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色づく世界の首狩りドラゴン  作者: 筆々
3章 災害は竜になりえる者

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その色を見ずに目を逸らし

「本当にもう、突然なんだから」



「そう言ってくれるな、陛下も忙しい中、こうして時間をとってくださったんだ。それに内情はともかく、娘にこれだけの期待を寄せられていることは誇らしいだろう?」



「どうでしょうね、どうせどこかの騎士団長が面白おかしくベイルちゃんのことを話したに違いませんわ。私たちの子を何だと思っているのかしら」



 苦笑いのお父様を横目に、あたしは動きにくいコッテコテの真っ赤なドレスに身を包まれ、今にも衣服を破りたくなる衝動を抑えて両親の後をついて歩く。



 昨日、ピクニックを終えて帰路に着いたあたしたちの元に王宮からの使者が現れ、翌日陛下への謁見を仰せ付けられた。

 お母さまは陛下ともそれなりに親しいのか、終始文句を垂れており、お父様が冷や汗を流している。



「お嬢様、いつもの殺気バリバリ全開モードはダメですよぅ。せっかく今日は令嬢らしく着飾っているのですから、今日は可愛くいきましょう。お嬢様は可愛いですっ」



「ん、ありがと――でも正直脚が上手く動かせないから破りたい」



「駄目ですからね~。それにアルスヴォルグの現国王陛下――リールゲン=ヴィルンヴォルグ様、昨日エイルバーグ様が仰っていたように、お嬢様の在り方は陛下を喜ばせてしまいますよ。側室に来いなんて言われたらどうするつもりですか」



 何を言っているのかこの子は。と、あたしがルミカに呆れているとお父様とお母さまが苦虫を噛んだような顔をして、あたしの肩に手を置き、くれぐれも陛下を喜ばせないように。と、釘を刺されてしまう。

 あたし6歳なのだけれど、この国のトップは幼子でも強ければ嫁に迎えるような性格破綻者なのだろうか。

 ちょっと会いたくなくなってきた。



「そもそも初代国王陛下が次の王を巫女に産ませた時、彼女の年齢は16歳で、初代国王は34歳でしたからね。まあ愛し合っていたのは確かですし、昔の話なので強くは言いませんけれど、どの世代の王も割とそういう気はあるようですよぅ」



「……ライラ、やっぱ帰ろうか?」



「さすがに手を出すとは思いませんけれど、あの人にとってベイルちゃんは興味対象でしょうね」



 2人がうな垂れて脚を止めていると、正面から見知った顔が現れてまずはあたしに軽く頭を下げた。



「これはこれはベイル嬢、普段の活発な姿も魅力的だったが、今日の君はまさに竜の象徴、その赤がよく映える美しさだ。息子――アルフにも見せてあげたかったよ」



「あらグレイランド様、お口が達者でいらっしゃいますね。こんな幼子を捕まえて美しいだなんて、わたくし照れてしまいますわ」



「……陛下への謁見も、そうして大人しくしていれば妙な面倒には巻き込まれないはずだよ」



「相変わらず細かいお気遣いが素敵ですわ。ぜひアルフにもグレイランド様のような紳士になってもらいたいです」



「よく言い聞かせておくよ――エイル、それにライラ様、陛下もさすがに様子を見るだけだと思うよ。何か聞きたいことがあるみたいで、それの確認がてらだと父――団長が話していた」



 片手を上げて気安く微笑むグレイランドおじさんにお父様もお母さまも苦笑いを返した。

 うちの一族はなんだかんだこのグレイランド=ロイレイブンという男を頼りにしているのだ。

 騎士としては少し弱かったのかもしれない。けれどこの男は騎士である前に人として、何よりも誰かの友として、親として至極真っ当なのだ。

 この面倒な社会の中で最も安寧の得られる場所なのだとお父様もお母様知っているのだろう。



 確かに以前お父様が言っていた、彼の強さを当てにしているという話、心の底から出た言葉だったのだと理解できる。



「……すまんグレイ、少し緊張していたようだ」



「グレイちゃん、本当にいつもありがとう」



 お母さまにちゃん付けで呼ばれたおじさんが顔を引きつらせていたが、すぐにあたしに視線を戻した。



「それで陛下の言う確認したいことなんだけれど、ベイルちゃん、結界(・・)とかそのことについて何か覚えがある?」



「結界って何?」



「……じゃあやっぱり陛下の勘違いなのだろうね」



「どういうことだグレイ?」



「いや、私もはっきりと聞いたわけではないのだけれど、騎士団長が結界がどうとかの話をしていてね、今回のことに関係あるんじゃないかと思って」



 お父様とお母さま、それにおじさんが考え込んで足を止めたのだけれど、そもそもあたしは結界なんてものを知らない。

 なんなのかとルミカに目をやると、彼女は今あたしたちが歩いていた王宮の壁にそっと触れた。



「お嬢様、結界というのは教会――聖女が作り出す防壁です。聖女関連のスキルで生成できるもので、防壁と言っても目に見えるものではなく、物理攻撃はもちろん、スペルやスキルを防ぐ役割を持っています」



「ふ~ん、便利な壁ね。でも聖女案件なら教会でしか作れないってことかしら」



「はい、ただその結界にもそれぞれで、聖女ごとに異なる結界が報告されています。まあ素質に基づいた不可視の壁の生成、と思ってくれればいいかと思います」



「……相変わらずルミカの知識には驚かされるな」



「でもこれでベイルちゃんに関係ないことがわかったんじゃないかな。結界のことも知らないんだから、何もしようがないって」



「そうだな」



 安堵の息を吐くお父様とおじさんだったけれど、2人はあたしが何かしていたとでも思っていたのだろうか。

 しかし今のルミカの行動を見るに、この王宮自体にその結界とやらが張られているのだろう。

 重要施設であるし当然と言えば当然だけれど。



「聖女ねぇ」



「教会に関して僕も言いたいことはありますけれど、聖女は基本的に良い子ですよ。今期の聖女長に選ばれる予定の子は僕たちとも同い年ですし」



「あら、随分と早い段階で決まるのね」



「……まあ今期は少し特殊ですから。でもその子は何というかその」



 ルミカが頭をかきながらどこか照れたような顔を浮かべており、あたしはそっと彼女の頭を撫でる。



「その、とても女神に傾倒しているというか、その、信心深いというか、えっと」



「そう、女神さまが大好きな子なのね。じゃあ悪い子であるはずないわ」



「っはい! そうなんですよ。だからあの子の結界も未だかつてないほど神の気が感じられるというか、最上位の神域結界(・・・・)、人の身でありながら7割近く神の力を模倣できる逸材というか――」



 あたしはうんうん頷きながらルミカを撫で、チラとお父様たちに目をやりながら首を横に振る。

 いつものである。



「……そんなに素晴らしい聖女様だったのか。一度警備でお会いしたことがあるが、ベイルと比べても落ち着きのある方であった」



「はいっ、現代社会で生まれの不利を持っていたにもかかわらず、彼女は女神への信仰という一点だけでその才能を開花させた者なのです。この王宮の結界も彼女が幼いながらに張ったものなのですよ」



「なるほどねぇ。それじゃあ何か問題があったとしてももしかしたら幼い故の失敗かもしれないんだ」



「それはないですよぅ。あの子の結界は完璧です、神殺し(・・・)でも持ってこない限り――あっ」



 自慢げに胸を張り熱弁するルミカにほっこりしていたけれど、その彼女が突然言葉とあたしに向き直って動きを止め、額から汗をだらだら流し始めた。



「る、ルミカ?」



「……ルミカ嬢、まさか、その、覚えが?」



「あっ、いえ、その……あぅ、その」



 お父様とおじさんからの視線を受けて、ルミカが視線をあちこちに向けながら目をぐるぐるさせていた。

 ルミカの頭をお母さまがそっと撫でると、そのままあたしに目をくれた。



「ベイルちゃん?」



「いや知らんです」



「いえ、あの、その、あれはわざとじゃないというか、アルフ様も悪気があったわけでもなく、だからたまたま、お嬢様のスキルが発動しただけで」



「何故アルフ――いや、そういえばあの時、ベイルちゃん城壁を」



「……グレイ、あの時はすでに聖女様に結界を張っていてもらっていたんだったか?」



「ああ、そのはずだ。前期の聖女様と王宮は折り合いが悪く、暫く結界を張ってもらえなかったのだが、今期の彼女が結界を張ると提案してくれ、それで確かに張ってもらったのだけれど」



 みんなの視線があたしに集まる。

 なるほど、知らない間にやらかしてしまったわけか。



「あ、あの、多分ですが前任の聖女の結界ならお嬢様でも破れなかったと思います。でも今期の子は神の力が強くて」



「……ルミカ、つまりベイルは神殺しということになるんだけれど」



「こ、殺されてはいないです!」



 もうずっと目をぐるぐるさせているルミカを引き寄せて抱きしめていると、お父様がどこかすがすがしい顔で息を吐き、あたしの肩に手を置いてきた。



「ベイル、何も聞かなかった。いいね」



「はい」

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