わたくし、彼と仲良くなりますわ
使用人がいないとき、食事を作るのも、洗濯をするのも、掃除をするのも彼の役割でした。眠る部屋は別々でしたけれど、それ以外はずっとウィルと一緒に、わたくしは過ごしました。家事をする彼の側について行って、彼が使用人の仕事をこなすのを、見ていました。
素直に認めると、わたくしは誠実な彼を気に入っておりました。日に焼けた肌も、ウェーブがかった髪の毛も、背の高さも、主張しない性格も、なにもかもこの領地にふさわしいものに思えたのです。
お兄様はこれを警戒していたに違いありません。恋多きこのわたくしが、ウィルを気に入ることを。
ですがこの地に、お兄様はおりません。わたくしは自由でした。
夕食を食べていたある時、ウィルが、こんなことを言いました。
「ずっと家にいるのも良いですが、領地を回ってみませんか? 花が綺麗だと領民が言っているのを聞きました」
「まあ、領民に会ったことがあるのですか?」
わたくしの返事に、彼は苦笑しました。
「彼らを妖精かなにかだと思っているんですか? 少し外に出てみれば、彼らの生活が広がっていますよ」
「そう、では明日は、領地を回ってみましょう。わたくし、馬に乗れませんから、この前と同じようにウィルが後ろから支えてくださいね?」
言うと、彼は微笑み頷きました。
ウィルの言う通り、領地は美しい場所でした。放牧された動物たちは草を食み、色とりどりの花が咲きほこっておりました。領地中が甘い匂いにつつまれているようでした。
会う人達は素朴で、ウィルと既に顔見知りらしく、にこやかに挨拶をしてくれます。
わたくしたちは二人、馬に乗りながらその間を抜けました。温かでしっかりした彼の体に支えながら領地を回っていると、王都での生活の方がむしろ幻だったかのように思ってしまいます。
ある場所で、ウィルは馬を止めました。
森の中でした。
少し躊躇いながら、彼は言います。
「メイベル様、もしよろしければ、見せたい場所があるのですが。少し歩きますが、いいですか? それとも抱えますか?」
抱えてもらうのも悪くないかもしれないと思いながらも、わたくしは答えました。
「足があるのですもの、歩きますわ」
その場所には、本当にすぐに着きました。
木々のない草原に、群生する花が咲いていたのです。
薄桃色の柔やかな花は、わたくしを歓迎するように、そよ風にゆらめいておりました。
「どうでしょうか。気に入ってくださるといいですけど」
不安げなウィルの声に、わたくしは振り返りました。目にうっすらと涙が浮かぶのを隠すことさえせずに。
「ウィル、とっても素敵です! こんなに素敵な贈り物、今まで貰ったことがありません!」
それは本心からの言葉でした。
次いで彼は、手から魔法を放ちました。風が強くなり、小さな竜巻を巻き起こし、花びらを巻き込み、雨のように空から降らせました。
夢のような光景でした。
なんて美しいのでしょう。
花びらは自由に風に舞い、わたくしの髪や服に落ちました。
わたくしは感心してしまいます。だって、これほど精密な制御のできる魔法を彼が使ったんですもの。わたくしに魔法の才能はありません。お兄様にもありません。レティシアにはありますが、ウィルには及ばないでしょう。
「それほど強い魔法なら、宮廷でのお仕事だってありますわ。きっと重用されるはずです」
「宮廷で仕事を得られる平民はほとんどおりません。メイベル様だってご存知でしょう?」
ウィルは、静かに微笑みました。
「俺には、貴族の方のような誇らしい才能も財産もありません。それでも、あなたの喜ぶ顔が見たかった。見れてよかった。連れてこられて、本当によかったです」
一体、平民と貴族の間に、どれほどの価値の差があるというのでしょうか。少なくとも、どんな貴族の男性からいただいた贈り物も、これほど心は込もっていなかったでしょう。
感激で、わたくしの胸は震えました。わたくしの夫は、なんて可愛い方なのでしょう?
けれど彼にとって、これは偽りの結婚です。
感動を気付かれないように、わたくしはお花畑に座りました。そうすると、彼も隣に座ります。
「小さい頃、メイベル様は花をくれましたよ。花を器用に編んで、冠を作り俺の頭に乗せてくれました。覚えてないでしょうけど」
「花冠なら今も作って差し上げますわ」
言いながら、花を摘み、編んでいきます。その様子を、ウィルは微笑みながら見ていました。
きっとユーシス様や叔父様や妹のレティシアは、わたくしが領地で好きでもない男と結婚し、虚しく過ごすことをお望みだったのでしょう。ですが、彼らの望みは叶いませんでした。
領地の暮らしは、思っていたよりも遥かに素晴らしいものだったからです。
畑を作り家畜を肉にし、時間があれば領地を周り、雨の日は室内で過ごしました。誰の悪意も陰口もない場所です。
気候は晴れが多くおだやかで、王都にはない自然は豊かで、領民たちは素朴で、中には幼い頃のわたくしを覚えている人もいて、親切で、皆わたくしを慕っておりました。
ウィルが叔父様に、わたくしが反省していると伝えないように、レティシアの悪口を言うことだけは、忘れないようにしていました。