引っ越し準備の色々
「お父様、これ奥に積んじゃってもいいですか?」
「ああ――うぉ! ベイル、いつからそんな力持ちになったんだい?」
「そんなに力はいらないので」
開放式からまたしばらく経ち、私たちは引っ越しの準備をするために、生まれてから今まで住んでいた屋敷から荷物を運び出していた。
ここ数か月、魔法の特訓もそれなりにしていたけれど、やはりあまりピンと来ずに相変わらず気の扱いばかりを訓練しており、気が付けばお父様ですらドン引きの怪力少女となっていた。
「ベイルちゃんは本当に頼りになるわぁ。力はあるし、家族にも優しいし」
「……家族にだけ優しいのは、もう少し改善してくれるといいんだけれどね」
ルミカとお母様がお盆に幾つかのカップとピッチャー、フルーツが盛られた皿を手伝ってくれている近所の人に配り終えて近づいてきた。
「お嬢様も休憩しましょぅ」
飲み物を持ってきてくれたルミカが懐っこい顔で近づいてきたから、そのまま手を頭に置いてナデナデナデ――しかしふと、ルミカを撫でていると違和感を覚え、首を傾げる。
「……ルミカ、ちょっとまっすぐ立ってみて」
「うん? はい」
並んでその場に立っていると、どう考えてもルミカに身長を抜かされており、怪訝な顔になってしまう。
「まあ、成長はそれぞれですから」
「そうね、気にしても仕方がないわよね――ッ!」
和やかな会話をしていたのだけれど、その一瞬、背後のどこからか流れ込んでくる殺気。
私はすぐにルミカを背に隠し、その殺気下に勢いよく振り返った。
「……」
「団長……」
お父様も殺気に気が付いたのか、私の隣に来て離れた場所にいるヴィルランド=ロイレイブンに呆れたような顔を向けていた。
ヴィルランド爺が好々爺然とした顔をして手を上げて歩んできた。
相変わらずこの爺さんは。と、呆れているとジジイの背に見覚えのある小さな影があり、私は顔を険しくする。
「うむ、やっておるか?」
「騎士団って暇なんですね」
「暇なわけないじゃろ。この間の礼も込めて手伝いに来たんじゃよ」
お母様の言葉をするりと躱したヴィルランド爺が、背中の小物――アルフランド=ロイレイブンの背中を押し、前に出してきた。
ビクビクとしているアルフランド坊と目が合うと、彼は途端に体を震わせた。もちろん私が睨んでいるのだけれど、お父様に軽く頭をはたかれる。
「……ベイル、止めなさいベイル」
「のぅライラよ、あの年であんな目が出来るとは、どんな教育をしておるんじゃ?」
「至極真っ当な教育ですわ。ヴィルランド様こそどんな教育をなさっているので?」
「あれに関しては本当に悪かったと言っておるじゃろうが。しかしあの一件のおかげか、アルフの奴、随分と大人しくなりおったわい」
「人の娘を教育のダシに使うのはおやめください」
カラカラと笑うジジイに私はため息をつく。
するとヴィルランド爺は目だけで私を見て、口元を歪めた好戦的な嗤い顔を浮かべていた。
「その顔でルミカちゃんを見ないでくださいね。ベイルちゃんが本当に怒りますよ」
「じゃろうなぁ。まあベイル嬢ならまだしも、ルミカ嬢を怖がらせるわけにはいかんからのぅ」
私も怖がらせないでいただきたいけれど。と、私が視線をヴィルランド爺に向けると、彼は鼻を鳴らして笑った。
「怖がらんじゃろお主は」
「……ヴィルランド様、これでもまだ6歳になったばかりの幼子ですわ。大人が加減するべきです」
「なんじゃ、わしの見立てでは手心を加えられるのは嫌じゃろう?」
「……」
私はルミカの手を引くと、そのまま足を進め、ヴィルランド=ロイレイブンとすれ違う。
しかしその際、体に込めに込めた気を開放して口角を吊り上げて嗤う。
「――本気にさせないでくださいね」
「ハッ! 言いよるわい」
まるで突風が吹くが如く、私の気と騎士団長の戦闘圧がぶつかり、辺り一帯に衝撃が走った。
頭を抱えるお父様をよそに、私は体の震えをさらに強めているアルフランドの手を取った。
「ひぃっ」
「手伝いに来たんなら体を動かせ、あっちの荷物ならあんたでも持てるでしょ」
「お嬢様ぁ、アルフ様にも優しくしましょうねぇ」
「こいつ次第」
ルミカの微笑みの声を聞きながら、私たちは大人から少し離れるのだけれど、ヴィルランド爺がデカい声でしゃべっている。
「ライラ、やはりあの娘――」
「あげないと言っているでしょう。というかあなたたちが来るたびにベイルちゃんの戦闘大好きな一面が現れるのですけれど」
「のぅエイルバーグ」
「父親としては大人しくしていてほしいです」
「なんじゃつまらんのぅ。しかしわしに喧嘩売る奴なぞ久方ぶりじゃわい。こりゃあ将来が楽しみじゃのぅ」
あまりにも獣臭い期待に肩を竦ませ、私たちは引っ越しの準備を再開するのだった。