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転生したら、大好きな母が病弱でした。私は舞台に上がります

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/10/07

頑張ってる女の子を書きました。


 ――転生してから十年。


 前世の母は私を有名にしたかったらしい。

 無意味だと思っていたボイストレーニングが役立った。

 喉を開く技術と、幼いながらに音域の幅が広いこと。

 それが人を呼んだ。


 眩しいスポットライトが私の輪郭、私の全てを映し出す。

 ――でも、本当かしら。


 影を完璧には消せないでしょう。

 この舞台は、新たな影を生むだけだわ。


 そのなかで、私は高らかに声を伸ばしていく。

 会場に染み渡るように。

 まるで、お綺麗な“人形”になったかのように――。


 ◇◇◇


 今世の母は病気だった。

 詳しい検査もできないこの世界で、母は死んでしまいそうだった。

 お腹が空いた。

 母はベッドに寝たきりで、十歳の私がなんとかするしかなかった。


 朝から夜まで食堂で働き、食料を持って帰ってくる。

 そして、母の薬代。

 月に一度の薬代のために、一週間前から食費を減らす。


 つらい。

 毎日が精一杯だった。

 街行く人々の笑顔に無性に腹が立った。


(私がこんなに不幸なのに!)


「なんで!なんであんたらは平気そうに、幸せそうに笑っているのよ!」


 ある日、八つ当たりで殴りかかった。


「なんだ、この小汚い娘は?……邪魔だな、まったく。せっかくの街の風景を汚すだけの存在だ」


 次の瞬間には、身の程を知った。

 蹴り飛ばされ、投げ捨てられた。


 私の痛みも、この生活も、彼らにとってはただの見たくない「もの」だった。


 日銭を稼ぐのが精一杯だったのに。

 いつしか家にいるのが嫌で、逃げ出すように夜の街をうろついた。


「お嬢さん、随分と可愛い顔をしているな」


 身なりのいい男性に声をかけられた。

 彼の靴を見る。

 ぴかぴかに磨かれた靴は、張りぼてには見えない。


 ――売るか。


 もう、それしか未来が見えない。

 忌々しい今。

 母の咳が増えた。

 苦しそうな呼吸を聞いているのがつらい。


 少し前までは、少しだけ生活もマシだったのに。


『……お前……将来は俺と……』


 少年の面影が頭をよぎるが、無理やり振り払い、地面に投げ捨てた。

 この瞬間に助けてくれないものは要らないのよ。

 今、必要なの。

 今、助けてほしいの。

 それをこの選択に、この男に賭けてみる。


「ええ。よく言われるの。おじさんは私に何の用なの?」


 ◇◇◇


 あの男は、劇場の関係者だった。

 娼婦よりはマシだろうか。


 それからの私は、毎日のように病床の母へ、練習がてらに歌を歌った。


「リゼは歌が上手ね」

「そうでしょう?私がお母さんをもう少しいい所に住まわせてあげるわ!」


 母は私を褒めるたび、少しだけ悲しそうな顔をする。

 私はそれに気づかないふりをする。


 お互いにわかっている未来だ。

 目をそらし、耳を塞ぎ。

 今のこの時間さえも閉じ込めたい。

 そんな時間だった。


 思ったよりも私のお披露目が早かった。

 ちょうど子供役が必要な舞台。


 裏の事情なんて考えても仕方がない。

 だって、目の前に針にかかった餌があるんだもの。

 なにもせず沈むよりはいい。

 針に掛からないように、餌を奪うのよ。


 ◇◇◇

 

 初舞台から六年後。

 

 ――母が死んだ。

 端役からのし上がった直後のことだった。


「よし、リゼット。今夜は満席だ」


 団長はそう言って、舞台の陰から入場客を見せた。

 なるほどね。

 手鏡の中には、無気力な目と血色の悪さを白粉で隠した十六歳の少女がいた。


 目尻の黒い線は、気が強そうに。

 頬の紅は可憐に見えるように。

 最後に唇を真っ赤に塗れば、母を亡くした娘はいなくなった。


 私の前にいるのは、女優リゼットだ。


「三幕目、お前が客席に降りるところ。今日はボックス席に貴族が大勢いる」


 高い場所にあるボックス席に目を向ける。

 なるほど、離れているわ。

 相当、声を張り上げないと。


「気に入られたら笑え。贈り物は断るな」

「はい。……でもあれは?」


 一心不乱に私へ向かって、スケッチブックを広げている若者がいた。

 ……彼に見覚えがあった。


「ああ。お前のポスターを描いてもらう画家だ。まだ見習いだが……。今の画家も女優に食われちまってな……。毎度毎度、入れ替えが面倒だ」


 団長は溜め息とともに、雑に手を振って答えた。

 新人の絵描き、ね……。


「……へぇ」

「……ダンテです」


 彼は、ペコリと頭を下げた。

 私の目には、彼の帽子だけが映る。

 ふーん。


「あんた……。そんな目で女優を見てるのね」

「いや……違う……!」


 否定する少年に背を向けた。

 別になんだっていい。


 舞台袖から、私を呼ぶ拍手が聞こえた。


 母は昼過ぎに息を引き取った。

 葬儀は明日の朝になる。


「……わかってる、お母さん。やり遂げてみせるわ」


 誰よりも見てほしかった人がいない。

 もとより、それも望みが薄かった。


「リゼット、出番だ!」


 私は笑って、光の中へ飛び出した。


 ◇◇◇


 女優の敵は女であり、最大の理解者でもある。


 最初は親切な人。

 人の客を奪う人。

 そして、嫌い合いながらも認めざるを得ない人。


「あんた、役を奪われるのが不安なの?」


 ある日、先輩のセシーリアから話しかけられた。

 まだまだ下っ端の私には遠い存在だ。


「……ええ、まあ。私の下にも出番を待ってる子が多いので……」


 曖昧に濁そうと思ったが、なぜか本音が漏れた。

 私の代わりはいくらでもいる。

 これがプレッシャーなのかもしれないわ。


「まあ、そうね。明日、私と貴女が死んでも舞台に穴は開かない。でもね、私たちはライバルだけど……敵でもないわ」


 そっと額に触れられる。

 汗ばんだ肌に、冷たい手が心地よかった。


「団長。この子熱があるわ」

「セシーリアさん!」

「今のうちに万全にしておきなさい」


 その時、若い画家のダンテが私の肩を支えていた。

 気づかないうちに、倒れ込みそうになっていたらしい。


「……団長が期待の若手を連れてきたの。客対応も技術だけどね。私は、尊敬できる人間が好きなのよ」


 劇場のホールは、どの角度からも演者が見える。

 登場人物ごとにスポットライトがあり、台詞がある。


 ――皮肉だった。


 皆がライバルで、相手に嫉妬して蹴落としながら。

 それでも舞台の一員だった。


 その日私は、初めて台本を机に置いて、ゆっくりとベッドに横になったのだった。


 ◇◇◇ 



「新人のマリエッタだ。さる高貴な方から推薦された!今回は彼女を主役に演るぞ」


 特に珍しい話でもなかった。

 どこぞの貴族が、無理やりねじ込んできたのだろう。

 ストレートの金髪に青い目。

 少し大きめの垂れた瞳に、小ぶりの唇。


 これでは舞台映えしない。

 役にも合わない。

 新人を教育しようと、先輩が近づいていく。

 ああ、あの表情を見る限り手痛い教育じゃないわね。

 マリエッタに恩を売りたいのでしょう。


「勝手に触らないでくれるかしら。この容姿じゃなきゃ駄目なのよ。原作では、そんなケバい化粧なんてしないもの」


 ぱしり、と乾いた音が響いた。

 女同士の喧嘩はしょっちゅうだったが、これは予想外だ。


(あらら。最初からそれじゃあ、痛い目を見るわ。でも、原作……?)


 団長が決めた主演だ。

 皆だって、それは理解している。

 以前セシーリアが私に言った言葉。

 

 ――その意味を、マリエッタは初舞台で身をもって知ることになるだろう。




「なんでタイミングを合わせないのよ!あそこでは、もっと早く、私に話しかけるべきでしょう!?」


 幕が下りると、マリエッタは地団駄を踏んで周囲を責め始めた。

 確かに、彼女たちのやり方も陰険だ。

 だが、もともとは実力社会でもある。


「あら。誰かさんが立ち稽古も、私たちのことも不要扱いするからでしょう?無様な初舞台になっちゃったわねぇ」


 一番年上のアニータが笑った。

 少し肌が浅黒く、赤い口紅がよく馴染む女性だ。


「なによ。私に楯突くと、あとで後悔するわよ」

「へぇ、そうかい?今ごろ団長が後悔してるかもねぇ」


 とっさに周りに合わせられなかった、それを観客へ見せたマリエッタの失態だ。


 彼女の歌唱力では主演は厳しい。

 もっと練習が必要なのは明らかだった。


「……ここで二年?あんたたちみたいな下品な女と?うんざりだわ」


 この実力で主演をやらせるほど、団長は間抜けじゃない。

 後はもう、彼女の努力次第だった。


「リゼット。このお嬢さんに、歌を教え込んでやりな」

「……うわ。関わりたくなかったけど……わかったわよ」


 彼女に時間を割くなら、自分の練習がしたいのに。

 でも、まだまだ序列の低い私は逆らえなかった。


「貴女がリゼット?……へえ。私のライバルね、よろしく」

「まあ……ライバルなのかしら。よろしく、マリエッタ」


 ジロジロと不躾な視線を向けられる。

 それにしても、マリエッタは何者だろう。


 ――原作か。私と同じく転生者、ねぇ。

 私は一生誰にも明かすつもりはなかった。

 どこで何が足を引っ張るかわからない。


 ◇◇◇



 二十二歳になった頃には、私は王都でそれなりに格のある女優になっていた。


 毎日さんざん我が儘を言って私を困らせたマリエッタも、ようやく見られる程度になった。


 女優が一度微笑めば、宝石が届く。


 マリエッタの後援者は顔と名前を出さない。

 だが毎回、とても豪華な花束が届いていた。


「今夜、食事をどうかな」


 ある日の公演後、侯爵が私の腰を抱いた。


「光栄ですわ。ですが……」


 あ〜……団長が金勘定している姿が目に浮かぶ。

 しかし、この方の本命はセシーリアだったはずだ。

 ここで私に乗り換えられると困る。


「あら、セシーリアが来ましたよ」


 彼女に譲るために身体を離す。


 怒らせないように慎重に。

 拒絶するなら、悲しげに。


 女優は舞台の上より、降りてからの方が演技を要求される。


「リゼット。団長から話があるらしい」


 昔と違い、低い声がした。

 そこに居たのは、劇場のポスター画家のダンテだった。


「まあ、ダンテ!教えてくれてありがとう。次の配役のことかもしれないわ。………申し訳ございません、閣下」


 振り返る前に、侯爵の手が私から離れた。

 私の隣にセシーリアが並んだからだ。


 女優には女優のルールがある。

 後援者には後援者特有の流儀がある。

 まあ、どこまで守るかは本人次第なんだけれど、ね。


 室内履きに履き替えた時、足の裏に激痛が走った。

 くそ、気をつけていたのに……!


 数年前、アニータがやられた手口だ。

 そこで得をした私たちは口を閉ざすしかなかった。

 主演が入れ替わり、端役がメイン役を演じることになったのだ。


 壁に寄りかかり、靴の裏を確認する。


 ――靴の中は確認したけど、靴底は盲点だったわ。


 ダンテが私を抱きかかえようとする。

 客の前では絶対に許されない行為だ、この馬鹿。


「リゼット。どうした?」

「……これは、殿下」


 芸術を愛しているのか、それが見せる夢を愛しているのか。

 この劇場へ、高貴で厄介な方が通うようになった。

 ――王弟アルベルト。


「リゼットを借りても?」


 なぜか私に、よく声をかけてくるのよね。

 ダンテの指が肩に食い込んで、痛い。

 こんなところで、彼らがやり合ってもどうせ――。


「ええ……。ですが、そろそろ彼女が来ますよ。この足では無理ですわ。お相手を譲ります」


 殿下が来ると、計ったように現れるマリエッタ。

 前に彼女が言っていた「原作」という言葉を考えると――。

 彼らに関わっても、ろくな事にならないわ。


「お久しぶりです、アルベルト殿下!会いに来てくださったのね……!」

「……ああ。頑張っているようだね、マリエッタ」


 微妙に、殿下の顔が曇った。


「次は主演を取ってみせますわ!母が立っていた舞台に立つのが夢なんです……!」

「……そうか。応援しているよ」


 前にアルベルト殿下とマリエッタの繋がりを見てしまったのよね。

 団長の部屋で、ちょこっとだけ、ね。


 マリエッタの母は有名な女優だった。

 しかし、アルベルト殿下のお忍びの馬車に轢かれて亡くなったらしい。

 罪滅ぼしを兼ねてなのか、私にはわからないけども。


 (マリエッタの後援者はこの方でしょうね)


 マリエッタが来て後ろに下がれた私は、ようやく溜め息をついた。


「助かったわ。早く治療しないと……」

「一番いい薬を持ってくる。いいのか?大方、犯人はあいつだろ」


 ダンテが、嬉しそうに口元に手を当てて笑っているマリエッタを顎で示した。

 でも、だからといって何だというのか。


「馬鹿ね。マリエッタを責めるだけじゃ終わらないのよ。彼女を後援してきた王族にも泥を浴びせることになる。……だからあの時、アニータが黙ったんでしょう」


「腹が立つな。あいつはいつも、そうやって見過ごされる」


 ダンテの眉間に、深いしわが刻まれた。

 劇団内でのマリエッタの評判は、相変わらずだった。


「……奇遇ですね。私もです」

 

 ダンテと私の会話に、別の声が割り込んできた。

 いつの間にいたのか。

 そもそも、マリエッタはどうしたの?

 見ると、マリエッタを他の男性に押しつけてきたらしい。

 殿下は美しい顔で、眉を下げて笑った。


 私が気軽に話しかけられる方ではないのよね……。

 深刻そうな面持ちで、さらに深刻そうな声音で殿下は呟いた。


「これを彼女が?」


 自分が後援している女優が起こしたことだ。

 証拠がなくても、気になるのかもしれない。

 ダンテに抱き上げられた私の足の裏が晒されている。


 ――なんて羞恥……!

 いえ!

 私は女優よ。頬が引きつっても笑顔で話さなければ。


「……あ〜。あの、あまり晒していて嬉しいものではありませんわ」


 取っておきの“恥じらう女”を演じているのに、この男ども……!


「これでは、化膿する可能性が……」


 駄洒落ならどうよ?……いや親父か、私。


「これが、あの女の手口ですよ。皆が知っていて、口に出せない……。立派な後ろ盾があるからでしょうね」

「……私が、後ろ盾だからか」


 イエスともノーとも言えず、私はそっとドレスの裾を手で引っ張った。


 ◇◇◇


 次の演目が決まった。


 配役は後日、軽いオーディションで決めるらしい。

 よくある形だから、気にもとめなかった。


「……来たわ!ここよ、この場面よ!だって私が二十歳になる直前の舞台だもの!」

「……マリエッタ?」


 ギラギラと光る瞳で、口元には美しい笑みを浮かべている。

 そんなマリエッタに不安を覚えて呼びかけた。


「ねぇ、リゼットは私の友達よね?……あんたはただの私の引き立て役。そして私の取り巻きでしょう?」


「痛いわ、マリエッタ……。私は、あ、貴女の友人よ。だとしたら、なんだって言うのよ……」


 マリエッタの取り巻き?

 なるほど、私はその位置なのか。

 そんな気は全くないけれど、今の彼女に何を言っても無駄なのはわかる。


「次の公演の貴女の役、私に譲ってくれない?」

「……うーーん、ごめんなさい。譲るなんてできないのよ。昔、それで何人か女優がクビになったじゃない?」


 私の言葉に、あからさまに眉をつり上げ、睨んできた。

 あー、今の顔。悪女役ならぴったりなのにねぇ。

 女優になって二年も経つのだから、マリエッタもここのルールはわかっているはずなのに。


「役に立たないわね!……じゃあいいわ。……どうしようかしら」


 なんでこう、マリエッタはいちいち苛立たせることを言うのかしら。

 そんな気持ちに蓋をして聞き返す。


「大体、配役もまだ先よ。貴女は演じる役を知っているの?」

「ええ!そんなの私が主演に決まっているでしょう!そう描かれていたもの!」


 ――また原作、かしら。


 でも、順当にいけば主演はセシーリアだ。

 次点は私かアメリアか、その辺りだろう。


 でも、マリエッタの中では決定事項なのね……。

 それが少しだけ私の不安を煽った。


 ――数日後。

 結局オーディションで主役を争うのは、セシーリアと私の二人に決まった。


 ◇◇◇


 ――オーディション当日。

 その日は朝からおかしかった。


 なぜかマリエッタが主役の台詞を読み込んでいる。

 裏方の顔ぶれが違う。

 オーディションを舞台でやるのもおかしかった。

 ……誰の希望かは、想像がつくけれど。


 それとなく、ダンテに危険性を伝えた。

 私が一番危険視しているのは、この舞台装置だ。

 レバーを押せば床が開き、下から人物が迫り上がる。


 ――前世でも事故が多かったしね……。


 オーディションには、アルベルト殿下も来ていた。

 どうやらマリエッタには内緒らしい。


 マリエッタ。

 二年間の付き合いだ。

 たったそれだけの関係だけれど。


(貴女の選ぶ道がそのまま、エンディングを決めるかもしれないわ)


 オーディションの最初は、主役からだった。

 主演候補の私とセシーリアの二人が、メインの歌を披露する。

 私が歌い出した、その瞬間。


 ――ガコン。


 足元の床が抜け、身体が底に落ちていった。


「リゼット!!」


 隣で出番を待っていたセシーリアが、素早い動きで走り込んできた。

 馬鹿。

 貴女を守るために、順番も変更させたのに……!


「殿下……!舞台装置を――!」


 私は必死に、どこかで見ているアルベルト殿下へ向けて声を上げた。

 奈落には事前にクッションを敷き詰めている。

 万一の為にダンテも受け止めてくれる予定だった。


 想定外だったろうに、セシーリアを一緒に抱きとめた彼は、下敷きになりながらも、堪えきれないように笑った。


「お前……もうちょっとこっちの都合も考えろよ」

「……ありがとう。ここにいてくれて」


 ダンテ。

 彼が、あの子だと気づいたのはいつだったか。

 “あの時”は助けてくれなかった。

 でも、今。

 今になって助けてくれた。


「ねぇ……。大人になった貴方になら言ってもいいかしら」

「何を?」

「私、あの日ね……。貴方以外に助けられるなら、死んでもよかったのよ」


 私の言葉に、ダンテが笑った。


「嘘つきだな。お前は、一人でも生きていける。俺が未練がましく、くっついていただけだ」

「……ふふ。お母さんが喜んじゃうわね」


 笑い合う私たちの直ぐ側で、深い溜め息がつかれた。


「あんたら、甘ったるくて見てられないのよ……!ちょっと、私を忘れないで!」


 ◇◇◇


 あの日。

 殿下は奈落から這い上がってきた私たちを見るなり、表情を変えた。


 ――なるほど。これが本来の彼なのね。

 どちらにしろ、最初から私とは違う世界の人だった。


 手早く舞台裏の人間を捕らえ、さらには柔和な雰囲気を捨て去り、マリエッタを捕らえたという。


 そして今。


「見て見て!さすが、セシーリアだわ!大絶賛じゃないの!」


 私は荷馬車に揺られ、その記事を隣の彼に見せつけた。

 今は、王都から遠く離れた田舎へ移動中だ。

 殿下からのお詫びを兼ねた、贅沢な補償でもある。

 

 なんと、仕事と家つき!

 とっても贅沢で素晴らしいわ!


「ねえ、ちょっと。聞いてるの?」


 スケッチブックで背景を描いていた彼が少し迷惑そうに答える。


「君が主演でも、同じように結果を出していたと思うけど?」


 ふふふ。そうかもしれない。

 でも、それって重要かしら。


 私は、杖がなければ三十分も立っていられなくなった。

 それを嘆く記事も多かった。


 それでも……。


「私はずっと、誰かのために歌っていたの。最初はお母さんのため。次は自分のため」


「……うん」


 ダンテがそっと私の足に触れた。


「次は、田舎で退屈している人たちのために、自由に歌ってもいいじゃない!観客に違いはないもの!お代は野菜でも、褒め言葉でもなんでもいいわ」


「リゼらしいね」


 ダンテは、柔らかく目元を緩ませた。

 これから、彼には迷惑をかけるのかもしれない。

 そんな不安が付き纏うけれど。


 ――でも、私はどんな所でも歌ってみせる。


 木漏れ日が、ちらちらと目を刺してくる。

 私たちと荷馬車を暖かく照らす。


 でもこれは、あのギラギラとしたスポットライトじゃないわ。


 私、歌は好きなのよ。

 特に、私を好きでいてくれる人に歌うのがね。


「ダンテ、貴方のために歌ってあげようか。でも、そのスケッチブックと交換よ!」

「それは駄目だ……!」


 彼の指に触れ、緩んだところでスケッチブックを奪い取った。


「リゼ!」


 けれど、彼に手首を掴まれ、そのまま取り返されてしまった。


「……駄目だって言っただろ」


 ――知っている。一度、中身を見てしまったから。


「……駄目なわけないじゃない。貴方の気持ちが、表れている気がして嬉しかったのよ」


 真っ赤になった耳と顔をスケッチブックで隠すダンテ。


 それに気づかないふりをして、私は何曲も恋の歌を歌ったのだった。


 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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