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わたくし、義弟をお祝いしますわ

 わたくしの生活は楽しいものでした。朝にウィルとキースさんを見送って、日中はマーガレットさんにお勉強を教えたり、遊んだりしながらお家で過ごして、夜になればウィルと二人で、誰にも邪魔されない時間を過ごしました。


 そうして過ごしながら、わたくしはあることを考えついたのです。

 それは穏やかな晴天の朝でした。出かける義弟に尋ねます。


「キースさん、今日は何時に戻りますか?」


 聞いたキースさんの目は胡散臭そうに細まりました。


「何を企んでる」


「別に何も?」


 企んではおりましたが、しらばっくれてそう答えました。未だに疑念を隠そうとしないキースさんですが、結局はのろのろと答えました。


「普通に帰るけど……」

 

 その答えが聞きたかったのですわ。わたくしはマーガレットさんと顔を見合わせて微笑みました。

 今日ばかりはウィルもお家にいました。わたくしの計画に協力してくれるからです。 



 

 そうして実行の時間になりました。

 外はすでに薄暗く、おぼろげなガス灯が窓の外、遠くに見えておりました。家の外に、キースさんと思しきカッチリした足音が響きます。

 扉が鈍い音を立てて開いた瞬間、わたくしとマーガレットさんは飛びつきました。


「お誕生日おめでとうございます!!」


 呆気にとられたようにキースさんは口をぽかんと開け立ち尽くします。次に我に返った様子で、慌ててわたくしを押しのけました。


「誕生日は一昨日だ! おめでとうと、あんた一応言ってただろ!」

 

「だって、一昨日昨日とお友達のところに泊まって帰って来なかったでしょう? ですから今日、我が家で改めてお祝いですわ!」


 奥にいたウィルがキースさんに笑いかけました。


「俺からも、改めておめでとう、キース。いつもありがとう。家のこと、マーガレットのこと、助かってる」


 むすっと、キースさんは小さく言います。


「別に、普通のことだし」


「キース、おめでとう! マーガレットがケーキを焼いたの!」


 マーガレットさんがキースさんの手を引いて、テーブルまで連れていきました。流石に妹の言葉には、彼は素直にお礼を言うようです。


「……ありがとう」


 わたくしの肩に、ウィルの手が背後から置かれました。見上げると目が合い、微笑みを交わします。


「こういう風に家族の誕生日を祝うのは初めてですよ」


「わたくしも、そうです」


 わたくしにとって誕生日は、ひっきりなしに貴族の皆様にご挨拶をしなくてはならない気の張る日でした。兄妹の誕生日にも、他の方からいただいた贈り物への返礼を、そつなくこなさなくてはと三人で必死に知恵を絞った思い出しかありません。

 なんの見返りもなく、心の底から誰かの生まれた日を祝うだけのお祝いは、初めてのことでした。


「お料理はわたくしとウィルとで作りましたよ」


「どうせほとんどウィルが作ったんだろ。メイベルに料理ができるとは思えない」


 といいつつ、キースさんの顔は照れたように赤くなっていました。


「喜んでいますよ」ウィルのわたくしへの耳打ちが聞こえていたのか、「うるさい!」と怒られてしまいました。どうやらサプライズパーティは成功のようです。

 ケーキをテーブルに置くと、ウィルとマーガレットさんが魔法で蝋燭に火を灯しました。十五本の蝋燭は、中々見ごたえがあるものです。


「願いを込めて蝋燭を消すのですよ」


 わたくしの言葉に、子供じゃないんだからと言いつつも、キースさんは炎を消しました。彼が何を願ったのか、聞いても教えてくれませんでした。


 キースさんはいつの間にか、わたくしのことを名前で呼ぶようになっていましたし、わたくしがここにいることへの文句も、ほとんど言わなくなっていました。

 義姉と認めてくださったのかは分かりません。文句を言うとマーガレットさんが怒るので、そのせいかもしれません。けれど、ぎこちなかったわたくしたちの暮らしは、徐々に様になってきていました。

 


 いつまでもこういう日々が続けば良いと、そう思っていたのです。

 幸せというものは、やはりいつか消えてしまうものなのでしょうか。特にこのような、薄氷の上の幸福は。

 事件は、それから幾日もしない内に起こりました。


 キースさんのお誕生日パーティから数日後に、この家を訪れたのは、かつての婚約者だったのです。わたくしがとうの過去に置いてきた――エドワード様でございました。


「メイベル様――! よりにもよってここにいるなんて!」

 

 彼はひどく怒った様子でありました。悲しんでいるようにも見えました。とにかくいつもの冷静で穏やかで、夢見がちな紳士ではありませんでした。

 先に彼を出迎えたマーガレットさんが、怯えたように身を固くしたのがわかりました。彼女のことを守らなくては、そればかりを考えました。

 ――わたくし、浅はかだったのですわ。

 この暮らしがあまりにも幸福すぎて、わたくしとしたことが、後手に回ってしまっていたことにようやく気が付きました。エドワード様のわたくしへの想いを、少なく見積もり過ぎていたようです。まさかわざわざ、自分の顔に泥を塗った娘を探し出すなんて思いもしませんでした。あるいは復讐のため? そういうことをする方にも見えませんでしたのに。

 このような殿方は、さっさと他の美しい娘を見つけ、次の恋に落ちるものだと思っておりました。見誤っていたようです。


 わたくし達の最善策は、いつかと言わず今すぐにでも王都を離れ、どこか遠くへ逃げることだったのです。ですが後悔先に立たず。もう手遅れです。


 わたくしは両手を握りしめ、心の中で言いました。

 大丈夫。わたくしは悪女、メイベル・インターレイクですもの。切り抜けられなかったピンチは、今まで一つもなかったでしょう?

 一つだけ呼吸をした後で、お城で嫌というほど訓練した微笑みを浮かべて彼をまっすぐ見つめました。

 

「エドワード様、わたくしのお家へいらしてくださるなんて感激ですわ。あいにく主人は不在ですの。妻として、おもてなしいたします。どうぞおかけになって?」


 聞いたエドワード様は、苦々しげに顔を歪められました。

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