わたくし、妹を助けに行きますわ
その日々は、とてもとても幸福だったのだと思います。体の関係、という点では未だにございませんでした。けれども、それ以上に心が通じているのだと感じていたので、少しも寂しいとは感じませんでした。
わたくしとウィルは夫婦になって、ただただ毎日、喜びと共に過ごしました。ウィルはわたくしの様子を叔父様に報告しました。文面はわたくしが考えました。
概要はこうです。“反省はしていないが、領地での暮らしを気に入っている模様”
わたくしは有頂天でございました。ですが夢はいつか覚めてしまうものです。幸福な暮らしは一通の手紙により、唐突に終わりを告げました。
ジャスティンお兄様とは度々手紙の交流がありましたが、レティシアから手紙が来るのは初めてのことです。
“メイベルへ
ユーシス殿下は大変な癇癪持ちで、機嫌を取るのに毎日苦労しています。酒や暴食を止めるようにいいましたが聞く耳を持たず、わたしに怒鳴ってきます。彼の体重はこの数ヶ月で倍に増えたように感じます。以前の美しさは彼にはありません。おまけに彼は、わたしに飽きて、他の令嬢に目移りしています。
どうか、わたしを助けてください。王都に戻ってきてください。――あなたを愛する妹より”
かなりの疲弊が感じられる文面です。
ですが、この暮らしを捨てるつもりは毛頭ございませんでした。妹には彼女自身の力で解決してもらうのが一番でしょう。だってあの子が選んだ道ですもの。
そう思ってわたくしが手紙を破り捨てようとした瞬間です。
「レティシア様からの便りではないのですか? 初めてのことでしょう。よほど逼迫しておられるのではないのですか」
夕食の前に手紙を開いたのがいけなかったのでしょうか。近くにいたウィルがそう言いました。
「わたくしに毒を盛られたと嘘を言う強かな子ですわ。自分一人で解決するはずです」
「ですが血を分けたご家族でしょう? 兄妹は大切にしなくては」
実に真っ当な意見です。ウィルにとって妹のマーガレットさんはとても大切なのでしょう。我が身を犠牲にしてお金を稼いで、養っているくらいですから。
家族を切り捨てる人間であると、ウィルに思われ幻滅されるのは面白くないことでした。
わたくしも少し考えました。
かつてのわたくし達は、別に仲が悪い姉妹ではありませんでした。幼い頃に両親を亡くし、三兄妹、叔父の圧政にも屈さずに、力を合わせて生きてきたのです。レティシアがたまたま、わたくしをライバル視して、なにかと張り合ってくるだけなのです。そのプライドの高いあの子がこんな手紙を寄越すなんて、とても追い詰められているのは間違いないでしょう。
確かにあの子を利用したのは確かです。あのユーシス様を押し付けたことも事実ではありました。
「少しの助言なら、与えてあげてもいいかもしれません」
「では支度をします」
迷いなく彼は言いました。迷ったのはむしろわたくしでした。
「ですが戻れば、きっとこの暮らしがなくなってしまいます。わたくしとあなたは、引き裂かれてしまうかもしれません」
力強く、彼は言いました。
「そうはさせません。俺達の関係は隠しておくんです。それでレティシア様を助けたら、またこの場所に戻ってきましょう」
「……そうですわね、そういたしましょう」
心が暗いのは、この先の暮らしを思ったからです。結局領地は叔父様のものです。わたくしとウィルの暮らしがいくら穏やかといえど、わたくしたちの土地ではないのです。少し考え、わたくしは言いました。
「ウィル、わたくし、提案があるのですけれど。何もかも手に入るかもしれません」
◇◆◇
王都に着いたのは夕闇の中でした。城には裏口からこっそり入りました。予めジャスティンお兄様には連絡していましたから、彼はわたくしたちの到着を今か今かと待ちわびていたようでした。
わたくしが城に入るなり、お兄様はすぐにやってきました。隣に佇むウィルに向かって微かに頷きます。
「ウィル、ご苦労だったな。メイベルはここで引き受ける」
「いいえ彼も一緒です」
ぐい、とわたくしはウィルの腕を掴みました。
「この人ほど信頼できる方はおりません。必ずわたくし達の力になってくれるはずです」
組まれた腕を見ながら、お兄様は目を細めました。
「妙に距離が近いな?」
妹のことをすぐに疑うお兄様です。
「ウィルは僕達と違って本当の真心のある奴だ。お前が強引に迫れば断るまい。メイベル、ウィルに手を出していないだろうな」
普通、逆じゃなくって?
「出していませんわ」
嘘でございましたが、お兄様はそれ以上の詮索はしないようでした。あるいはそれほどまでに、もう一人の妹のことで頭を悩ませているのかもしれません。
「レティシアを頼む。僕じゃ手のつけようがない」
さて、あの妹はどれほど酷い様相なのでしょうか。わたくしとウィルは、今や王子の婚約者となった彼女の部屋に向かいました。