第3話 竜を斬る一閃
夜の森に、低い咆哮が響き渡った。
焚き火の炎が風に揺れ、岩窟の入口に影を落とす。
影はやがて輪郭を帯び、ぬらぬらと光る鱗と鋭い牙を持った巨体が現れる。
「……森竜、か」
全長は十メートルを超え、樹々の間を押し潰しながら近づいてくる。
ルークの背筋に冷たい汗が走った。勇者パーティにいた頃、竜と戦うときは必ず仲間と共に挑んだ。盾役が前に立ち、魔法使いが後方から援護し、僧侶が回復を絶やさない――それでも命がけの戦いだった。
だが今は一人きり。
普通なら即死の相手だ。
けれど、ルークの手には“それ”があった。
〈保存庫〉の深奥から引き出された一本の剣。
鞘から抜き放った瞬間、刃は銀の輝きを放ち、夜闇を切り裂くように光を散らしている。
(これが……神代の武具……)
刃を握ると、体の奥から力が湧き上がるのを感じた。
血の一滴一滴が熱を帯び、筋肉が震え、視界が冴え渡る。
ただの鉄ではない。
“選ばれた者”の魂と共鳴し、神代の戦士と同じ力を発揮させる剣――。
竜が吠えた。
地を震わせる衝撃波が押し寄せ、焚き火が吹き消される。
ルークは咄嗟に剣を振るい、迫る風圧を裂いた。
衝撃が霧散し、足元の土が抉れる。
「……いける」
彼の唇に笑みが浮かんだ。
恐怖よりも、胸を焼くような昂揚が勝っていた。
もう“荷物持ち”ではない。
無能と罵られた少年は、今まさに“選ばれし者”として竜に相対していた。
竜が突進してくる。
大木をへし折る巨体が、地響きを立てて迫る。
牙が光り、喉奥から炎が漏れた。
――来る!
ルークは剣を振り下ろした。
ただの斬撃ではない。
刃が空気を裂くと同時に、雷鳴が轟き、稲妻の閃光が走る。
閃光は一直線に竜の首を貫き、轟音と共に爆ぜた。
「グオオオオッ!」
竜の悲鳴が森を揺らす。
鱗は雷光に焼かれ、巨体がよろめく。
ルークはすかさず飛び込み、もう一度剣を振るった。
刃が触れた瞬間、竜の硬い鱗が紙のように裂けた。
血飛沫が舞い、熱い匂いが辺りを満たす。
竜は暴れ、尾で周囲の木々をなぎ倒した。
ルークは岩陰に飛び退き、土煙を浴びながら剣を構え直す。
(信じられない……この力、本当に俺のものなのか!?)
呼吸が荒くなる。
だが、胸の奥で確かな手応えがあった。
今までただ守られていた存在が、今や“竜を斬れる”力を持っている。
「まだだ……終わらせる!」
竜が再び炎を吐き出す。
真紅の火炎が森を覆い尽くす――その瞬間。
ルークは剣を天に掲げ、全身の力を刃へと注ぎ込んだ。
雷光が空を裂く。
刃先から奔る稲妻が炎を打ち消し、竜の口腔へ突き刺さった。
「ガアアアアアアッ!」
竜は絶叫し、体を痙攣させる。
次の瞬間――一閃。
ルークは飛び込み、首筋へ渾身の一撃を叩き込んだ。
銀光が走り、竜の巨体が悲鳴を残して崩れ落ちる。
静寂。
森を覆っていた咆哮が途絶え、夜風の音だけが残った。
巨体は微動だにせず、やがて地に沈黙する。
「……勝った……俺が、一人で……」
ルークは剣を握ったまま、しばらく呆然と立ち尽くした。
胸の鼓動が激しく打ち、足が震える。
だが確かに、彼は竜を斬り伏せたのだ。
かつて仲間たちと必死で挑んだ竜を、今度は自分一人で――。
その事実が、彼の中で何よりも重かった。
やがて竜の亡骸が光に包まれ、宝石や魔石へと変わる。
それらは〈保存庫〉に自動で吸い込まれた。
ルークは思わず目を見開く。
「……保存庫は、戦利品まで回収するのか」
ただの荷物入れではない。
このスキルは、世界のあらゆる富と力を独占できる“神の倉庫”だった。
「俺を追放したのは……本当に、最大の失策だったな」
苦笑混じりの呟きが漏れる。
エドガーたちが今、どうしているかは知らない。
だが彼らが竜一体に苦戦している間に、ルークは一人でそれを斬り伏せた。
そして、この保存庫にはまだ――眠る秘宝がある。
背筋を震わせる予感があった。
剣だけではない。鎧、魔導書、杖……数えきれぬ神代の遺産が、この中には眠っているのだ。
「なら、俺は……最強になれる」
拳を握りしめ、夜空を見上げた。
月明かりに照らされたその瞳は、もう迷いを宿してはいなかった。




