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鳥籠の中の僕たちは  作者: じゃがマヨ
昨日を持たない少年
2/3

第2話


 「ねぇ、平山くんって、どうして毎日私のことを忘れるの?」


 昼休み、霞ヶ関千春は何気ない口調で尋ねた。彼の隣に腰を下ろし、購買で買ったパンを指先でつまむ。彼女にとって、こうして誰かと食事をすることすら久しぶりだった。


 「んー? どうしてって……あはは、ごめんね。僕、昔から人の名前とか覚えられなくてさ」


 久遠は照れ笑いを浮かべながら、唐揚げを口に放り込む。


 「名前だけじゃないでしょ」


 千春はじっと彼の目を見た。


 「昨日、私たちは話した。けど、あなたは今日になったらそれを覚えていない。それって、普通じゃない」


 彼はフォークを持つ手を止め、千春を見つめ返した。


 「……そっか。千春ちゃんは、気づいたんだね」


 久遠は少し困ったように笑い、テーブルの上で指を組んだ。


 「僕さ、毎日世界が"リセット"されるんだよ」


 「リセット?」


 「そう。僕の記憶は、一日しか続かない。夜、眠ると、昨日のことが全部消えちゃうんだ」


 「……」


 千春は、胸の奥がざわつくのを感じた。


 「でもさ、不思議なことにね。忘れるのは嫌じゃないんだ。むしろ、ちょっと楽しいんだよ」


 「楽しい?」


 「うん。だって、毎日が新しいから。昨日のことを覚えてないってことは、毎朝新しい世界にいるみたいなものだろ?」


 千春は言葉を失った。


 彼女は「永遠の記憶」を持ち、どれだけ死んでも記憶を手放せない。一方で、久遠は「昨日を持たず」、新しい一日をまっさらな気持ちで迎えている。


 ——この人は、私と正反対だ。


 「もし千春ちゃんが僕みたいに昨日を忘れられたら、何をしたい?」


 不意に、久遠が問いかけてきた。


 千春は、考えた。


 もし、自分の記憶がすべて消えたなら。何千年も生きてきた苦しみを、何度も繰り返した別れの痛みを、全部忘れることができたなら——。


 「……生きることが、少しは楽になるのかもしれない」


 千春はぽつりと答えた。


 「そっか」


 久遠は、優しく微笑んだ。


 「じゃあ、僕が毎日忘れてあげるよ」


 「……え?」


 「千春ちゃんが抱えてること、全部。僕が覚えていられないなら、そのぶん毎日話してくれたらいい。そしたら、千春ちゃんの"昨日"を、僕が"今日"に変えてあげる」


 千春は、言葉を失った。


 ——こんなことを言われたのは、初めてだった。


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