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【5】

数日後、いつも使っているホテルに和彦を呼び出した。くるみは緊張していたが、和彦の方はセックスするつもりだと思っているのか、気楽な様子だった。室内は涼しいけれど、くるみは暑かった。手に汗をかいている。

「…あの」

「何?」

和彦がこちらを向いたので、くるみは意を決して言う。

「ー妊娠したんだけど」

自分でも乾いた声が出たと思った。それは、和彦にも伝わったのか、頬がひくついた。

「…は?」

「だから、妊娠したんだってば!!」

本当だった。産婦人科に行ったら、「おめでたです」と言われたのだった。くるみは1人では心許ないので、和彦が何て言ってくれるのか、期待した。しかし、答えは残酷なものだった。

「堕ろせ」

非情な声だった。やはりそうきたかと納得した部分とそうでない部分とがせめぎ合う。目からは涙が溢れてきた。

「嫌よ!!」

泣きながら枕を手に取り、和彦に投げつける。彼は避けることなく受け、再び言ってくる。

「いいから堕ろせ。金は…」

リュックから財布を取り出し、札が2人の間を舞う。そんな馬鹿なと思い、くるみは更に泣くのだった。

ー酷い!! 違うのに。

自分の感情さえコントロールできず、大泣きする。和彦はうるさそうに手を振ると、背中を向ける。

「ーじゃあな」

「…」

くるみは何も言えなかった。バタンとドアが閉まる音が響く。

「うう…。馬鹿」

その場に座り込み、くるみは誰にでも向かうわけのない言葉を吐く。床にはお札が散っている。和彦が金持ちなのは分かるが、もう少し優しくして欲しかった。

ーあたしがいけないのかな。

涙が次々と溢れてくる。もう子どものような状態だった。2人で解決できればなんて、甘い考えだと知る。

ー恋愛だったのかなあ?

自分でもよく分からなかった。和彦は嫌いなタイプではなかった。

「うう、1人だよ…」

喉が痛かった。泣き声が室内に響く。失恋と妊娠という痛手かもしれなかった。

「1人じゃ不安だよ!!」

和彦の香水の香りをおう。しかし、彼が戻ってくることはなかった。たぶん、もう二度と会えない気がした。

ーどうしよう。

くるみはお腹にそっと触れる。和彦が残した金を使えば、確かに堕ろすことは可能だった。一生分の頭を使ったつもりで考える。出した答えは、

「ー1人で産む」

誰に言うでもなく、強い口調がでた。せっかく宿った命なのだから、産んで育てようと結論づけたのだった。

ーこの子がいれば、あたしは強くなれる。

1人ぼっちだとずっと思ってきたが、新しい命に期待する。和彦が悔しがるくらい、良い子供にしようと決意する。それがどれくらい大変なのかは想像できるが、もう泣いている暇はなかった。

「行動に移さなきゃ」

そうつぶやくと、くるみは頬を拭ったのだった。


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