わたくし、計画が実りましたわ
王妃様は介抱のために別室に連れて行かれ、ユーシス様とホール様とアリエッタ様は国王陛下に連れられていずこかへ姿を消しました。
国王一家の中でセレナ様がただお一人残られ、お客様のお相手を健気に続けているという異様な雰囲気に包まれながらも、パーティは一応は続いたのです。
わたくしとレティシアはすぐに目を覚ましたお兄様と一緒に、庭へと逃れておりました。
会場内は平穏とは言い難い様相ではありましたが、夕闇に包まれつつあるわたくし達三兄妹には、奇妙にもゆったりとした空気が流れておりました。
三人で庭をのろのろと歩きながら会場の光を見つめていると、ふいに領地での暮らしを思い出しました。
「そういえば、領地に下がっている時に、魔力蛍を見ましたわ。領民と一緒に踊って、とっても楽しかったです。景色は幻想的で、集まった人は皆、陽気で」
聞いたレティシアが目を細めました。
「魔力蛍、懐かしいわ。小さかったけど、見に行ったこと、よく覚えてる。疲れて眠ってしまって、帰りはお兄様におぶってもらったんだっけ」
あったなそんこと、と、お兄様も呟きました。
レティシアがふうと息を吐きました。
「なんだか、ひどく疲れたような気がする。領地はもうお兄様のものになるのでしょう? そうしたらしばらくの間、わたしも領地に戻っていようかな。恥ずかしくて王都には残りたくないし、もう恋はこりごりだし――」
「ユーシス様との婚約も、今回の騒ぎを理由にすれば、国王陛下は許してくれるでしょうしね」
わたくしの言葉にすかさずお兄様が反応します。
「だがエドワードがレティシアに気があるぞ、相手をするために王都に残れよ。将来は公爵夫人だ」
ふん、とレティシアは鼻を鳴らしました。
「姉がだめなら妹にって、そういう考えの人嫌いだわ。わたしだけを見てくれる人じゃなきゃ嫌よ」
エドワード様に限っては姉がだめだから妹に行ったわけではございませんし、不器用な方ではありますがとても誠実な方ですから、彼の真摯な想いにレティシアが気づけば、きっと上手くいくように思いました。
「それよりもジャスティンお兄様はどうされるのです? セレナ様は公衆の面前であなたを夫にすると宣言されたでしょう。とても素敵な方ですわ。受けて差し上げたら?」
はは、とお兄様は乾いた笑いを発しました。
「セレナ様は確かに素晴らしい方だよ。だが男の趣味だけは悪いようだ。僕はしばらく外国に逃げようと思う。彼女の恋が冷めるまでな」
「初恋はそう簡単に冷めませんわ」
わたくしが言うと、お兄様は再び笑い、わたくしの背を軽く叩きました。
「ウィルもとんでもない女に惚れられたもんだ。僕はお前が心底恐ろしいよ。どうか敵には回らないでおくれ」
それはお兄様次第ですけれど。
「僕も、自分の人生というものにそろそろ向き合ってみようと思う。だからお前たち二人には構っていられないかもな」
「別に平気だわ。自分のことは自分でできますもの」
レティシアがそう強がってみせました。
わたくしは兄と妹の姿を見つめました。余計なしがらみのなかった幼い頃のように、二人は笑い合っています。
どこからか風がひとすじ吹いて、わたくしの髪を揺らしました。そうして愛おしい人のことを思い出して、どうしようもなく会いたくなってしまいました。
「わたくし、そろそろ家に戻ります。ウィルが待っているんですもの」
わたくしが言うと、兄と妹は頷きます。
「じゃあ、元気で」
「また会いましょう」
二人が交互にそう言いました。わたくしは二人のことを一回ずつ抱きしめて、別れの言葉の代わりにしました。
――今日のことを言ったら、ウィルはどんな顔をするでしょうか? 驚くでしょうか、笑うでしょうか。いずれにしても、早く話したくてたまりませんでした。
そんなことを考えながらお城を出ようとしていたら、直前で呼び止める声が聞こえました。
「メイベル! 待って! 待って待って!」
息を弾ませて、侍女も付けずにお一人でやってきたのはセレナ様でした。
「セレナ様、何かあったのですか? パーティはよろしいのですか?」
興奮した様子でセレナ様はおっしゃいます。
「パーティなんてもうどうでもいいわ! 今日のこと、本当に見事な手腕だったわ。一体どうやって仕組んでいたの? わたくしにアリエッタ様を招待させた時には、もうこのシナリオを思いついていたんでしょう?」
好奇心旺盛な少女を前にして、わたくしとしたことが返答に詰まってしまいました。その間にもセレナ様は目を輝かせながら嬉しそうに言います。
「――いいえ、何も言わなくていいわ。ただ、さっきお父様の側近の方にこっそり聞いたの。ユーシスお兄様の廃嫡で話が進んでいるって! わたくし、物心がついてから今の瞬間まで、ずっとこのことを待っていたのよ!
それで、お兄様ったらどこに行かされると思う? 北部の開拓を命じられるのよ! あの広大な北部のよ! 一生かかっても帰ってこれないわ。ざまあみろってこのことだわ! それに腰巾着のハリー・ホールも同じ場所に行くんだって! 嫌な人が一気に二人もいなくなるのよ! 今までの人生で一番最高の日だわ!」
「そうでございますか。それは大変喜ばしいことですわ」
わたくしがにこやかに答えると、セレナ様は笑顔のまま、その目の奥を光らせました。
「わたくし、ジャスティンのこと諦めないわ。何年かかったって、絶対に落としてみせるわ。どこに逃げたって追いかけるんだから。メイベルを見て学んだの。本当に欲しいものを手に入れるためには、たくさん種を撒いて、確実な手を打たなくてはならないんだって」
「はて、なんのお話でしょうか?」
ふふ、とセレナ様は愉快そうに声を上げて笑われました。
「ハリー・ホールがいなくなって、宮廷魔法使いの椅子が一つ空くわ。それで誰かいい人がいないかって、さっきお父様の側近に言われたの。わたくしは直接知らないけれど、友人を通してなら一人だけ当てがあると答えておいたわ!
帰るのは少し遅くなってしまうかもしれないけれど、数分だけお話ししてあげて」
そうしてセレナ様は、わたくしの耳にそっと手を当て顔を近づけ、こう囁かれたのです。
「ねえメイベル。計算が苦手だなんて、嘘でしょう?」
それには微笑みをひとつだけ返しておきました。
わたくしの長きに渡る計画は、ようやく実を結んだのでした。
残り二話です




