した、その瞬間。
――ガコン。
足元の床が抜け、身体が底に落ちていった。
「リゼット!!」
隣で出番を待っていたセシーリアが、素早い動きで走り込んできた。
馬鹿。
貴女を守るために、順番も変更させたのに……!
「殿下……!舞台装置を――!」
私は必死に、どこかで見ているアルベルト殿下へ向けて声を上げた。
奈落には事前にクッションを敷き詰めている。
万一の為にダンテも受け止めてくれる予定だった。
想定外だったろうに、セシーリアを一緒に抱きとめた彼は、下敷きになりながらも、堪えきれないように笑った。
「お前……もうちょっとこっちの都合も考えろよ」
「……ありがとう。ここにいてくれて」
ダンテ。
彼が、あの子だと気づいたのはいつだったか。
“あの時”は助けてくれなかった。
でも、今。
今になって助けてくれた。
「ねぇ……。大人になった貴方になら言ってもいいかしら」
「何を?」
「私、あの日ね……。貴方以外に助けられるなら、死んでもよかったのよ」
私の言葉に、ダンテが笑った。
「嘘つきだな。お前は、一人でも生きていける。俺が未練がましく、くっついていただけだ」
「……ふふ。お母さんが喜んじゃうわね」
笑い合う私たちの直ぐ側で、深い溜め息がつかれた。
「あんたら、甘ったるくて見てられないのよ……!ちょっと、私を忘れないで!」
◇◇◇
あの日。
殿下は奈落から這い上がってきた私たちを見るなり、表情を変えた。
――なるほど。これが本来の彼なのね。
どちらにしろ、最初から私とは違う世界の人だった。
手早く舞台裏の人間を捕らえ、さらには柔和な雰囲気を捨て去り、マリエッタを捕らえたという。
そして今。
「見て見て!さすが、セシーリアだわ!大絶賛じゃないの!」
私は荷馬車に揺られ、その記事を隣の彼に見せつけた。
今は、王都から遠く離れた田舎へ移動中だ。
殿下からのお詫びを兼ねた、贅沢な補償でもある。
なんと、仕事と家つき!
とっても贅沢で素晴らしいわ!
「ねえ、ちょっと。聞いてるの?」
スケッチブックで背景を描いていた彼が少し迷惑そうに答える。
「君が主演でも、同じように結果を出していたと思うけど?」
ふふふ。そうかもしれない。
でも、それって重要かしら。
私は、杖がなければ三十分も立っていられなくなった。
それを嘆く記事も多かった。
それでも……。
「私はずっと、誰かのために歌っていたの。最初はお母さんのため。次は自分のため」
「……うん」
ダンテがそっと私の足に触れた。
「次は、田舎で退屈している人たちのために、自由に歌ってもいいじゃない!観客に違いはないもの!お代は野菜でも、褒め言葉でもなんでもいいわ」
「リゼらしいね」
ダンテは、柔らかく目元を緩ませた。
これから、彼には迷惑をかけるのかもしれない。
そんな不安が付き纏うけれど。
――でも、私はどんな所でも歌ってみせる。
木漏れ日が、ちらちらと目を刺してくる。
私たちと荷馬車を暖かく照らす。
でもこれは、あのギラギラとしたスポットライトじゃないわ。
私、歌は好きなのよ。
特に、私を好きでいてくれる人に歌うのがね。
「ダンテ、貴方のために歌ってあげようか。でも、そのスケッチブックと交換よ!」
「それは駄目だ……!」
彼の指に触れ、緩んだところでスケッチブックを奪い取った。
「リゼ!」
けれど、彼に手首を掴まれ、そのまま取り返されてしまった。
「……駄目だって言っただろ」
――知っている。一度、中身を見てしまったから。
「……駄目なわけないじゃない。貴方の気持ちが、表れている気がして嬉しかったのよ」
真っ赤になった耳と顔をスケッチブックで隠すダンテ。
それに気づかないふりをして、私は何曲も恋の歌を歌ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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