わたくし、新婚生活いたしますわ
領地のお城に着いた時、懐かしさに目を細めました。
両親がまだ生きておりました小さい頃に暮らしていたお城に、十数年ぶりに住むことになっていました。叔父様はずっと王都で暮らしていましたけれど、管理を任された方が実によく手入れをしてくださっていたので、お城は綺麗なままでした。
お城を見るなり、ウィルは感嘆の声をあげました。
「すごい。こんなところに俺が住むなんて、考えてもみませんでした」
結婚が解消されるまでの間ですけれど、わたくしたちの仮住まいです。城の主になったわけではございませんでした。領地であれば悪さもできないというのが、叔父様の考えだったのです。
「ウィルのご実家はどのようなところなの? 小さい頃にインターレイク家に勤めていたとおっしゃっておりましたね。その前はどうやって暮らしていたの?」
わたくしの問いに、ふと彼の顔に陰がさしたように思いました。
「生まれは今の家と同じ、王都の外れです。父親の顔は知りません。弟と妹の父親も、誰だか俺は知りません。母は自由な人で、ある日、帰ってこなくなり、後に死んでいたと知りました。
だから俺は両親のいない孤児になりました。財産など何も持たないから、四六時中金儲けのことばかり考えていますよ、俺は」
わたくしは頷き、言いました。
「わたくしと同じでございますね」
ウィルは苦笑しました。
「正気ですか? どこが同じと思うのです?」
「わたくし達兄妹も、孤児ですもの。お父様とお母様が流行り病を患って亡くなって、本来でしたらお兄様が伯爵位を継ぐはずでしたのに、叔父様が見事な手腕で奪い取ってしまいましたわ。わたくし達が持っているものなど、本当は何もないのです。ですからあなたと一緒だなと思ったの」
笑いかけると、ウィルも微笑んでくれました。
彼の笑いを見ると、心がぽかぽかいたします。だって、悪意や敵意や含みなど、少しもない笑顔ですもの。まるで陽だまりの中にいるみたいだと思うほどに、わたくしは彼の笑顔に和むのでした。
領地の小さな教会で、わたくしたちは慎ましやかな結婚式を挙げました。参列者は誰もいませんでした。
司祭の言葉の後に、夫婦の誓いの口づけがありました。
唇を突き出してまっていましたのに、彼からのそれは、頬に落ちます。文句を言ってみましたけれど、彼は決して口にはしてくれませんでした。
ともかくとして、わたくしはウィリアム・ウェストの妻になり、ウィリアム・ウェストはわたくしの夫になりました。けれど結婚は偽証で、三ヶ月もしたら、再びわたくしは城に戻されるのでしょう。
使用人は数人だけいましたが、夜になると近くの家まで帰ってしまいますし、毎日やってくるわけではありませんでした。だから、ほとんどわたくしとウィルの二人だけの生活でした。
日中の多くを、わたくしは本を読んだり刺繍をして家の中で過ごしていました。ウィルもそんなわたくしを見張っているのか、やはり家にいることが多くありました。
こんなことがありました。
その日、彼は庭で飼っている鶏を夕食に出すつもりでした。いつもわたくしの目の前にやってくるのは、綺麗に調理された料理ですから、暇をもてあましたこともあり、彼の仕事を観察していました。
彼は一羽にあたりをつけ、手を翳しました。青白い魔法陣が出現します。背後から、わたくしは声をかけました。
「どうやって捌くのですか?」
「うわっ」
驚いた彼が手をびくつかせたため、魔法陣は消え失せました。
ウィルはわたくしを手招きすると少年のように笑いました。彼の笑顔は気に入っています。
「見てみますか? 確かに俺の妻になるのなら、動物を潰して肉にすることも、畑仕事をすることも覚えてもらわないと」
もちろん本当の妻にする気などないのですから、彼の冗談です。
「ウィルはよく魔法を使うのですね。宮廷魔法使いのハリー・ホール様は何かをする際に、あまり魔法を使いませんわ」
そもそも彼は、ユーシス様の側で控えている以外、何かをするということはほぼありませんけれども。
「こっちの方が楽ですからね」
「魔力が高いのですね。レティシアは魔法を使うと疲れると言っていましたわ。わたくしは魔力がからきしなので、ウィルが羨ましいですわ」
そうでもありませんよ、と彼は笑い、それから再び魔法陣を出すと、間髪入れずに鶏の首目がけて放ち、切り落としました。
「きゃあ!」
あまりに驚いて、わたくしは尻もちをついてしまいました。ぎょっとしたようにウィルは目を見開き、すぐにわたくしに手を伸ばしました。
「すみません、それほどびっくりされるなんて思っていなくて。確かに刺激が強すぎたかもしれません」
言いながら彼の手がわたくしの手に触れ、引っ張り上げられました。
「怪我はありませんか」
問いかけに答えられずに、ぼーっと、未だ繋がれたままの彼の手を見つめていました。まるでそこだけ、熱を持っているみたいです。
「メイベル様?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですわ」
なんとかそう、答えました。
顔が赤くなるのを感じて、わたくしは彼の顔さえ見ることができませんでした。