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色づく世界の首狩りドラゴン  作者: 筆々
第1章 首刈る竜と忘失の女神

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彩り首狩り

 講堂を出て、昼食を。となり、一緒に食事を済ませたのだけれど、お父様とヴィルランド爺が一度騎士団の様子を見に行くと言い、私たちは騎士団の連中が訓練している場所――王宮にある訓練場に足を運んでいた。

 その間、騎士団長様のお孫様はずっとしたり顔を浮かべていた。そろそろ殴りに行ってもいいのではないだろうか。



 訓練場に着いた私は、剣を振る半裸の男たちを見て感嘆の声を上げる。

 飛沫のように弾ける汗、むさくるしいまでに香ってくる獣のような匂い。剣と剣で鳴る火花。

 少なくとも幼女の来る場所ではない。



「……汗クサ」



「べ、ベイル、お父さんはそんなに臭わないからね」



「ベイル嬢は本当に辛らつじゃのお。ライラ、お前さんの口の悪さ、移っておるぞ」



「お淑やかな子でもそんな感想が出てしまう騎士団に問題があるのではないでしょうか?」



 お母様とヴィルランド爺が微笑みながらにらみ合っているのを横目に、私はお父様の手をそっと引く。



「お父様、どうしてお母様とヴィルランド様はあんなに仲が悪いのですか?」



「え、あ~うん。団長とお義父さん……お爺ちゃんは無二の親友でね、昔からライラの面倒を見ていたんだよ。でもお爺ちゃんも団長も、結構強引なところがあるから、ライラはそれを鬱陶しく思っていて、当時のまま言いたいことも言ってしまう。つまり、ライラにとってはお義父さんと同じように甘えられる相手ってことなんだけれどね」



 仲が悪いというわけではないのか。

 そう言えば私にもそういう相手がいたな、つい言いたいことを言ってしまう奴。



 お母様とヴィルランド爺を横目に、改めて騎士団連中を見ていると、自身の体ほど大きな斧を振るう男やムキムキマッチョな女性がいたり、筋肉はあまり見えないけれど優雅に剣を振るう女性、小さな体で剣を巧みに操る男性など様々、流石騎士団だと感心していると、ルミカが首を傾げていた。



「ルミカ?」



「ああいえ、流石騎士団だなって見ていたですけれど、スキルが少ないなって」



「そうなの?」



「まあ今僕の基準がお嬢様なのであれですけれどぅ、ライラ様とエイルバーグ様、ヴィルランド様に比べても大分少ないなって」



「そりゃあお父様とお母様、騎士団長と比べるのも酷でしょ」



「え? あ~……そういうものですか? 同じ人ですよぅ」



「ルミカはもうちょっと役職と上下関係について知った方がいいかもね」



 そう言ってルミカを撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。

 しかし私、もしかしなくても妹がいたらこんなに甘やかしていたのだろうか。いなかったからここまでシスコンになるとは想像もしていなかった。

 というか、何というかルミカは庇護欲をかきたてる。元々神様だからそんな風に出来ているのか知らないけれど、ついつい構ってしまう。

 って、昔似たようなこと言われたことがあったな。

 後輩の子に構っていたら、あんたシスコンの素質あるわ。と、言われたような気がする。



 撫でられながら首を傾げるルミカに目を向けると、私は肩を竦ませる。

 まあいいか。と、どうせこの先もほとんど一緒にいるだろうし、仲が良くて困ることはあまりないだろう。



 うんうんと頷いていると、ふとどこからか殺気を向けられている。酷くぜい弱だけれど、確かに私に向けられている。



 私はその殺気を追うと、クソ坊主が相変わらずのニヤケ面を私に向けていた。



 お父様はお母様とヴィルランド爺の間に入ってとりなし始めたし、あの小僧を止める大人が近くに誰もいない。



 私はルミカを背中に隠し、小僧と対峙すると彼は鼻を鳴らして笑う。私が嫌いな顔だ。



「ドラゴニカも大した才能がないんだね」



「……」



「お前の魔法、脱色する魔法か? 何に使えるんだ」



 ああ、なるほど。さっきの白くなった現象、やっぱり私の魔法だったか。

 しかしあれはどう考えても脱色魔法ではない。私は考え込み、ちょっと手に力を込めてみる。

 するとさっき奪った茶色が私の手の上にふわふわと浮き始めた。



「わぁ……色を取り出す魔法ですかぁ」



「綺麗でいい魔法ね」



「僕もそう思います」



 褒めてくれるルミカを再度なでなでしていると、小僧がガキ特有のつんざくような声で笑い始めた。

 それでやっとお父様とお母様、ヴィルランド爺や騎士の連中がこちらの空気に気が付いた。



「それが一体何の役に立つって言うんだ、お前は騎士団には必要ないな」



 何言っているんだこいつ。私は騎士になぞ興味ない。

 するとルミカがそっと袖を引っ張ってくる。



「あの、多分エイルバーグ様やライラ様が騎士団に近いことが許せないんじゃないですか? 現に副団長はヴィルランド様のお子さんではなく、ドラゴニカですし」



「実力主義なんでしょ? それでなんで私が目の敵にされなくちゃならないのよ」



「お嬢様が。というより、ドラゴニカより強いと証明したいだけではぁ?」



「クソガキじゃないの」



 私が可哀想なものを見る目でお孫様に目をやると、彼は顔を引きつらせ、顔を真っ赤にしていた。



「全部聞こえてんだよ!」



「死ね」



「……これだから野蛮なドラゴニカは。まあいいさ、お前の魔法、たかが色を生み出すだけ? 俺の魔法を見ろ、精霊の力を使える。騎士に向いているのは俺だ。しかも色って、そんなものなくても全く困らないね――」



「あっ」



 ルミカが肩を跳ね上げた。

 流石私の専属メイド、私の地雷をよくわかっている。あとで一緒にお菓子を食べよう。



「それにさぁ、何だよそのメイド、可愛くないし、ドラゴニカはメイドの質も悪いんだな――」



「あわわわわわ。お、お嬢様、その、ぼ、僕は大丈夫ですので」



「――」



 そうかそうか、お前はそう言う奴なんだな。

 色を馬鹿にしただけでなく、ルミカのことも悪く言うのか。



 私はゆっくりと息を吐く。全身をめぐる血液に意識を向け、血流に乗る全てに臨戦態勢を取らせる。

 そうかそうか、そんなにお望みか、そんなに見たいのか。それなら――。



「コラッ、アルフランド! 貴様少しは騎士としての佇まいを――」



「ぶっ殺す!」



 沸騰させるほどの熱量を、大地を砕くほどの圧を脚に流し込め。

 私の脚は一歩を踏み抜いた(・・・・・)



 砕けめくれ上がる大地、その一歩でアルフランドとの間合いを詰め、眼前には小僧の首――血液を脚から拳に。私は振りかぶった拳で全体重を乗せてアルフランドを打ち抜いた。



「うぼわぁぁぁぁっ!」



「……む?」



 アルフランドが騎士たちの間を縫い、一直線に吹っ飛んでいき、王宮の壁に激突した。



 明らかに外れている顎を震える手で支え、アルフランドが立ち上がった。

 もっと力を込めれば良かった。気絶にまで至らないとは、少し手加減し過ぎたようだ。



 するとアルフランドが腰にぶら下がっている小さな剣を抜いた。



「――ハッ。こらアルフ! お前剣を」



 私はずかずかと歩みを進め、巨大な斧を振るっている男の傍に寄り、彼が使っている斧に手を伸ばす。

 私の行動に斧の男が驚いたが、私の方が速く彼から斧をぶんどった。



 確かに重い。しかし知ったことではない。

 この小僧は私を馬鹿にした、色を馬鹿にした、ルミカを馬鹿にした。殺すしかねぇ。



 斧を片手で持ち上げ、殺気を込めた瞳でアルフランドを睨みつける。

 すると彼は悲鳴を上げ、体を震わせてその場にへたり込んでしまう。



 構わず私はアルフランドに近づき、この斧を大地に叩きつけた。



 城壁を叩いた瞬間、変な感触がしたが、それでも構わず壁を砕き、アルフランドから逸らした箇所に斧を振り抜いた。



「……」



 涙を流しながら私を見上げてくるアルフランドを私は無言で睨みつける。

 そして大きく息を吸うと同時に口を開く。



「次、私と色、そしてルミカを嘲ってみろ! その時は、お前の両 眼(りょうまなこ)が最後に映すのは首のない自身の体だと知れ!」



 ガタガタと振動する携帯のように震えるアルフランドが股から液体を垂れ流しているが、武士の情けだ。そこまで突っ込まないでいてやろう。



 私はアルフランドに背を向け、呆然としている面々を通り過ぎてルミカに駆け寄った。



「あ、あの、お嬢様ぁ?」



「……」



 ルミカの頬をこねこねして、そして抱き寄せる。

 彼女の暖かい体温と柔らかさ、呼吸を整えるのにこれほど適したものはない。



 ルミカで癒されていると、ふとお父様とお母様、ヴィルランド爺の声が聞こえた。



「……のぅエイルバーグ、あれやっぱり騎士団に――」



「あの、その、本当に申し訳ありませんでした」



「いやぁ、うちの孫が悪いからのぅ」



「ベイルちゃん、いつのまにあんなことに」



「……王都への引っ越し、早めようか」



「それが良いですわ。ベイルちゃんにとって、今住んでいる場所は狭いのかもしれないですわね」



 そんな話を聞きながら、私はただルミカを撫で続けるのだった。



「禿ちゃいますよぅ」

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