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わたくし、旅立ちますわ

 ウィルのお家に滞在したのは数分程度でした。それから宿屋に着くまで、わたくし達の間に、会話らしい会話はありませんでした。

 長い間馬に乗っていたものですから、体のあちこちが痛かったですし、二人共とても疲れていました。

 ですが部屋で簡単な食事を終え、さあ眠ろうとベッドに潜り込んだとき、寡黙な道連れに耐えかねて、わたくしの方から彼に話しかけました。


「ねえウィル、同じベッドで眠ってもよろしくてよ? なんだか今日は寒いのですもの。抱きしめてくださいまし」


 床にそのまま寝ようとしていた彼は、ぎこちなく、答えます。


「メイベル様は恋多きお方でしょうが、俺はそういうことをするためにここにいるのではありません」


 むっとしてわたくしも答えました。


「あなただから言うのですよ。他の男性には言いません」


「それでもいけません」

 

 きっぱりと彼は言い、そのまま床に体を横たえました。


「生真面目ですのね? こんな夜は、神様だって見ていませんのに」


 わたくしの言葉に彼は答えません。

 わたくし達の間には、先ほどよりも重い沈黙が流れました。


 わたくしの誘いを断る男性がこの世に存在しているなんて考えてもみませんでした。この希少種を絶滅危惧種の保護団体に言って匿ってあげないとなりませんわ。

 そんなことを考えていると、唐突に彼は言いました。


「覚えておいでですか、メイベル様」


 今度は彼が沈黙に耐えかねたようです。


「お小さい頃は、毎日顔を合わせていたんですよ」


「あなたとわたくしが?」


「当時俺はインターレイク家の使用人で、あなた方三兄妹は今から俺達が向かう領地で、ご両親と仲良く暮らしていて。それで毎日、あなたとも会っていました。

 ――あなたは俺にぞっこんでした。いつも後を付いて来たがったんですよ。風呂や便所まで」


「まさか。あり得ません」


 部屋は暗くて、彼の輪郭しか見えません。

 過去を思い出したのか、ウィルが笑った気配がしました。


「こういう言い方をすることをお許しください。あなたをもう一人の妹のように可愛く思ったものです。

 俺を見つけると、あなたはいつも腕の中に飛び込んできました。『ウィル、あなたのお顔ってとっても好み。結婚してもいいわよ』あなたはそうおっしゃった。今でも忘れません、本当に可愛らしかった」


「少しも覚えていないわ。それであなたは、なんて答えたんです?」


「機会があれば。俺はそう答えました」


「では機会を与えられて嬉しいでしょう?」


 さっきまでとは異なる、和やかな会話だったはずです。なのに、わたくしの言葉を最後にして、彼は黙り込みました。

 再び訪れたふいの沈黙に驚いて、今度はわたくしから話しかけます。


「あの、ウィル。気を悪くされたらごめんなさい。身分の低い方と話すことに慣れていませんの。だってわたくしはあなたにとって雲の上のような存在でしょう? 高嶺の花ですもの、結婚できてきっと嬉しいのだと、そう思ったの」


 やがて彼の返事がありました。


「俺はあなたの夫になれと命令がありましたが、建前だけだと聞いています。あなたが反省している様子を、逐一ハイマー様へ報告しろとのことですから」


「内偵ということね。よろしくてよ」


「内偵とは違います。隠れて探るつもりはありませんから。ハイマー様はほとぼりが冷めたらあなたを呼び戻すおつもりでいらっしゃいます」


「叔父様はわたくしを城に戻すつもりなの? 三ヶ月と言っていましたね。それが期限と考えているの?」


 あれほど怒っていらしたのに、叔父様はまだわたくしに利用価値を見出しているということなのでしょうか。ジャスティンお兄様も、そう言えばそのようなことを言っていましたっけ。


「ええ、そう聞いていますよ。だから俺とあなたの結婚は偽装だと」


 それだけ聞くと、ウィルに利点はないように思いました。暗がりの輪郭に向かって問いかけます。


「なぜあなたはわたくしとの結婚に同意したの?」


「あなたが城に戻ったら、報酬をくださると、ハイマー様は書面にて約束してくださいました。俺が一生かかっても稼げないような額です」


 なるほど、愛ではなくお金のためということです。


「叔父様にとっては姉でも妹でも変わらない、駒でしかないということですのね。姪と王子の婚約だなんて、家にとって悪い話しじゃありませんもの。でも、わたくしを蔑ろにするような態度は大変腹立たしいものですわ。もしまたお城に戻ったなら、レティシアに嫌がらせしてしまいそう。あなたも叔父様にそうご報告してください」


「なぜ自分が領地に隔離されるのか分かっていないご様子ですね」


「心当たりは少ししかありません。王子が妹に心変わりしたから、妹に毒を盛ったことくらいですもの」


 ぶはっ、と彼が吹き出しました。

 カーテンを開けている窓から、月の光が入ってきて、ウィルの顔を照らしていました。


 垂れ目気味の目が更に垂れています。楽しそうな彼の様子に、わたくしの気分は俄然良くなりました。

 ウィルは言います。


「それがすべてでは」


「だけどそれって全部でっち上げですもの。レティシアは自作自演です」


「あなたはそう主張されたが、皆、そうは思わなかったし、パーティでは遂にお認めになったとお聞きしましたが」


「わたくし、毒を盛って、その相手を生かしておくような下手は打ちません。生きているということは、あの子が自分でやったんです」


 目を丸くしているウィルに向かって、わたくしは微笑みかけました。


「だってわたくし、悪女ですもの」


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