いろいろ魔法の色どり魔法
「ライラ様、エイルバーグ様、それに、ベルお嬢様、父と母に会いに来てくれて、本当にありがとうございます」
私たちはお墓参りを終え、開放式が行われる会場に足を進めていた。
そんな移動の最中、ルミカが改まってそう言った。
「貴族でもない僕に居場所をくださり、さらにお嬢様のメイドという役割までくださって――僕は今、ちゃんと幸せです」
「そうか。ルミカが幸せだというのなら、私も君の両親に顔向けできるよ」
「でもルミカちゃん、ベイルちゃんに構ってばかりで、私もベイルちゃんみたいにたくさん甘やかしたいんですよ。そうすれば、もっと幸せになれると思うわ」
お母様に詰め寄られるルミカが苦笑いを浮かべている。
この神様は、基本的に真面目なのだ。実の娘である私でもそんなこっぱずかしいことは言わないのに。
私はフッと小さな笑みを浮かべてルミカの頬を両手でつかむと、そのままこね回す。
「わぅわぅわぅ――お嬢様ぁ?」
ルミカを撫でながら、ふと思い出す。
もし、もしも、あんなことになっていなければ、前の世界で私はこんなお姉ちゃんになれていただろうか。
「……」
「あっ」
ルミカが何かに気が付いたように少し顔を伏せた。きっと知っているのだろう、私の通り名まで知っていたほどだ、出生やその過程も知っているのだろう。
だから私は首を横に振る。そしてルミカにだけ聞こえるように囁くように伝える。
「……ルミカを代わりにするだとか、そんな風には思っていないわよ。ただ、もしそうなっていたのなら、こんな風なお姉ちゃんをしたかったってだけ」
ルミカが瞳をウルウルさせ、そのまま抱き着いてきた。
私はそれを受け止めると、ゆっくりと頭を撫でる。本当に甘えん坊だ。
「やっぱりベイルちゃんが良いのね~」
「まあまあ、仲睦まじくていいじゃないか」
このままここでお母様とお父様の癒しスポットになるのもやぶさかではないけれど、いい加減、開放式の会場に行かなくてはならないだろう。
私はルミカをそっと体から離すと、手を握って体を会場の方角に向けた。
そうして私たちは揃って開放式の会場となっている王宮管理の講堂に入った。
辺りを見渡すと、お父様とお母様が挨拶に行ってしまい、それに同い年の子たちが何人もおり、それぞれが緊張した面持ちで座っていた。
しかしふと、私は首を傾げる。そしてルミカに耳打ちをする。
「ねえルミカ、なんで開放式は王宮管理で、神魂祭は教会主導なの?」
「え? あ~……人の仕来たりというか、派閥問題というかぁ」
ルミカが苦笑いで頬を掻いている。
つまりルミカはノータッチなわけだ。それでこの顔ということは神様自身にも呆れられているのか。
どこに行っても人は人だなと納得していると、のそっと大きな影がルミカにぶつかってしまいそうなことに気が付き、私はルミカを庇うように前に立つ。
「おっと失礼、ジジイはちと体が大きい故にな」
確かに大きな人だ。2メートル越えの大男、しかしどこか見覚えのあるその老人をジッと見ていると、彼は懐っこい顔で私とルミカを撫でてくれた。
「お嬢ちゃんたちは……いや、それよりも派閥とな? 小さいのに賢い子たちじゃな」
「面倒だから全部王宮でやればいいと思ったわ」
「わしもそう思う。しかしそうもいかんのじゃよ。開放式の『素質をなぞる唯一魔法』はその者の持つ素質を魔法とする。しかし神魂祭の『神に引き出される根源』は神々より与えられる物じゃ。教会が力を持つための唯一の権利なんじゃよ」
私がチラとルミカに目をやると、複雑そうな顔をしていた。そしてコソと耳元に口を寄せてきた。
「ギフトも別に僕が与えているわけじゃないんですよぅ。でも物が物だからいつの間にか神が与える物みたいになってしまって」
「ようは神の威を借りて自分が偉いって言いたいだけの連中なんでしょ」
「それを言ったらあれですけどぉ」
「お嬢ちゃんは中々辛辣じゃの。うちの孫も見習ってほしいが――」
「団長?」
「む? おお、エイルバーグ、とすると、この子たちは」
お父様の反応からこの爺さんが誰かわかった私はすぐに、膝を曲げ、スカートを軽く持ち上げて挨拶をする。
「ベイル=ドラゴニカと申しますわ、騎士団長・ヴィルランド=ロイレイブン様」
「ほお、その赤い髪、確かにドラゴニカじゃな。しかし」
ヴィルランド爺が苦笑いをお父様に向けた。
「この娘、わしがぶつかりそうになった時、咄嗟にそっちの娘っ子を庇ったぞ」
「あ~……ベイルはルミカ――ルミカ=アンヴエルを溺愛していますから」
「アンヴエル? ああ、あの道具屋の子か。うん? メイドとして雇うと聞いたが」
「私は家族のように接しているつもりですが、ベイルもまた妹のように想っておりますので」
ヴィルランド爺が微笑みながら私の頭に手を置き、ジッと見つめてきた。私も彼の目をジッと見つめる。
すると爺さんは弾けたように笑い、私の背中を軽くトントンと叩いた。
「良い目をしておる。ドラゴニカとは思えないほどの戦う者の目じゃ。エイルバーグ、この娘、巫女にするには惜しいじゃろ」
「あ~っと、それは――」
「あらヴィルランド様、わたくしの娘が何か粗相を?」
「おっと蛇が出たな。ライラ、才能というものはしっかりと伸ばすべきじゃと思うがのぅ」
「ええ、ですからベイルちゃんには巫女としての教育をしておりますわ」
「わしの見立てはそっちじゃないと告げておるのじゃがなぁ」
「ヴィルランド様も年には敵わないということですわね」
うふふと笑うお母様と威圧を混ぜながら笑うヴィルランド爺、そして頭を抱えるお父様。
一体どんな関係なのかと思案していると、ちょんとルミカが袖を引っ張ってきた。
「ん?」
「あの、あちらの方がお嬢様をずっと睨んでいますよぅ」
ルミカの視線を追うと、同い年の子が私をジッと睨んでおり、なにかしたかと睨み返すと彼は肩を跳ねさせて視線を逸らした。
「ん~? おお、あれはわしの孫じゃ、なにかされたのかえ?」
「……いえ、こちらを見ていたので」
「奴が? う~む……」
「お孫様の心もくみ取れないおじい様なのですねぇ」
「ライラよ、さっきから棘があるのぅ」
「いえ、どなたかのめちゃくちゃな行動で夫が帰ってくる頻度が減っているなんて、思ってもいませんわ」
「……いや、うむ。それはぁ――正直スマンと思っておる」
私とルミカは顔を見合わせ、なるほどと納得する。
そんな話をしている間に開放式が始まっており、次々と子どもたちが偉そうな大人の人に手を添えられていた。
なんというか、もっと仰々しい行事だと思っていたけれど、ノリは予防注射を受けている感覚だ。
重要ではあるけれど堅苦しくない。そんな感じだ。
そしてさっき私を睨んでいた男の子の番になり、彼が大人に手を添えられると身体が光だし、そして光が収まった時、彼はニヤッとした顔を私に向けてきた。
なんだあいつ。そんな風に思ったのも束の間、彼は手を掲げた。
「『精霊王の祝福』」
途端に彼の周囲に火とか水とか何やらが現れて、彼が一歩進むと同時にまるでその道を照らすように正面を彩った。
そして私に向けたドヤ顔。殺してやろうか。
「……あ~、すまんの。あれはドラゴニカに偏見を持っておっての。あとでキツく言っておく」
「いいえヴィルランド様、どのような好奇に晒されようとも、わたくしはドラゴニカの血筋でございます。どのような災害、災厄、人災だろうとも跳ね除ける所存でございますわ。ところで騎士団長様」
「ん?」
「彼は騎士の血を持つ者で間違いないですわよね?」
「うむ、それは違いないが」
「いついかなる時も騎士の誓いは忘れず、その剣は王のためにある。剣を抜いたのであればそれは死をも覚悟していると」
「そうじゃな。そう教えている」
「……結構なことです」
ヴィルランド爺が首を傾げているが、ルミカが額から冷や汗を流して顔を逸らしており、流石によくわかっていると後で撫でることに決めた。
そうしている内に私の番がやってきて、名前を呼ばれたから偉そうな大人に近づく。
「ベイル=ドラゴニカ、今あなたには、この世界を過ごすための唯一無二の魔法、それを引き出します。どのような力であろうとも、驕らず、その力を正しく使うことを誓いますか」
その言葉に、私は怪訝な顔でさっきの小僧にそっと目をやる。
すると偉そうな大人が言葉に詰まり咳払いをし、私から目を逸らした。大人はどこに行っても汚い。
私は肩を竦めると、片膝立ちで片方の手で胸に手を置き頷いて見せた。
大人の人は満足げに頷くと、私にも手をかざした。
何か体の奥から熱いものがこみ上げてくるような感覚と光りだす体、その熱に身を委ねていると体の発光が止まり、私は手に目を落とした。
何か使える気がする。前の世界にはなかった感覚だ。
しかし……はて、何がどう使えるのかがわからない。
使えるには使える、けれどこれが何なのか全く見当が付かない。あとでルミカに相談してみよう。
「……?」
考え事しながらお母様とお父様たちの下に戻っていたからか、途中で手をついた長椅子の腰掛、茶色かったはずの部分が灰色になっていた。
ここだけ灰色だったのか、そんな疑問を覚えていると、私の方を見ていたさっきの小僧、騎士団長殿のお孫様が小ばかにしたような顔で笑っていた。
私が首を傾げると、ルミカが呼ばれ、同じような問いと同じように手をかざされ、あの子も無事に終わったようだった。
しかし本人は首を傾げる……と、いうより、困った顔をしており、そちらも後で尋ねようと決めた。
お母様とお父様の下にルミカと2人で戻ると、2人は私たちを撫でてくれ、素直にそれを受けていると、ヴィルランド爺が今から一緒に食事でもどうかと提案してきた。
お父様は喜んでと返事をするが、お母様はいやそうだった。それに気が付いているのか、ヴィルランド爺がニヤケ面を向けたが、舌打ちをする母に騎士団長殿がドン引きしており、お父様が急いで音頭を取りはじめ、私たちは昼食を取りに行くのだった。