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わたくし、恋はお手の物ですわ

「メイベル! 戻ってきてくれてとっても嬉しいわ!」


 わたくしの肩までしか背がないセレナ様は、ぱっと破顔され、淑女としての嗜みを瞬間忘れたように、飛びついて抱きついてきました。なんとお可愛らしいお姿でしょう。愛らしくて、わたくしも彼女をぎゅっと抱きしめ返しました。

 礼儀なんて必要ないのです。わたくし達は友人なんですもの。



「あなたがいなくてとても寂しかったわ。お兄様をあの時ほど憎んだことはなかったくらい。ずっとこっちに住むんでしょう?」


「いいえ、すぐに帰らなくてはなりませんの。わたくし、結婚して、拠点を地方に移しましたので」


「まあ、そうなの? すごく残念だわ……」


 しゅん、と彼女は肩を下げました。

 王女様のお部屋は少女の好みそうなレースやフリルはあまりなく、緑のカーテンに、異国から取り寄せたらしいアラベスク模様の絨毯が敷かれておりました。壁一面を覆うように本棚があり、そこもやはり本で埋め尽くされておりました。

 侍女がいれてくださったお茶を飲みましたけれど、ウィルのいれるお茶の美味しさには敵わないように思います。けれどもわたくしは淑女ですので、そんなことはおくびにも出さず、お茶のお礼を言いました。

 テーブルを挟んでセレナ様と向き合います。彼女は、大層申し訳無さそうに瞳を揺らしました。


「お兄様のこと、改めてごめんなさい。あの人、劇場型っていうか、演技臭いことが好きでしょう? メイベルがやったかどうかなんてどうでもよくて、ただ自分が注目されることが快感で、あんなパーティの場で、あんなことをやったのよ。わたくし、とっても恥ずかしくて恥ずかしくて。固まってしまっている間にメイベルはいなくなってしまって、だから止められなかったの。本当に申し訳なく思っているわ」


「まさか! セレナ様に謝っていただくことではありませんわ」


 それは当然本心でした。けれどもセレナ様はまだ落ち込んでおられるようでした。

 

「あんな人が兄で本当に恥ずかしいの。勉強だって外交だってさぼっているのに、先に生まれたからという理由だけで次期王なのよ? わたくしの方が遥かに頭がいいのに」


「セレナ様は本当に聡明でいらっしゃいますからね。わたくし、勉強が――とりわけ計算が苦手でしたので、心から尊敬しておりますわ」


 セレナ様の頭脳は誰もが認めるところです。

 口の軽い廷臣などは、セレナ様が男ならばユーシス様と激しい王位争いをしていただろうなどと言う人もおりました。女性で、しかも二番目に生まれたセレナ様が王位につくのは、ユーシス様がどうにかなるしかありません。


「あの、セレナ様。わたくしは全然気にしておりませんので、どうか気に病まないでくださいまし。わたくし、婚約破棄も追放も悲しんではおりませんわ。だって夫との暮らしがとても気に入っているんですもの」


 ウィルを思って、頬がぽっと赤くなりました。セレナ様はわたくしを見て、何やら思案するように唇を尖らせました。

 

「そうなの……? やっぱり、そうなの」


 ブツブツとセレナ様は口の中で何やら呟かれます。それから大きな目を輝かせ、わたくしを見つめました。

 

「やっぱりメイベルは、その人と結婚するためにわざとレティシアとお兄様を焚き付けたのね!? 二人の性格を利用して、一芝居うったのでしょう!?」


「な、なにをおっしゃるのです。そ、そんなわけ。だ、だってわたくし彼とは結婚の時が初対面で――」


 わたくしとしたことが、少女の明察に思わずたじろいでしまいました。けれどわたくしが次なる言葉を発する前に、セレナ様は口を開かれました。


「いいえ! ……いいの。何も言わないでいいわ。わたくしの審美眼は間違っていなかった。それこそわたくしが相談をするに相応しい相手だわ。それで、その……あなたを呼んだ本題なのだけど……」


 セレナ様は机の上の手を、もじもじと恥じらうように動かされました。いつも物事をはっきりと言う彼女らしくない、何かを躊躇うような様子でした。


「ああ、だめ。やっぱり言えないわ。とても恥ずかしくって!」


 セレナ様はお顔を真っ赤にされ、両手で顔を覆いました。言えないのならば仕方ありません。もう少しお話したい気もしましたけれど、ウィルにいち早く会いたかったので、失礼しようかと思った瞬間、そのぬいぐるみが目に入りました。

 本棚の一角に、そのぬいぐるみがこちらを向いて置いてあったのです。ばっちりと目が合ってしまいました。


 男の子を模したような小さなぬいぐるみです。実に見事な作りでございました。

 服は廷臣がよく着るような格好をつけたものです。毛糸でできた髪は金色で、後ろに束ねられ、そこに赤いリボンが結ばれておりました。目は青い刺繍が施されています。柔らかな目元の印象に、わたくしはその人を思い浮かべました。


「よく出来たお人形ですわ。まるでジャスティンお兄様みたい」


 何気ない一言に、セレナ様はきゃあと悲鳴を上げ、椅子から飛び上がると、そのぬいぐるみを両手にかかえ、抱きしめました。

 それからいたずらがバレて叱られる寸前の、幼い子どものような泣きそうな表情で、わたくしを見て言いました。


「メイベル、その……笑わないでね? わたくし、ジャスティンが好きなの」


「え゛」


 淑女らしからぬ声が出てしまいました。

 聞き間違いかと思いました。しかしどうやらそうではなさそうです。

 わたくしの動揺は止まりません。


 だって、あのジャスティンお兄様ですよ?

 未だに独身で、歯の浮くような台詞を並べては令嬢たちを惑わせているあのジャスティンお兄様ですよ? 顔以外、とりとめて良いところのない、柔和なのは表面だけで、腹の内は真っ黒な、あのジャスティンお兄様ですよ? なのに気は弱くて胃薬ばかり飲んでいる、あのジャスティンお兄様ですよ――!?


 賢いセレナ様の恋のお相手に、あの浮ついた兄はふさわしくないように思いました。

 けれどセレナ様は潤んだ瞳で、硬直するわたくしを見つめます。


「相談っていうのは、このことなの。わたくし、この恋を叶えたいの、どうしたらいい?」


 あらあらあらあら。

 まあまあまあまあ。

 ううむ。

 純情すぎるほどの王女様の初恋。


 ――さて、いかがいたしましょうか?

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