第8話 邪竜討伐の準備と新たな仲間
王城の謁見を終えたルークとイリーナは、騎士団専用の宿舎に用意された部屋に入った。
窓の外には王都の灯が広がり、街全体が祝祭のような熱気に包まれていた。
竜を斬った英雄が現れた――その噂は瞬く間に王都を駆け巡り、広場では人々が酒を酌み交わしながらルークの名を口にしている。
「まるで夢みたいだな……」
ルークはベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。
つい数週間前まで“無能の荷物持ち”と呼ばれ、追放されていた自分が、今は“国を救う英雄”として迎えられている。
イリーナが机に地図を広げ、真剣な眼差しを向けてきた。
「ですが……喜びに浸っている暇はありません。邪竜の復活はすでに始まっています」
彼女の指が指し示したのは、王都の北方に広がる“黒き大渓谷”。
「伝承によれば、邪竜は封印の鎖を三度震わせた後、完全に蘇るとされています。すでに二度、兆候が確認されています」
ルークは地図を覗き込み、静かに頷いた。
「残された時間は……多くても一か月ってところか」
「ええ。だからこそ、あなたの保存庫から更なる力を引き出す必要があります」
ルークは目を閉じ、保存庫へと意識を沈めた。
漆黒の虚空に漂う光――その奥に、新たな存在感があった。
手を伸ばすと、今度は冷たい輝きを放つ“鎧”が姿を現す。
――白銀の鎧。
胸当てには神代文字が刻まれ、肩からは青い光が淡く揺れている。
纏った瞬間、身体が驚くほど軽くなった。
筋肉の力が倍増したかのように、指先まで力が漲る。
「これが……神代の鎧」
イリーナの声が震える。
「伝説では、穿たれた矢も、巨竜の炎も通さぬと……本当に、存在していたなんて」
ルークは拳を握り、試しに軽く振り下ろす。
床石がひび割れ、衝撃が波紋のように走った。
その力に、彼自身が驚かされる。
「剣、魔導書、鎧……まだまだ眠っている」
「ええ。そして、その力を引き出せるのはあなたしかいません」
* * *
翌日。
訓練場で剣を振るうルークの姿を、数多の騎士や兵士たちが見守っていた。
その中に、一人の少女が混じっていた。
年の頃は十五、六。腰まで届く銀髪を三つ編みに束ね、胸に小さな聖印を下げている。
「あなたが……ルーク様ですね」
緊張した声で近づいてきた少女は、深く頭を下げた。
「私はリリィ。聖堂に仕える見習い巫女です。どうか、あなたの旅に同行させてください」
ルークは少し目を細めた。
「なぜ俺に?」
「……聖女の予言に従って。『英雄を見出し、その背に寄り添え』と告げられました。私は、あなたこそがその英雄だと信じています」
イリーナが腕を組み、真剣な眼差しを向ける。
「彼女は本物ですよ。巫女としての力は確かです。治癒だけでなく、神託に近い力を持っている」
「……そうか」
ルークは短く息を吐いた。
彼女の眼差しは真剣で、何よりも揺るぎない信頼があった。
「いいだろう。俺と一緒に来い。ただし、危険な道になる」
「はい……覚悟はできています!」
こうして、ルークの仲間にリリィが加わった。
剣を携えるイリーナと、祈りを捧げるリリィ。
追放された孤独な冒険者の旅路は、気づけば新たな絆で彩られていった。
* * *
一方その頃、旧勇者パーティは王都の片隅でひっそりと身を潜めていた。
酒場の奥で、彼らは交わす言葉もなく沈黙している。
エドガーは頭を抱え、テーブルを拳で叩いた。
「……どうしてだ。俺たちが勇者で、あいつはただの荷物持ちだったはずなのに……」
セリナは唇を噛み、悔しさに震えていた。
「竜を一人で倒し、神代の秘宝まで……それに、王に讃えられて……」
僧侶リシェルが小さく声を上げる。
「もう、私たちじゃ敵わない。国中が彼を英雄と呼んでいる。私たちは……ただの恥さらし」
その言葉に、誰も反論できなかった。
彼らの耳に、また新しい噂が届く。
――ルークは神代の鎧を纏い、巫女を仲間にした。
「……っ!」
エドガーは歯を食いしばった。
今や国が求めるのは勇者ではなく、ルークだ。
彼を追放したという事実が、彼らの存在を完全に否定していた。
* * *
夜、宿舎の屋上。
ルークは剣を膝に置き、星空を見上げていた。
イリーナとリリィが隣に並ぶ。
「いずれ、旧仲間たちと正面からぶつかることになるでしょう」
イリーナの声に、ルークはゆっくりと頷いた。
「その時は……俺の全てを見せてやる。俺を追放したことが、どれほど愚かだったか」
保存庫の奥には、まだ数えきれぬ光が眠っている。
剣、魔導書、鎧――その先に待つものは一体何なのか。
英雄となった男の旅は、まだ始まったばかりだった。




