わたくし、恋に破れましたわ
部屋の机の上に一通の手紙がありました。
差出人は――ウィリアム・ウェスト、からでした。
「あなたを愛していない。
仕事は終わった。約束の金を受け取ったので二度と会うこともない」
要約すると、そのようなことが書かれていました。
読んだ瞬間、わたくしは叫びました。
「嘘よ!」
わたくしと共にやってきたお兄様が、妙に明るい口調で言いました。
「どうりでお前の部屋にいないはずだな。謎は解決した。彼は仕事をきっちりと終え、ますます叔父の評価をあげたことだろう。僕が見込んだ通り、使える男だ」
お兄様が何を言っているのか少しも分かりませんでした。だってウィルとわたくしは、あの領地で互いを知って、夫婦になったのです。仮初でなく、愛で心が通じ合った、本物の夫婦になったはずなのです。
手紙を再び見て、気づきました。
「彼の字じゃないわ! だって叔父様に手紙を書くところを見たことがあるもの!」
お兄様の横にいたレティシアが、静かに言います。
「字を多く知らないんでしょう、平民だもの。代筆させたんじゃないの?」
「大切な別れの手紙を、誰かに代筆させるような人じゃないわ!」
じゃあ、とレティシアは無情にも言います。
「大切な手紙ではなかったということでしょう。あの従僕にとってメイベルは、ただの商品、仕事のために側にいたのよ」
あまりにも冷酷な事実に、両目から涙が溢れました。
手紙を床に捨てると、部屋中をひっくり返しながら彼を探しました。
「ウィル! ウィリアム! どこにいるの? 出てきて! こんな冗談、よくないですわ! 少しも面白くありません!」
付いてきたジャスティンお兄様とレティシアが顔を見合わせた気配がします。
「メイベル、彼は去ったのよ。お姉様を捨てて、お金を取ったのよ」
青白い顔をしたレティシアが、今ばかりは同情したような表情を浮かべています。
お兄様も言います。
「元々そういう職務だったはずだ。お前を守り、許しが出るまで側にいるのが彼の役目だった。役目を全うし、彼は仕事を辞めた。あれだけの報酬があればどんなことだってできるだろう。窮屈な使用人の職を辞すことは、十分考えられる」
ありえません。考えられません。
「わたくしを愛しているはずです!」
振り返った先にいる血を分けた兄妹たちは、二人共哀れな身内を見る表情をしていました。わたくしの頬に涙が伝い、慌てて袖で拭います。
「もうよせメイベル。見苦しいぞ。貴族の娘が、平民に本気になったなどと聞かれて見ろ。いい笑い者だ」
笑いたい人は、笑えばいいのです。わたくしは本気でウィルを好いていました。
お兄様の慈悲深い声が聞こえました。
「お前の企みは、僕にはお見通しだった。お前の考えは、こうだったんだろう。サイラス叔父からウィルに報酬が渡ったら、二人でどこかの土地を買って暮らす――」
それは確かに、わたくしが提案したことでした。
「そんな夢物語、無理だって分からなかったのか。愛だけで飯が食えたら、誰も飢えない。愛なんて無駄だ」
「愛は無駄じゃありません。彼はわたくしを愛しています。愛しているはずです。でしょう? ウィル――……」
彼からの返事はありません。
ぼろぼろと流れる涙が止められませんでした。ジャスティンお兄様がわたくしをその腕に抱きしめます。
「可愛いメイベル。まだ愛なんて信じているのか」
はあ、とお兄様はため息を吐きました。
「僕らは現実に生きなくてはならない。お前はエドワードと結婚するんだ」