携帯が鳴るたびに
好きな人の携帯が何度も鳴ると、気になりますよね。
携帯の音が鳴って、夫はそそくさと居間を出て行った。
これで、三回目。
今日だけで三回目。
携帯の電子音が鳴るたびに、わたしは同じ数だけ、ため息をつく。
夫は最近帰りが遅い。
不景気だと言うのに、休日出勤もざら。
今日も土曜日なのに、頻繁に携帯に呼び出された。
彼に聞いても、「仕事だよ」のひと言。
まさか。
でも。
不安が頭をよぎる。
こっそり夫の携帯を見ようとしたことが、何度もあった。
彼を信じたい。
信じなければ……。
真実を知るのがこわくて、元の場所に戻した。
夫がスーツを持って、居間に戻ってきた。
わたしは、ソファから立ち上がった。
「また、仕事なの?」
「ああ」
短い返事をして、彼は着替え始めた。
「上司から応援を頼まれちゃってね」
「そう……」
せっかくの土曜の夜なのに。
悲しくなって、うつむいた。
そんなわたしを、彼がふいに抱き寄せた。
「新婚なのに全然ゆっくりできなくて、ごめんな」
小さな子供をあやすように、わたしの背中を撫でる。
わたしは目を閉じて、彼の手のひらを感じた。
そうだ、私は選んだのだ。
この手を。
たとえ彼に裏切られていたとしても、わたしは……。
わたしは……。
彼を愛してる。
わたしには、彼しかいないのだから。
「うん、いいの。帰ってくるまで待ってる」
決意をこめた眼差しで、彼を見上げた。
「バカだなあ、先に寝てていいのに」
彼が優しく微笑む。
そして、唇を重ねた。
「できるだけ早く帰ってくるよ」
玄関先で靴を履きながら、彼は言った。
「気をつけてね」
「ああ」
彼はドアの取っ手に手をかけた。
「ちょっと、待って」
「なに?」
「ほら、忘れてるわよ」
わたしは、彼の仕事道具を差し出した。
黒いフード付のマント。
それに背丈ほどの長さの鎌。
彼は、しまったという顔をした。
「オレ、相当呆けてんなあ」
「ふふ、疲れてるのよ」
わたしは笑いながら、彼の肩にマントをかけた。
「仕方ないんだ。あちこち不景気で、自殺者が急増しててね」
彼は間をおいて言った。
「魂を回収するのが、たいへんだ」
「えっ、そうなの?」
じゃあ、頻繁に携帯が鳴ってたのは、そのせいだったのね。
「わ、わたし、てっきり他に女の人がいるのかと……。ごめんなさい」
「そんなこと考えてたのか?」
彼は驚いて、目を丸くした。
「オレのために人間界を捨てたお前を、そんな目に合わす訳ないだろう?」
彼は鎌を手に持ち、黒いマントを大きく翻す。
そして不敵な笑みを浮かべた。
「お前は、死神のオレを選んでくれたんだからな」
そう、彼は死神。
わたしは、人間。
わたしたちは出会い、永遠の愛を誓った。
だからきっと、彼も愛してくれるだろう。
わたしの寿命が尽きるときまで……。
はじめての投稿です。
読んでいただいて、ありがとうございました。