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わたくし、憤慨いたしますわ

 何日待っても、ウィルからの返事はありませんでした。

 向こうも見張りがいるのかもしれません。そう思って、再び同じ侍女に返事をもらいに行っていただきましたが、帰ってきた彼女の手には、何もありませんでした。困り果てたように彼女は言います。


「ウィリアムさんに、手紙は書かないと言われてしまって……。メイベル様、友人として言いますけれど、彼は諦めた方がよろしいのではないでしょうか。平民で、お金もないし、結婚できても苦労するだけでしょう? しかも手紙も寄越してくれないなんて、愛があるとは思えません」


「愛はあります。彼も諦めません」


 きっぱりとそう言うと、彼女もそれ以上、何も言ってきませんでした。

 


 

 されども手立てがなければ、どうしていいのか分かりません。諦めるつもりはありません。けれど思いつく限りのことはいたしました。 

 考えられる最後の手段としては、見張りの目を盗んで城の門を越え、彼の元へと行くことです。先日のアリエッタ様との散歩の際、見張りは遠巻きにしておりましたから、彼らと十分に距離を取ることができれば、全く勝機がないということではありません。ストールでも被って顔を隠せば、門兵だっていちいち気にしません。平素から、女性に対して軽口は叩いても警戒はしない方々ですもの。


 それしかありませんわ! 心が明るくなっていきました。


 決行は、いつがいいでしょうか。時間をかけている余裕はありませんでした。明日にでも庭へと散歩に出て、逃げましょう。

 

 ですが結局、その機会は訪れませんでした。

 その日の内に、別の報せが届いたのです。


 その時は、既に夜でした。外は真っ暗な上に土砂降りで、凍えそうなほどに寒い日でした。


「ジャスティン様が襲われ、大怪我をなさいました。現在ご自室にて治療を受けられております。すぐに来てください」


 そう伝えに来たのはジャスティンお兄様のご友人で、数人で街中を歩いている時に、ナイフで襲撃されたのだそうです。

 わたくしはナイトドレスのまま、慌ててお兄様の部屋に向かい、部屋の前に着くなり扉を勢いよく放ちました。


「お兄様のご容態は!」


 しかしわたくしの勢いは続いて聞こえてきた暢気な声に、たちまち収まってしまいました。


「やあメイベル! 来てくれて嬉しいよ! 機嫌は直ったのか?」


 ソファーの上にはたくさんのご友人に囲まれたジャスティンお兄様がにこやかに座ってらしたのです。中にはお兄様を慕ってらっしゃるご令嬢たちの姿もあり、熱心に看病をしておられました。

 

「……お兄様、刺されたと聞きましたが随分とお元気そうですね? わたくし、部屋へ戻ってもよろしいですか?」


「冷たいな、好奇心旺盛なお前に、事件のことを語ってやろうと思ったんだよ。怪我はこれだけ。手の甲をかすっただけだ」


 確かにお兄様の右手は包帯でぐるぐる巻になっていました。

 

「誰が襲ったんですの?」


 わたくしの質問に答えたのは、ご友人のうちのお一人でした。


「見たところ平民のようでした。物取りか、身なりのいい人間を憎んでのことでしょう」


 続いてお兄様も言いました。


「……犯人は僕の友達に取り押さえられて、今は牢に入ってる。理由はこれから兵らが聞くさ」


 それからお兄様は、周囲に向かって言いました。


「もう治療はいりません。皆さん帰ってくださって構いません。僕は大丈夫ですから」


 その言葉を皮切りに、ぞろぞろと皆様部屋を出ていきます。わたくしも後に続こうとしたところで、お兄様に呼び止められました。


「メイベル、残れ」


 本心は表情に出ていたのでしょう。お兄様は苦笑しました。


「話があるんだ」


 しぶしぶと、わたくしはお兄様の向かいに腰掛けました。よもやわたくしの頭の中にだけある脱走計画が漏れたはずはないと思いながらも、ほんのわずか身構えます。

 ですから次にお兄様がこう言った時、拍子抜けいたしました。


「お前、エドワードに余計なことを言っていないだろうな」


 すぐにわたくしは答えます。


「一つも言っておりませんわ。なぜ?」


「ならいいが、彼が急に、切なそうな視線でレティシアを見つめるようになったように思ってな。お茶でもどうかと、突然レティシアを誘ったんだそうだ。今までそんなこと、一度もなかったのに。

 お前のことも相変わらず誘っているんだろう?」


 誘われてはおりましたが、都度理由を付けては断っておりました。

 もしかすると先日のパーティで恋心の始まりの誤解を解いたことで、彼の心情に変化があったのかもしれません。わたくしとレティシア、どちらに恋をしたらいいのか、迷ってらっしゃるのかもしれませんでした。


「彼は純粋なる恋する男だ、あまり混乱させるなよ」


「お話というのはそれですの?」


「いや、違う」


 一瞬だけ、奇妙な沈黙がありました。

 ふいにお兄様のお顔から、平素の軽薄さがなくなりました。険しいとさえ思えるその表情で、ひどく言いにくそうにお兄様は告げました。


「……僕を襲った犯人だ。あれはウィリアム・ウェストだった」


 聞いた瞬間、立ち上がりました。


「馬鹿なことをおっしゃらないでくださいまし! いくらお兄様といえど、言っていいことと悪いことがございますわ!」


 憤慨するわたくしでしたが、しかしお兄様は冷静でした。


「僕だって夢だったらいいと思ってるさ。ウィルは子供のころからの知り合いだし、優秀さでは一目置いていた。だが間違いなく彼だった、目が合った。見間違えるはずがない。気になるなら、牢に行って確かめてみろよ」


 わたくしは頭に血が登ったまま、叫ぶように答えました。


「ええ! 確かめてみますわ! それで彼でないと絶対に証明してみせます!!」

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