第16話 戦いの余韻 ―英雄の静かな決意
夜空を裂いた閃光の余韻が、まだ王都の空に残っていた。
邪竜の巨体はすでに霧散し、瘴気も消え去った。
だが人々の胸に響くのは、轟音でも炎でもなく――英雄の勝利の光だった。
「ルーク様が勝った!」「邪竜を倒したぞ!」
広場は歓声に包まれ、子どもたちは抱き合い、兵士たちは涙を流していた。
老いた者は膝をつき、祈りを捧げる。
人々の声は一つになり、ただ一人の名を叫んでいた。
「ルーク! ルーク!」
* * *
英雄の名を背に、ルークは深く息を吐いた。
戦いの余波で体は重く、全身に疲労がのしかかる。
光の翼は消え、秘宝の輝きも静かに保存庫へと戻っていった。
だが、心は不思議なほど静かだった。
「……終わったな」
小さく呟いた声に、隣から強い声が返る。
「ええ。見事でした!」
イリーナが駆け寄り、剣を胸の前に立てて深く頭を下げる。
「あなたがいたからこそ、この国は救われた。英雄と呼ばれるに相応しい」
リリィも涙を拭い、微笑んだ。
「神の導きは、やはり間違っていませんでした。ルーク様……あなたこそ選ばれし人です」
ルークは首を振った。
「選ばれたわけじゃない。ただ……追放されて、悔しかっただけだ」
「……」
イリーナとリリィは言葉を失った。
ルークは夜空を見上げる。
星々が煌めき、邪竜の赤黒い光で汚されていた空が、少しずつ澄んでいく。
「けど、悔しさだけじゃここまで来られなかった。お前たちがいたからだ。俺を信じてくれる仲間が」
イリーナが顔を赤らめ、リリィは小さく微笑んだ。
* * *
翌朝、王都は祝祭に包まれた。
街の広場には人々が集まり、色鮮やかな布が飾られ、商人たちは無料で酒やパンを配っている。
子どもたちは「竜を斬った英雄」と書かれた木の剣を振り回し、歌が響いていた。
「英雄ルークに乾杯!」
「世界を救った男に!」
人々の声は熱狂し、まるで永遠の祝福のように続いた。
王城では、国王自らが玉座から立ち上がった。
「ルーク殿。この国はあなたに永遠の感謝を捧げる。爵位も、領地も、望むものはすべて与えよう」
その言葉に広間がざわめいた。
だがルークは静かに首を振った。
「……いらない」
「な、何……?」
王だけでなく、群臣たちも息を呑む。
ルークは淡々と告げた。
「俺はもともと追放された身だ。爵位や領地に縛られるつもりはない。ただ――この世界を歩き、自分の目で見て、自分の力で確かめたい」
広間がざわつく。だが、やがて一人の兵士が叫んだ。
「それが……英雄様の道か!」
「ならば俺たちは、その背を信じてついていくだけだ!」
歓声が再び広がった。
王は少し呆然としたが、やがて深く頷いた。
「……そうか。ならば国はただ、卿を見守るだけだ。英雄よ、その背に神の加護があらんことを」
* * *
一方、王都の片隅。
旧勇者パーティは、誰からも顧みられぬまま、人々の嘲笑を背に逃げるように歩いていた。
「……俺たちが勇者だったはずなのに」
エドガーは俯き、唇を噛んだ。
セリナは泣き、リシェルは虚ろな目で、カインはただ黙っていた。
彼らを振り返る者はいない。
人々が口にするのはルークの名だけ。
勇者の名は完全に消え去り、“英雄を追放した無能”として語り継がれるだけだった。
* * *
夜。
祝祭の灯りが消えた後、ルークは静かな屋上に立っていた。
街は眠り、星が広がる。
イリーナとリリィが隣に並ぶ。
「これから……どうするのですか?」とイリーナ。
「もう英雄と呼ばれ、国中があなたを頼っています」とリリィ。
ルークは少し黙り、微笑んだ。
「俺は……俺のまま歩くよ。追放された無能だった俺が、ここまで来られた。なら、これからも好きにやってみせる」
イリーナは安堵の笑みを浮かべ、リリィは胸に手を当てて祈った。
「ええ。私たちも、ずっと一緒です」
夜風が吹き、三人の髪を揺らした。
英雄の物語は、まだ終わらない。
追放された無能の逆転劇は、ここからさらに広がっていくのだ。




