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色づく世界の首狩りドラゴン  作者: 筆々
3章 災害は竜になりえる者

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その色を失わないために

「もうっお嬢様ったら」



「……仕方ないでしょう、勝手に体が動いたのよ」



 陛下への謁見を終え、あたしたちは帰りの馬車の準備をしている騎士たちを横目に、王宮の敷地内でたむろしていた。



「ですがよくやりました。ベイルちゃんが動いていなければ私がヤっていたところでしたよ」



「それに関しては同意だ、俺も間違いなく燃やしてたな」



「あぅ、ライラ様ぁ、エイルバーグ様も」



 ルミカが顔を赤くしながらもはにかんでおり、あたしたち親子は順番にこの子が殴られた頬を撫でる。



 そんなあたしたちを、一緒についてきたラットが苦笑いを浮かべながら見ていた。

 とりあえずこいつのケツは蹴り上げる。



「いったぁ! なにすんのベイルちゃん!」



「さっきあたしを笑ったな?」



「みんな笑ってたでしょうが! 君随分器用なことするね」



「子どもが子どもらしくして何が悪いのよ、あたし6歳よ。それなのにどいつもこいつも涙目浮かべた幼女を前にして笑いをこらえやがって」



「お嬢様、あれは禁じ手というものですよぅ」



「……いやすまんベイル、お前の子どもらしい姿など正直見たこともなかったからついな」



「いえベイルちゃん、あの機転は素晴らしものだったけれど、あからさますぎるわ。あんな6歳児はいないとお母さん思うわよ」



 ああいう状況ではあからさまな方が効く(・・)。昔の知恵だったのだけれど、そんなにおかしかったかしら?

 まあそれもあのわけのわからないおっさんのせいで水泡に消えたのだけれどね。

 と、あたしが肩を竦めていると王宮から、謁見の間終始ニヤケ面を浮かべていた騎士団長様が手を振りながら歩んできた。



「おおぅまだおったか。わしも一緒に帰る、構わんなエイルバーグ?」



「走って帰ったらよろしいのでは騎士団長様」



「近々相対する寿命の予行演習に棺桶にでも入って帰ればいいんじゃない」



「……親子揃ってなんつうこと言うんじゃお主ら」



「ベイルちゃんがひどすぎる」



「……いや本当、うちの妻と子が、その、なんといいますか、本当に、ええ」



 あたしとお母さまの気持ちも多少わかるからこそ謝罪することも出来ず、だからと言って上司である騎士団長のフォローもしなければならないという板挟みに、お父様がちょうど自身の胃の辺りに手を添えていた。



 そんなことを話している間に馬車の準備が終わり、あたしたちはそれに乗り込むのだけれど、いかんせんジジイがでかすぎて少し狭い。

 あたしはルミカを膝に乗せるのだけれど、彼女が振り返って困ったような笑い顔を浮かべた。



「お嬢様ぁ? そろそろ僕の方が大きくなってきたので、お嬢様をお膝に乗せますよぅ」



「だめ」



「お姉ちゃんの威厳を保ちたいんだねぇ」



「……ラット、よほどその包帯姿が気に入ったようね。それが外れるころ、また相手してやるわ」



 怯えたような声が聞こえてきたけれど、確かにルミカはもうあたしよりも大きく、膝に乗せると前が何も見えない。

 というかあたしの成長が著しく遅い気がする。ルミカもアルフも大きくなっているのに、あたしはまったく大きくならない。



「……こうなってくると、ウエイトに頼らない戦い方も考えないと」



「ベイル、子どもの成長って言うのは何も戦いに直結させるだけじゃないんだぞ。どうして大きくなれないなら小さいなりの戦い方を模索しようって発想になるんだ」



「リールゲンがよろこんどったぞ、期待した以上に愉快だとな」



「あたし、あんたたちを喜ばせるためにいるんじゃないんだけれど」



「まあそう言うな、それなりの援助も受けられるはずじゃぞ。戦場は用意してやる」



「乗った」



「乗らないでくれベイル」



 お父様がうな垂れて頭を抱えるさまをヴィルランド爺が笑っていたのだが、不意にその空気がピリと締まり、どこか真面目な雰囲気となった。



「さっきの奴じゃがな、同類どもに連れられて一目散に王宮から出ていったわい」



「そっ、すぐに動くかしらね?」



「動くじゃろうなぁ……本気で貴様が戦うのかえ?」



「当たり前でしょ。あたしに喧嘩売ってきてんのよ」



「もう少し時が経ってからでも良いじゃろうに」



「あら、あんたは背中を押してくれるものとばかり思っていたわ」



「馬鹿を言うな、わしはこれでも騎士団長じゃ。勝てる勝てないは別にしてもドラゴニカは守護対象じゃ、なぜそんなに戦いたがる」



 ヴィルランド爺の真面目な眼差しに、お父様とお母さまの心配げな表情。

 戦いに身を置いて傷ついてほしくない。それは当然だろう、でもあたしはこれから逃げる(・・・)わけにはいかない。



 瞳の奥がチカチカする。

 あたしの目には色が映る。奴らは色を奪いにやってくる(・・・・・・・・・・)のだ。

 今度こそ、奪わせてなるものか――。今度こそ、あたしが。



「……お嬢様」



「ここで逃げたら、あたしの目には灰色しか映らない」



「どういう――?」



「守られて、怯えて、恐怖に蓋をした先で、あたしは色を奪われた。あたしは向き合うべきだった、あたしは戦うべきだった。だからもう逃げない」



「……お嬢様、それは」



 ルミカがあたしの腕をキュッと抱きしめてくれる。

 随分と支離滅裂な話をしていると思う。理解されるとは思っていないし、ルミカにしかわからない話だとも思う。

 けれど話を聞いていたヴィルランド爺がため息を吐いた。



「何があったかは知らんが意思は固く、曲げる気もなさそうじゃの」



 ヴィルランド爺の大きな手があたしの頭を撫でてきた。ルミカの背中から顔を出し、そっと彼を見上げた。



「その怯え(・・)が貴様の強さかベイル。いったい何があったかは聞かんが、1つ訂正しなさい。追われるものになるな、追うものになれ」



「……」



 ヴィルランド爺がニッと弾けたように笑い、背後に意識をやったように見えた。



「追ってくるものを迎え撃つな、逆に追い掛け回せ。怯えながらも追って追って食らいつけ――貴様にはそれが出来るじゃろう?」



「……6歳に何を期待してるのよ」



「そういう戦いを選んだんじゃろう?」



「ええ、だから誰にも譲る気はないわ」



「ならば良い。どうあっても生き残れ――わしとて孫の恩人をみすみす死なせたくはないからの」



「簡単に死にはしないわよ」



 クツクツと笑うヴィルランド爺があたしをルミカごと持ち上げ、その膝に乗せてきた。



「ならば良しっ! 逃走を死と同義にしていたのなら城に押し込めていたところじゃが、そうでないのなら思う存分に戦いなさい」



 大きな手に撫でられる感触に、あたしは力強くうなずくのだった。

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