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わたくし、仲良くなりますわ

 キースさんとマーガレットさんはウィルに雰囲気が似ているものの、当然ながら細部では異なっておりました。


 キースさんはウィルと同じ焦げ茶色の髪をしていましたが、伸ばしてはおらず短髪で、緑色の瞳をいつも不服そうに細めています。不服なのはわたくしがいるからでしょう。

 きっと御学友の前では快活に笑う少年なのだと、そんな気がしておりました。背はわたくしよりも少し高いくらいです。十四歳なのだから、これから伸びるのでしょう。

 

 一方でマーガレットさんは見事な赤毛をしておりました。けれど長い髪は手入れをあまり頻繁にはしていないのか、絡まり乱れているようでした。翡翠のようにな緑色の瞳はくりりと大きく、上目遣いで見つめられると、なんとも可愛らしくて、つい抱きしめたくなってしまいます。

 実際抱きしめると、彼女は顔を真っ赤にして、嬉しそうにはにかむのでした。


 朝食後に、キースさんはぶつぶつと文句を言いながらも学校へと向かいました。

 ウィルがお茶をいれてくださるのを待ちながら、わたくしはマーガレットさんとテーブルを挟んで向かい合いました。


「マーガレットさんは学校へは行かないのですか?」


 少女は不安がちな瞳をわたくしに向けました。


「ま、前に学校でいじめられて、それで行きたくないの。ウィルもキースも、無理に行かなくていいって」


「まあ。キースさんも? 妹さんには優しいのですね」


 と話していたところでウィルがお茶を持って戻ってきました。途中から会話を聞いていたようです。


「あいつは性根は悪い奴ではないんですが、誰に似たんだか口が悪いくて頑固で。気分を害されたでしょう? 後で叱っておきます」


「いいえ! いいんですわ。きっと仲良くなってみせますもの」


 ふふ、と笑うとウィルも微笑みました。


「少しハイマー様のところへ行ってきてもよろしいでしょうか。呼び出されておりまして。昼には戻ります――もちろん、あなたがここにいることは命に代えても伏せます」


 仕事ならば仕方がありません。叔父様の呼び出しを断り、怪しまれてもなりません。

 はい、と返事をいたしました。


 玄関先でいってらっしゃいのキスを頬にすると、一瞬だけ驚いたような表情をした後で、ウィルはわたくしにもそれをくれました。そうしてマーガレットさんの頭を撫でると、ウィルもまた、家を後にします。

 

 ですからわたくしとマーガレットさんは取り残されたのです。

 せっかくなので、二人で遊びます。

 やたらと身につけてしまった技術で、マーガレットさんの髪を梳かし、整えます。侍女がまだ与えられなかった頃、わたくしとレティシアはこうしてよく、互いの髪をいじっていたものでした。

 丁寧に梳かし、マーガレットさんが使えるという魔法で、温風を出して整えていきます。 

 サイドの髪を編み込んだハーフアップという簡素な形ではありましたが、仕上がりを見たマーガレットさんは、鏡を見てぱっと顔を輝かせました。


「お姫様みたい! お義姉さま、すごいわ! ウィルやキースは、こういうの、全然してくれないんだもの」


「とっても可愛いですよ。よく妹にもこうしてあげたものです」


 マーガレットさんは背後のわたくしを振り返ります。


「レティシア様にも?」


 振り返った彼女の髪にわたくしがつけていた髪飾りを置くと、なんとも様になるのでした。ウィルの妹さんですもの、土台がいいのです。こんなに可愛い女の子をお城に連れて行ったら、たちまち悪者たちの餌食になりそうです。


「レティシアの子どもの頃は、あまり着飾るのが好きじゃなくって、部屋に閉じこもって勉強ばかりしていたのですよ。でもいつの間にか、そうではなくなりましたけれどね」


 ふいにマーガレットさんの瞳が不安げに揺れたのに気が付きました。


「お城に戻ったりしない? 妹さんが恋しくなって、このお家からいなくなったりしない?」


 まさか! ありえないことです。けれどマーガレットさんの表情は真剣そのものでした。両手でわたくしにすがりついて、懇願するかのように言いました。


「あのね、お義姉さまを見るウィルの目が、すごく嬉しそうなの。最近、ウィル、怖かったから。知らない人と結婚が決まってからはますますひどくて……。でも、お義姉さまと暮らしていたときは、幸せそうだった。最近はまた暗くなって、だけどお義姉さまがまた来てくださって、またウィルに幸せが戻ったみたいなの。

 ウィルって、いつも自分のことは後回しでキースとマーガレットのことを一番に優先しちゃうの。でもお義姉さまのことはそうじゃないでしょう? 絶対に諦めたくないんだって、そう思ったの。だから、いなくならないで欲しい。いつまでもウィルと一緒にいてほしい」


「いなくなりませんよ。だってわたくしは、ウィルの奥さんなんですもの」


 わたくしの言葉に、マーガレットさんはほっとしたように胸をなでおろしました。




 昼食時にウィルは戻らず、代わりに穏やかそうな声の男性が訪れ、昼食を二人分届けてくださいました。なぜ声の特徴だけお話しているかと言うと、わたくしは奥の部屋に隠れていたからです。

 マーガレットさんとキースさんの部屋には本が所狭しと並んでおります。

 彼ら三兄妹が勉強熱心なのは、間違いないようでした。

 

「ウィルは仕事が立て込んでて、夜まで戻れないんだって。あの人はウィルのお友達で、いつもお昼ごはんを届けてくれるの。ハイマー様のところで働いている馬番の人って、ウィルは前に言っていたよ」

 

 昼食を届けた人物に対して、マーガレットさんはそんな風に言いました。叔父様のところで働く穏やかな初老の男性をわたくしも思い浮かべました。確かに彼なら、余計なことは言わないでしょう。



 

 夕方になって、キースさんが戻ってまいりました。並んで本を読むわたくしとマーガレットさんに、一瞬だけぎょっとしたような顔を浮かべた後、夕食の準備をすると告げ、厨房の方へと言葉少なく向かいます。どうやらウィルのいないとき、食事の支度をするのはキースさんの役目のようです。

 義姉として役に立つところを見せなくてはとわたくしも後を追うと、キースさんは一度だけ振り返り、興味が失せたように手元に視線を戻しました。

 そうして、ぼそりと言いました。


「マーガレットの髪、お前がやったのか?」


 独り言のような言葉に、一瞬、返すのが遅くなります。


「はい、可愛らしいでしょう?」


「あいつ、嬉しそうだ」


 背を向けたまま、キースさんは言います。


「俺とウィルじゃ、髪まで気を配ってやれないから。…………ありがとな」

 

 びっくりしました。感謝の言葉です。

 嫌いなわたくしにお礼を言うなんて、本当に妹さんのことは思いやっているのですね。よいお兄さんです。

 打ち解けたように感じ、嬉しく思いました。


「キースさんのお部屋の本を見ましたわ。歴史と政治と法律関連が多いのですね。わたくしも数冊読んだことがありますわ」


 勢いよく少年は振り返ります。


「な、なんで勝手に入ったんだ!」


 開きかけた心が再び閉ざされる気配がしたとき、厨房の入口にいたマーガレットさんがすかさず口を挟みます。


「仕方なかったの! だってお客さんが来ちゃったんだもん」


「誰だ」「いつもの人。お昼ごはんを届けてくれたの」そんな兄妹のやりとりの後、ため息をついたキースさんに再び話しかけました。


「キースさんは、目指している職業があるんですの?」


「なぜお前に言う必要がある?」


 つれない返事ですが、気にしません。


「当ててみましょうか? 先生ですわね? それとも外交官ですか? それとも政治家? うん、ええ、きっとそう。政治家でしょう? 似合いそうですわ!」


「違う!」


 キースさんは声を荒げ、手を止めて、体ごとわたくしに向き直り、そうして苦虫を噛み潰したかのような表情で小さく言いました。


「……弁護士だ」


「――――弁護士?」


 予想外の答えでした。キースさんは続けます。


「貧乏人の味方になるんだ。身分のない人間は、貴族の肥やしになって死ぬだけだ。そんな奴らを救いたい」


 わたくしは笑っていたことでしょう。キースさんの表情が怒りに変わったのですから。


「お前はそうやって笑うんだろ! 身分もない俺がそんな立派な職業に就けるわけないって!」


 慌ててわたくしは反論しました。誤解されては困ります。


「違いますわ! とっても立派な夢です! 貴族の誰もそんな風に人を守ろうなんて思っていないもの、あなたは素晴らしい人です。

 笑ったのは、ウィルに似ているなって思ったからですわ。平等で誠実で、やっぱり兄弟なんだなって思って」


 最上級に褒めたのに、キースさんの機嫌は良くなりません。


「どこがだ! あいつは金のために人を殺した。貴族の言いなりになって稼いでる。俺はああはなりたくない!」


「ですがお金がなくては死んでしまいます。戦争だから人を殺すのは致し方ないものですわ。貴族の言いなりだって、仕事だからでしょう? 誰だって上の人には逆らえないもの」


 それからこうも言いました。


「ウィルは優しい人ですわ。お兄様のことは、敬うべきです」


 むっとしたようにキースさんは言い返します。


「お前は兄のこと敬ってんのかよ」


「敬っていなければ口を利きませんわ。あんな裏表がある人、兄じゃなければ相手をしません」


 率直な考えを述べただけですけれど、思わず、と言ったように、キースさんは吹き出しました。

 少しだけ、この義理の弟の性格というものが、分かったように感じます。ここでの暮らしも、素晴らしいものになるだろうと、そんな明るい予感がしました。

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