闘争に色づく休息を
「ふぃ~……終わった終わった。魔物討伐なんて初めてだったから緊張しちゃったよ」
「あら、初めてだったのね。もっと回した方がよかった?」
「……スパルタ過ぎる。それに本来なら魔物討伐なんてもっと訓練してからやるもんだから、間違っても子どもの内にはやらないってことは頭に入れておいてくれよ」
「良かったわねアルフ、訓練を飛び越して実践に入ったからこれからもつれて行ってもいいらしいわ」
「曲解にもほどがある!」
魔物たちの殲滅を終え、あたしたちは改めてテーブルに腰を下ろし、ルミカが淹れてくれた紅茶で菓子を摘まんでいた。
ふとあたしは魔物の死体に目をやるのだけれど、奴らは砂のように解けてそのまま消えていった。
「お嬢様、先ほど話したように魔物とは願いの果てであり、命の迂路です。本来ならあってはならない……命の間違った進化です。ですので活動を終えた時、それは正規の終わりではなく、体も、そこにあった何もかもを消失して終えるのです。世界は彼らを認めていない」
「……なるほど。でもその言い分だと死ななければ魔物にはならないんじゃないの?」
「死とは様々な要因です。終わって何年も経った躯に願いが宿り、何年もかけて死肉から体を得る魔物をいますし、新しい躯に宿る願いもあります。それに心が死んだ者に宿ることもあります。特に人以外の動物なんて強敵に襲われればすぐに死を覚悟して諦めますからね、それがスイッチに魔物になることもあります」
「それはそうか、そうじゃなきゃ魔物が脅威になるほど増えるわけもない」
「そういうことです。それに厄介なことに、その願いは物体じゃなくても宿ることがある。です」
「どういうこと?」
「人の世にあるはずもない姿の魔物も存在します。それは誰かが思い描いた死んだ思想、誰かが思い出すことのなくなった妄想ですら願いの苗床になるのですよ」
「なんでそんな面倒くさい作りにしたのよ」
「僕じゃないですよぅ。魔物の起源なんて、今でこそ混沌をもたらす王なんて呼ばれている管理人の1人、神獣、もしくは深緑を抱く覇者と呼ばれていた大地の権威が作り出した存在なので、僕はノータッチです」
「その管理人って何人いるのよ」
「10人くらいだったはずです。女神の手の回らない箇所を管理していたんですよぅ」
「へ~」
チラとお父様たちに目をやると相変わらず首を傾げていた。
ルミカの持っている情報は間違いなく事実だろうけれど、人にとっては割かし都合の悪いものばかりなのだろう。
「まっ、それはそれとして――アルフ、お前も子どもにしてはしっかりと戦えていたな、同年代では頭1つ抜けていることは自覚しておきなさい」
「はいっ――」
お父様に褒められたアルフが嬉しそうに鼻を鳴らしたのだが、すぐに小首を傾げ、あたしを指差してきた。
「ベイルは頭10個どころか大人でも太刀打ちできない時があるから、勘定に加えないように」
「失礼な、あたしも出来れば大人に守ってもらいたいですよ。あたしがやったほうが早いことが問題なんです」
「なら大人しくしててくれよ。君自覚あるかわからないけれど、基本的に速攻をかけるから追っつかないのよ」
「早いほうが良いでしょ。そんなに言うなら合わせなさいよ」
ラットが苦虫を噛んだような顔であたしを指差し、お父様に懇願するような顔を向けていた。
「確かに、今の戦いを見ていたがベイルは最初から急所を狙っていくな」
「戦いの基本では? 一撃必殺が理想ですが、それが叶わないのなら脚、次に腕、そして首です」
「……副団長、なんでこんな蛮族育て上げちゃったんですか?」
「教育、は悪くなかったと自負していたのだがな」
「ええ、お父様とお母さまのおかげでこんなに伸び伸びと育ちましたわ」
「伸びきって宙にまで侵略した育ち上りは健全とは言えないでしょ」
「……今日は本当によく囀るわね、やっぱ一度本気でやりましょう? 拳がぶつかり合えば少なくともあたしの心根が不健全ではないことが理解できるはずよ」
「ひえっ」
あたしはお父様に目をやると、お父様は静かにうなずきアルフの手を取った。
「アルフ、せっかくだし俺が稽古をつけてやろう。というかお前、さっきスペルを使っていなかったな」
「ベルちゃんにスペルは技がある程度固まってから使うようにって」
「……なるほどな。それじゃあ今日はそれに合わせるか」
「はいっ、よろしくお願いします」
アルフがお父様に撫でられて上機嫌に返事をした。
すると隣で微笑んでいたお母さまがルミカの手を取り、あたしたちから離れていく。
「それじゃあルミカちゃんは、2人に武器を出したらママとおしゃべりしましょうね、あの人たちは放っておいても大丈夫でしょう」
「あぅ、えっと……」
「たまにはベイルちゃんとだけじゃなく、私とも、ね」
「――はいですっ」
ルミカが照れたようにお母さまの手を握り、はにかんで頷いているのに満足していると、ラットが青ざめた顔をあたし以外のみんなに向けていた。
「え、ちょ――」
「あんたなら多少強くしても大丈夫そうね。腹をくくりなさい、今あんたの目の前にいるのは未だかつてない暴力の権化よ」
「いやぁぁっ!」
逃げ出そうとするラットの正面に一息で回り込み、あたしはただ、彼に笑顔を向ける。
「さあ、血肉湧き踊るほどの闘争を、魂に刻み込まれるほどの殺し合いを――饗宴は今開かれた」




