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鳥籠の中の僕たちは  作者: じゃがマヨ
昨日を持たない少年
3/3

第3話


 「僕が千春ちゃんの“昨日”を、“今日”に変えてあげるよ。」


 そう言った久遠の言葉が、千春の胸に残っていた。


 放課後の帰り道。空は夕焼けに染まり、茜色の雲がゆっくりと流れていく。千春は久遠と並んで歩いていた。


 「……どうして、そんなこと言うの?」


 ふと、千春は尋ねた。


 「ん?」


 「私の話を毎日忘れてしまうのに、それでも聞き続けるって……意味があるの?」


 久遠は、足を止めた。


 「意味……かぁ。」


 彼は考えるように空を見上げたあと、ふっと微笑んだ。


 「千春ちゃんは、覚えていることに意味を求める?」


 「……?」


 「例えば、今日この景色を見て、明日には忘れちゃうとする。でも、今この瞬間、僕は夕焼けが綺麗だなって思ってる。」


 久遠は指を空に向けた。オレンジ色の光が、ビルの隙間から溢れている。


 「それって、意味がないことなのかな?」


 千春は答えられなかった。


 「覚えていなくても、今感じていることには意味があるんじゃないかな。だから、僕は千春ちゃんの話を聞きたい。それがたとえ明日消えてしまうとしても。」


 彼はそう言って、笑った。


 「……ばかみたい」


 千春は小さく呟いた。


 「うん、よく言われる。」


 「普通なら、昨日のことを忘れるのは怖いものよ。」


 「そうかもね。でも、千春ちゃんは“昨日”を忘れられないことが怖いんでしょ?」


 千春はハッとした。


 「……違う?」


 久遠はまっすぐ千春を見つめていた。彼の目には、余計な詮索も、憐れみもなかった。ただ、千春の言葉を待っているような、そんな優しい瞳だった。


 「……そうね。」


 千春は少しだけ笑った。


 「じゃあ、約束しよう。」


 久遠は手を差し出した。


 「明日になったら、僕は今日のことを忘れてる。でも、千春ちゃんがまた話してくれるなら、僕はまたちゃんと聞く。」


 千春は、その手を見つめた。


 (この人は、本当に……不思議な人。)


 一日しか続かない記憶。

 一日しか続かない約束。


 でも、それが「今日」という確かな時間の中にあるのなら——。


 千春はそっと久遠の手を取った。


 「……うん。」


 夕焼けの光が、二人を包んでいた。

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