わたくし、真相を暴きますわ
眉を顰めて、ウィルは不審げに言います。
「真相も何も、俺は現行犯で捕獲されました。疑うのなら、ジャスティン様にお聞きすればいい」
床に袋を置き、その口を片手でしっかりと握りながらわたくしは答えました。
「昨日の罪のことではありません。過去に、行われた殺人についてです。
わたくしの両親の毒殺――あれは、あなたが犯したものではなかったのでしょう?」
「何度同じ話をするおつもりですか? 俺がやったことです。過去の罪も、今の罪も、俺が犯した罪です」
「いいえ、違うはずです。これが証拠です」
そう言って、わたくしは麻袋を示し、再び口を開きました。
「キースさんです」
「――は!?」
ようやくウィルの顔に人間らしい表情が戻ったように思いました。信じがたいものを目の当たりにしたかのような表情でしたけれども。
「冗談のつもりなら――」
言いかけた彼の言葉を遮りました。
「あなたはキースさんとマーガレットさんに、遠くへ逃げるように言ったらしいじゃありませんか。ですが彼らはそうはしませんでした。先ほど、キースさんがわたくしの元を訪れてくださったので、隙をついて気絶させ、連れてきました。
わたくし、こう思うのです。
当時、あのお屋敷に雇われていたのは、あなただけではありません。弟妹思いのあなたが、単身、あんな地方に住むとは思えません。お母様を亡くしたあなた達兄弟は、三人ともインターレイク家にいたのでしょう? マーガレットさんはまだ赤ちゃんだったでしょうけれど、キースさんは動ける年齢でした。ときには仕事をすることだってあったのでしょう。料理を運ぶとか、簡単なことはできたはずです。ですから……」
一呼吸置いて、わたくしは言いました。
「キースさんが、毒を運んだのです」
ウィルの目が見開かれました。けれどすぐに、彼は自分を取り戻したように言いました。
「弟ではありません。俺でした」
わたくしは、そんな言葉は無視します。
「ウィル、あなたはキースさんが犯した罪を知っていたのですね? そうしてそれは、サイラス・ハイマーも知っていた。平民が貴族相手に罪を犯せば、当然ながら死刑になります。叔父様は、キースさんを処刑させると脅して、あなたを利用し続けたのではないのですか。
あなたはキースさんを守るために泥をかぶり、彼を殺させないために、自分が死ぬつもりだったのでしょう?」
これが真相のはずです。
ウィルは、大切な弟を守るために、嘘を貫き通していたのです。言いながら、彼の愛情の深さを思い知るようでした。ウィリアム・ウェストほど、人を深く愛せる人はいませんでした。
しかし彼はどこまでも強情です。首を横に振りながら、静かにこう言いました。
「……キースではありません。弟は無関係です」
「あなたが認めないのなら、こうするまでです!」
言うなり、もう片方の手に隠していたナイフを思い切り麻袋に突き立てました。途端、真っ赤な液体が吹き出します。ウィルの顔が蒼白になりました。
「何をしているのですか! やめてください、死んでしまう!」
「急所は外していますわ」
自分でも驚くほど冷静な声色でした。
「あなたの無実を認めますか?」
それは同時に、キースさんの罪を認めるということです。苦悶の表情を浮かべながらも、ウィルは床に頭を擦り付けるように、何度も頷きました。
「……認めます……! 認めますからキースを痛めつけないでください!」
「あなたが牢から出て、治療すればいいでしょう」
牢兵を買収し得た鍵で牢を開放すると、弾かれたようにウィルは飛び出し、袋の中身を確認します。
そうして目を見張りました。彼が見たのはキースさんではなく、ブヨブヨとしたゼリー状の外皮に包まれた血糊でしかなかったのですから。
「レティシアに言って、魔力を込めて作ってもらいました。キースさんはわたくしの部屋に、エドワード様と一緒におります。安全ですよ」
「……なぜ、こんなことを」
がくりとうなだれ、小さく呟くその背中に、話しかけました。
「こうでもしないと、あなたは本心を明かさないと思いました。手荒な真似をしてごめんなさい」
「僕らは知る権利があるだろう」
その声に、驚いたようにウィルは顔を上げました。ウィルから見えないように、牢の死角にいたのはジャスティンお兄様とレティシアだったのです。
「わたしたちの両親は、どうやって死んだの」
そう問うレティシアの声も、このところの自信なさげな彼女のものよりも、よほどしっかりしたものでした。ウィルの手枷を解いてやると、彼はゆっくりと立ち上がります。
目の前の光景が信じられないかのように、再びわたくし達の顔を順に見た後で、静かに、語り始めました。
「あの日――。あなた方のご両親が亡くなった日、いつも通り、食事を運ぶのは俺の役目でした。ですが赤ん坊のマーガレットが高熱を出してしまって、領地の医者に連れて行かなくてはなりませんでした。だから俺は、俺の仕事をキースに頼んだ。弟はまだ幼くありましたが、そのくらいの仕事はできましたから」
聞きながら、ぼんやりと当時のことを思い出しました。長く熱病に臥せっていた両親と会えないのが寂しくて、わたくしは毎晩こっそり泣いていたものです。
「俺が一切を知ったのは、終わった後でした。使用人に与えられていた部屋に戻ると、キースが大泣きしながら駆け込んできたのです。旦那様と奥様が――血を吐いて動かないと。
慌てて寝室へ行くと、お二人は既に亡くなっておられました。食事を吐いた跡がありました。夕食に何かが仕込まれていたのは疑いようがありませんでした」
「叔父様がそのことを知ったのはいつだったのですか」
「翌日には既にご存知でした。本当は俺に毒を運ばせるつもりだったのでしょう。
彼に仕組まれたのだと気付いたときには手遅れで、彼はキースを殺すと言いました。今もそうですが、当時は一層のこと、平民に権利などありませんでした。ハイマー様にとってのキースの命など、路端の石よりも無価値なものだったのでしょう。彼は間違いなく、弟を殺すつもりでした」
「むごいことだわ」ぼそりとレティシアがそう呟きました。
「叔父様はウィルを手元に置くことで、キースさんの処刑を取りやめたということですね」
わたくしの言葉にウィルは頷きます。
「俺には魔法が使えましたから、有用だと思われたのでしょう」
「キースさんはそのことをご存知なのですか?」
「……弟に魔法を使いました。禁じられているものですが、記憶の忘却です。ですから彼は何も知りません」
驚いたように、レティシアがわたくしを見ました。
「それってとても強い魔法だわ。わたしくらい普通の人には使えはずがないものよ」
ウィルの能力はとても強いのです。だから叔父様も利用し続けたのでしょう。
わたくしは兄妹に向き直りました。
「わたくしはこう思います。剣で人を刺したからといって剣に罪はないように、キースさんに罪はありません。それでよろしいですね?」
「利用されただけの子供に罪があるとは、僕らだって思っちゃいないさ。だが――」
お兄様が何を言いかけたのか分かるように思いましたが、無視してわたくしはウィルの手を握り、彼の目を覗き込みました。
「キースさんを殺させません。ウィルのことだって殺させません。わたくしが必ず守り通してみせますわ」
灰色の瞳が、わたくしだけを映しています。彼の目をこうして見つめるのも、随分と久しぶりのように思えました。心臓がまた騒ぎ出します。見つめ合っているだけでこれほどまでに勇気が湧いてくるのも、とても不思議なことでした。
誤魔化すために軽く咳払いをして、わたくしは言いました。
「罪があるのは叔父様です。彼こそ汚い殺人者ですわ。それに――」
再びお兄様を見ました。
「お兄様は、ご存知だったのではないのですか」
お兄様は顔を歪められます。
「両親の死が病死でないと? そうさ、知っていた。どうせ叔父がなにかをしたのだろうということもな」
「ではどうして今まで平然としていたの?」
ぎょっとしたようにレティシアが言い、お兄様から一歩離れます。お兄様は憤慨したように言いました。
「平然と? 平然としていたわけないだろう! 僕はいつだって怯えていた! 次は僕の番だって! だから何年も、無能で無害のふりを続けているんじゃないか!」
「戦いましょう。叔父様を打ち砕くのですわ」
わたくしの言葉をお兄様は拒否します。
「できない! 勝手にやってくれとこの前言っただろう! 僕は降りる。死にたくはない!」
「叔父様はお兄様をどうしたって殺すおつもりです。ウィルが失敗したのだから、他の方法でまた必ず殺します。そういう人でしょう?」
お兄様の顔は蒼白になりました。叔父様にとってお兄様がひどく邪魔になったということは明らかでした。
お兄様は出世を続けていますし、王女様のお気に入りです。このままですとせっかく奪った爵位を失いかねないと思っているのでしょう。
「考えましょう。考えなくては。戦わなくてはならないのですよ!」
黙り込んだお兄様に、わたくしはなおも言いました。
「腰抜けのお兄様。あなたに足りないのは勇気ですわ! 一度でいいから、わたくしの考えを聞いてくださいまし!」
「僕はいつだってお前たちのことを考えていた。お前たちの幸せを第一に優先してきたんだ」
「……もう、そうしていただかなくて結構です。わたくしもレティシアも、自分の足で立っていて、好きな時に好きな場所に、好きな人と行けますから」
言ってから、ウィルの手を取りました。わたくしが握ると、温かな彼の手が、しっかりと握り返してくれます。それが嬉しくてたまりませんでした。
わたくし達の様子を見て、苦々しげにお兄様は言います。
「過去の罪を、あの男は決して認めないぞ。どうするつもりだ?」
「認めさせるのは過去ではありません。現在の罪です」
蛇のように邪悪なあの叔父様を出し抜くには、わたくしたちも狡猾にならなくてはなりませんでした。




