わたくし、絶対諦めませんわ
窓の外の空は青く明るく、この部屋から見える城の庭では数組の貴族の男女が宮廷恋愛にふけるように、連れ立って歩いておりました。
たいして面白味もない光景ですが、その反対側の室内は、更に面白くないので、わたくしは外ばかりを見つめていました。
室内では、ジャスティンお兄様が頭を抱えてわたくしに語りかけていたのですから。
「なあメイベル、いい加減機嫌を直してくれないか。いつまで僕と口を利かないつもりだ? 前みたいに仲良し兄妹に戻ろうじゃないか」
お兄様は部屋をうろうろしながらも、まるで子供に話すようにわたくしに語りかけます。
「ほら、外はこんなに晴天だぞ。たまには二人で城の庭を散歩しよう。お前の好きなクッキーも焼かせてさ」
わたくしはクッションで耳を塞ぎました。しかし呆気なく奪われます。
睨みつけると、お兄様は深い溜め息をつきました。
「お前を無理矢理連れ戻したのは、百歩譲って僕も悪かった。だがサイラス叔父に反抗したところで、僕に残された僅かな財産と必死にしがみついているこの地位を失うだけだぞ? わかるだろう。そうしたら、お前たちだって無事じゃいられないぞ」
わたくしはもう貴族令嬢ではないのだから、関係のないことです。お兄様が大切なのは、結局ご自分の保身だけに違いありません。
"出て行って、顔も見たくない”――手元の紙にすばやくそう書き込みをすると、くしゃくしゃに丸めてお兄様に投げました。
さきほどよりももっと深く息を吐くと、ジャスティンお兄様はようやく部屋を出ていく気になったようです。ですが出ていく間際、こう言いました。
「その窓は、レティシアが魔法をかけて、開かないようになっている。扉の前にも見張りがいる。もう逃げられないからな。
それに、お前のウィリアム宛ての手紙は、全部僕が処分しておいたから。向こうもお前との縁は、これ以上持っておきたくないと言っているようだからな」
そう言って、バタンと扉は閉まりました。
これでわたくしが引き下がると思っているのならば、我が兄ながら、わたくしのことをちっとも理解していないと言わざるを得ません。
ウィルと一緒の、誰にも邪魔されない未来のために、決してめげるものですか。これは誰かの陰謀に違いありません。思考を働かせ続けました。
まず大前提として、ウィルはわたくしを愛しています。あのまなざしや、態度や声色から、それは明らかでした。紡いだ絆が、すべて嘘だったとは思えません。
では、そのわたくしとの縁を切ってまで、優先すべきことが彼にあったということです。
彼の態度がおかしくなったのは、エドワード様が現れて、わたくしの両親を殺害したのがウィルだと告げた直後からです。ウィルはまさしく自分であると認め、あのまま話し合いが進めば、わたくしとの縁をあの場で切っていたのでしょう。そうまでして、何かを守っているのです。
「ウィルがわたくしより守りたいものがあるとしたら、一つしかない……」
一人、そう呟きました。
そもそもわたくしの両親は、流行病の熱病で命を失いました。そう聞いていますし、ベッドに苦しげに横たわる二人の姿を、ぼんやりと覚えています。
もし本当に両親が殺害されたのだとしたら、魔術や毒の類でしょうか。ウィルにとっては、どちらも可能なことでしょう。
他に思いつくことは――。そう、叔父様。少なくともサイラス叔父様は当時からウィルがそれを犯したと思っていたのです。それで、この弱味こそ幸いだと、彼を自らの駒として抱え込み、従わせていました。
「やっぱり、おかしいですわ」
本当にウィルが貴族憎くしとわたくしの両親を殺害したのなら、なぜサイラス叔父様には黙って従っているの? 無茶な仕事ばかりさせるあの叔父様こそ、憎む最たる男ではないのでしょうか。
ウィルが本当に冷酷な殺人者なら、とっとと叔父様を殺しているはずです。
なのにそうはせず、そうして、すべてを知っている叔父様は、今もウィルを生かしている――。
はっと光が見えたように思いました。
もしかして、もしかして……?
「やっぱり――彼は無実なのですわ」
だとしたら、どうにかしてこのお城を抜け出して、ウィルのところに行って確かめなくては。そうしてわたくしたちを邪魔する本当の敵を打ち砕かなくてはなりません。
けれど、相当に慎重にならなくてはなりません。わたくしの推論が正しければ、一歩間違えてしまえば大切な人を取り返しようもなく傷つけてしまう、諸刃の剣になりかねないのです。
そこまで考えたところで、扉が叩かれ、思考が中断しました。
「メイベル様、レティシア様がお呼びです」
それはレティシアの侍女の声です。すぐに答えました。
「わたくしは行きませんと伝えておいてくださいまし。用があるのなら、そっちから来るのが礼儀ですもの」
「ですが、レティシア様は憔悴されていて、メイベル様を求めています……」
その侍女は周囲に聞かれることを恐れるかのような小声でそう囁きました。
現状、立場で言えばわたくしは、ユーシス様の婚約者であるレティシアの侍女なのですが、当然、世話をする気はありませんでした。
「もし本当にわたくしに会いたいのなら、この部屋に来るべきです。それとも王子様の婚約者様は、姉妹の絆も忘れるほど恩知らずということなの?」
そう言い切ったわたくしの頑なさを、侍女も感じ取ったのか、扉の前から気配が消えました。
けれどもわたくしの平穏は、訪れてはくれなかったのです。
すぐさまバタバタと慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、ノックもされずに扉が開かれたのですから。
現れたのは、大泣きしたレティシアでした。
「ひどいわメイベル! どうして会ってくれないの?」
この元気があれば大丈夫そうです。
けれど髪はボサボサで、肌もガサガサで、前より痩せた様子の妹は、確かに少しは落ち込んでいそうでした。
レティシアは部屋に入ってきた勢いで、わたくしに縋りつきました。
「わたしがあの従僕とメイベルの仲を引き裂いたから? それともユーシス様を奪ったから? それとも……それともあなたがとんでもない悪女だって噂を流したから? だから嫌いになっちゃったの!?」
やっぱり噂はあなたの仕業でしたか。
けれど別に気にしておりませんでした。
お城での評判なんて、どうでもいいこと――……とは思うけれど、腹が立つのは事実でした。レティシアの手を振り払い言いました。
「わたくしの妹は、マーガレット・ウェストだけですわ」
「誰よ!」
「可愛い赤毛の素直な女の子です。金髪でわがままで可愛くない子なんて知りません」
レティシアはふらふらと床に座り込み、さめざめと泣き始めました。
「ねえ、お願いよメイベル……! 全部わたしが悪かったわ。なんでも言うことを聞くから!
もうユーシス様の婚約者でいるのは無理……でも、なのに、彼ったら! 二度も同じ家の娘と婚約破棄などしたら恥だから、そんなことはできないって! わたしにお飾りの妻になれって言うのよ!」
あのユーシス様に恥という概念があったことには驚きですが、大方、言いなりになるレティシアを隠れ蓑にして、悠々自適に過ごす気なのでしょう。わたくしはレティシアに助言はしたつもりでした。
「だからユーシス様のことは諦めろと言ったでしょう? 聞かなかったのはレティシアじゃないの。当然の結果だわ」
「わたしのことは、真実の愛だって言ってくれたのに! 他の女とは違うって、言っていたのに!」
それは実際、どの女性にも言っているのです。
「また浮気されたのね」
うん、うん、とレティシアは泣きながら頷きます。
「相手は帝国の第十皇女よ! セレナ様がお招きして、ずっとこの城にいるのよ! どうしてよりにもよって、あんな悪評高い女をセレナ様がご招待したの! 昼も、夜もユーシス様とイチャイチャして、嫌な女だわ!」
「何言っているの、それはあなたもそうだったわ」
わたくしが言うと、レティシアはひどい、ひどいと床に突っ伏して更に泣きました。よくもまあ、そこまで泣けるものです。
けれど――以前に撒いた種が、恐ろしいほど順調に芽吹いているようで驚きました。そっちは勝手に進むでしょう。あるいはレティシアの手助けをして、恩を売ってもいいかもしれません。
この敵ばかりのお城の中で、自由に動ける味方は、少々欲しいところでありましたもの。




