食堂でオカンと呼ばれた僕が、女の子を拾った話
深い森の中。
小さな魔族の娘が、追ってから逃げる為に走る。
もちろん飛行すると言う手段もあるが、そんなことをすれば見つかってしまうのは言うまでもない。
「はぁっはぁっ――おとうさん……おかあさん」
逃げながらも、今は亡き父に。
逃がしてくれた母のことを思い浮かべる。
娘の父親は亡くなった。しかも、魔王という立場だった為狙われてしまった。
魔族領にいると命が危ないので逃がされたが、行く当てもなくただひたすらに森を走る。
そして、その先にあるのは人間領。
停戦中の相手の領地だった。
〇 〇 〇
「おーい、オカン。まだ、飯来てないぞ!」
「はーい、待ってください! 今持っていきます!」
ガヤガヤと、冒険者が賑わって少しうるさい客席。
ジューッ。と、肉が焼ける音。
熱気で熱い厨房。
王都から少し離れた、ランソンブレというそこそこ大きい街。
その街外れで、ひっそりと経営しているパトリ食堂パトリは働いていた。
「はい、お待たせしました。『リザードステーキ』二つね。ていうか、オカンじゃななくてパトリって呼んでよ。男だし、まだ十六歳だよ僕」
「いいだろ? 俺以外もそう呼んでるしな! なぁ、オマエら!」
するとほかのテーブルから、「そうだな!」「まぁ、パトリは俺らのオカンだから」など聞こえてきた。
正直全く納得してないけど、それだけこの食堂が愛されているということだろう。
「そこ『エール』三つだっけ?」
「おう、頼むわ」
ジョッキに入った、泡がこぼれそうな『エール』をテーブルに置く。
「でも、少し飲みすぎだよ。明日だってクエストに出るんでしょ?」
「まぁ、これぐらいなら大丈夫だ!」
「はぁ……三人分の味噌汁作るからそれも飲んでね」
「愛してるぜ! オカン!」
そんな日常が好きだった。
「ありがとうございましたー」
最後の客も帰って今日は終わり。の、はずだった。
「君は……」
食堂の壁に寄りかかるようにして座っている、フードを被った女の子。
最近冷え始めたこともあってか、厨房の壁で暖を取っているようだった。
確か今朝。買い出しの帰りに、果物屋の前でこの女の子を見た。
お金がないのか、立って見ているだけだったため、店主から煙たがられていた。
確かに、あまり綺麗じゃないし、砂埃が付いていて、とてもじゃないがお金を持っているように見えない。
女の子が、光のない目でこちらを見上げてくる。
「ごめんなさい……迷惑だったよね。どっかいくわ」
「待って!」
すぐにどこかに行こうとする女の子を呼び止める。
「ご飯食べていかない?」
「お金……ない」
「いいから、食べて行ってよ」
パトリは、二年前の自分を見ているようで、放っておけなかった。
「カウンターに座ってね。ちょうどいいのあるからすぐに出せるよ」
女の子の前に料理を出す。
「シチュー?」
「うん。多分だけど、好きでしょ」
仕事をするようになって、お客さんが何が欲しいかなんとなくわかるようになった。変な特技。
このおかげで、店は回ってたりする。
女の子は、恐る恐るシチューを口に運ぶ。
口にした瞬間、目を見開いた。
一瞬石像のように固まったかと思うと、次々に具を口に運ぶ。
「う、うぅ……」
「え!? まずかった?」
「ううん、懐かしくて……おいしくて」
女の子は泣きながらシチューを食べる。
しばらく店の清掃をしていると、机に突っ伏すように女の子は寝てしまっていた。
もちろんお皿は空になって、スプーンを握りしめながら。
「さすがにこのままってわけにも、いかないよな」
パトリは、女の子を抱えて二階の自室に寝かせる。
自分と変わらないくらいの女の子。
そんな子が一人で夜に出歩いていることは異常だと心配するパトリ。
しかし、本人がこの様子なのでとりあえず明日考えればいいやと、思考を投げ出す。
帰れるなら、帰った方がいいはずだ。
でももし、行く当てがないのなら。この食堂で一緒に働いてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、明日も早く仕込みをするために、ソファーで横になり目を閉じた。