第12話 封印破砕 ―最終決戦前夜
――その日は、不吉な風で始まった。
王都の空は朝から曇天に覆われ、重く沈んだ雲の間で雷が唸っていた。
人々は市場で囁き合う。
「まただ……封印が揺れている……」
「昨夜も大地が震えただろう? もう長くは持たない」
王城の尖塔に備えられた監視塔からは、絶えず黒煙が上がっていた。封印のある“黒き大渓谷”からの狼煙だ。
邪竜――封印されし最凶の存在。
その復活が目前に迫っていた。
* * *
謁見の間に呼び集められたのは、王と重臣、そして騎士団の将たち。
ルークもまたそこに立っていた。
彼の隣にはイリーナとリリィ。背後には各地から集められた冒険者や兵士たちが控えている。
「封印の鎖は三度震え、もはや限界です」
老練な宰相が震える声で報告した。
「すでに渓谷の周囲には、邪竜の瘴気に侵された魔獣どもが群れを成しております。明日には……本体が目覚めるでしょう」
ざわめきが広がる。
だが王は静かに手を上げ、それを制した。
「諸君、恐れるな。我らには英雄ルーク殿がいる」
その言葉に広間の視線が一斉に集まる。
ルークは静かに頷いた。
「必ず倒す。俺の保存庫には、そのための力がある」
イリーナが剣を握りしめ、毅然とした声を放った。
「私たち騎士団も全力を尽くします。英雄の背を守るために!」
リリィは胸の聖印を握り、祈るように続けた。
「神の御心も、きっと彼を選んでいます……」
群衆の中に、一瞬、惨めに俯く影が見えた。
――旧勇者パーティ。
彼らはもはや声を上げることすらできず、ただ人々の嘲笑を浴びて震えていた。
* * *
その夜。
ルークは城の高楼に登り、一人で夜空を見上げていた。
遠くの地平線、黒き大渓谷の方角から、赤黒い光柱が立ち昇っている。
まるで空そのものを汚染するかのように、禍々しい瘴気が広がっていた。
(……あれが、邪竜の力)
ルークは目を閉じ、保存庫へと意識を沈めた。
虚空の奥――。
すでに得た剣、魔導書、鎧、槍。そのさらに奥に、かつてないほど巨大な光が脈動しているのを感じた。
≪英雄よ。汝は最終の扉を開く覚悟があるか≫
重く響く声。
保存庫そのものが問いかけているようだった。
「俺はもう迷わない。追放され、無能と呼ばれた俺がここにいるのは……この力を使うためだ。人々を守り、邪竜を討つ。それが、俺の答えだ」
光が弾け、虚空が大きく開く。
現れたのは――黄金の盾。
表面には神代の象形が刻まれ、内側からは暖かな光が溢れていた。
「これは……」
イリーナが息を呑む。いつの間にか背後に立っていた彼女の目は驚愕に見開かれていた。
「伝承にある“永劫の盾エテルナ”。邪竜の咆哮をも退ける唯一の盾です!」
ルークは手に取った。
重さはなく、むしろ全身が守られるような安堵を覚える。
「……これで、揃ったな」
剣、魔導書、鎧、槍、そして盾。
神代の秘宝が彼の手に五つ集った。
保存庫の底から湧き上がる力は、もはや人の域を超えていた。
イリーナが静かに告げる。
「明日、邪竜が完全に目覚めるでしょう。決戦の時です」
リリィは祈りの声を重ねる。
「どうか……あなたに勝利を」
ルークは夜空を見上げ、赤黒い光を睨み据えた。
「勝つさ。俺を追放したあの連中に、“無能”じゃないと証明するために……いや、それ以上に――この世界を守るために」
風が吹き抜け、盾が淡く輝いた。
最終決戦の夜が、ついに幕を開けようとしていた。




