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プロローグ



「ーーきて、起きてください、陽鞠さま。もう朝の七時を回っております」


 曙光涼しき春の朝。起床の時刻を回りに回っているにも関わらず、一向に目覚める気配の無い主人の身体を起きて下さいとゆさゆさ揺さぶるメイド服の少女。


 少女の名前は千鶴 セツナ(ちづる せつな)。六花の如く透き通ったハーフアップと、夕暮れ色の瞳が特徴的な、機械の身体を以て生まれた機械仕掛けの少女である。元々は開発者の下で暮らしていたが、ひと月ほど前から開発者の紹介によりここで暮らし始め、今は主人の身の回りの世話など、おおよそ召使いのようなことをしている。


「ん……ああ……。おはよう、セツナ」

「はい。おはようございます、陽鞠さま。今日は八時には出発するのでしょう。朝の支度を急いで下さい」

「はぁい」


 寝室まで来た甲斐あって漸く目覚めたセツナの主人は、翡翠の瞳を滲ませて、今も呑気に欠伸をしている。


 主人の名前は千鶴 陽鞠(ちづる ひまり)。マリーゴールドを思わせる華やかな橙色のボブと、雨上がりの草原を閉じ込めたような翡翠の瞳が美しい、セツナの愛するべき主人である。


 今はこんな状態であるが、普段は才色兼備の体現者とまで云われる朝日の様に穏やかな才女である。そんな彼女は、朝は見えることもお構いなしな扇情的な格好でいるので、セツナは上から羽織るものを掛けてさしあげる。季節の変わり目は気温や気圧の変化で不調を起こしやすいのだ。

 陽鞠は衣類を受け取ると、ふわりと花のような微笑みを向ける。


「ありがとう。わざわざごめんね」

「いえ、当然のことをしたまでです。それでは、朝食は冷めないうちに」


 関係は今のところ良好。気休め程度の服装のままで陽鞠が寝室を発つのを見送ると、セツナは部屋に残って布団などを整えながら、今日までの日々を独り振り返る。


 いつも通りの朝。なんてこと無い会話。

 ありふれた日常と、平凡な一日の始まり。

 そこに感動はなくも、充実した毎日と言える。だが。


 陽鞠の足音が遠退いた事を確認してから、セツナは花の残り香がする毛布を抱き締めるようにして、顔を埋める。


「……私はどうすればいいのでしょう」


 千鶴 セツナ(ちづる せつな)は今の日常に満足をしてはいけない。

 より正確に言えば、セツナは陽鞠との関係値において今以上を貪欲に求めなければならない。

 なぜなら、召使いを装うセツナには、陽鞠にも秘密の使命がある。それはーー


「私は、どうすれば陽鞠さまの想い人になれるでしょうか」


 命無しと自称する機械には難解すぎる趣旨不明な使命。それは、主である千鶴 陽鞠の恋人になることである。

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